自分を傷つける過去の自分との決別
『燃やすことによる成仏の儀式』
感じていた。
懐に、燃え滾る剣がある、と。
勝利とは何か。
己が己に勝つことか。
今、大切なものを守るためならば、戦うこともいとわず。
――
古い自分を『彼』と表記する。
彼を、もう成仏させてやらねば、かわいそうだった。
赤く燃える刀を手にして、彼と対峙する。
しかし、彼は瞬時に鋼鉄の鎧を身に纏う。
それは、まるで、鉄の塊のよう。
硬く、丸く、ただ守りを固めている。
彼に戦う意思はない。
そうだよな、お前は戦うことを悪だと思っている。
燃えるような戦意をくじかれた。
対話を試みる。
優しく、なるべく優しく、語り掛ける。
「なぁ、死んでくれよ」
「もう、いらないんだよ」
「おい、わかるだろう」
言いながら、はなはだ酷い言葉だと思った。
けれども、大切なものを守るためなら、剣を抜くと決めたのさ。
「成仏させてやるからさ」
「そしたら、俺の後ろについてくれないか」
彼を殺さなければならない。
だが、なにも苦しめたいわけじゃない。
こうしている間、恐怖の時間を長引かせたいわけでもない。
彼の存在を、無かったことになど、しないよ。
せめて、一思いに。
その首を、一刀両断するしかない。
燃え滾る刀を、振った。
飛んだ首と、倒れた胴に、それぞれ火をつける。
肉体が燃える、生々しい焦げ臭さを、しっかりと感じた。
手を合わせて、南無阿弥陀仏を唱える。
そのとき、突然。
炎を囲うように、見えない存在たちの気配が現れた。
火に包まれた彼を中心に、円を描いている。
皆一様に、手を合わせている。
皆が誰なのか、よく見えないし、わからないが、とても有り難かった。
彼が灰に姿を変えてゆく。
煙が龍の形をとった。
白煙の龍は、天へと昇ってゆく。
「共に来てくれないか」
――
見える存在たち、見えない存在たちに語り掛けること。
建御雷之男神の云う「勝利」について考えること。
刀・侍・武士……戦いについて思うこと。
書ききれぬほど、さまざまな細かいプロセスがあった。
(いつか、やろう)
(今度、やろう)
(いや、今やろう)
この儀式は、湯船で数分の間に行われた、突然にして必然のものだった。