淡い緑色のカーテン。
タレ目。
見れば見るほど、タレ目だ。
だからといって、柔らかい印象かといえば、そう単純でもない。
眉毛がキリッとしているせいかな。
その凛々しさと、目尻の甘やかさ……絶妙に兼ね備えている。
ウッカリ、手を伸ばした。
彼の眉毛。
「……え、なに。」
無心に、指でなぞる。
「……なにしてんの。」
「まゆげ、みてる。」
「え、はずいんだけど。」
「人間の神秘を感じる。」
「ちょ、まじ、やめてよ。」
「うん。」
「やめてよー。」
「うん。」
わたしは、艶やかな眉毛に夢中で、見逃した。あなたの赤くなっていく耳を。
「……仕返しだ!」
彼の指が、目前に迫る。
ギュッと目をつむった。
ふわり。
眉間に、羽にくすぐられるような感触。
眉毛をクリクリ撫でられている。
「や、やーだ、めっちゃはずい!」
彼の気持ちがよーく分かった。
眉毛なんて、ダメだ。
遠目から見て整ってたらいい部分。
間近で見んな、ばか。
*
空の白い光。
繋いだ手。
緩む歩調。
お互いの腕がこすれて、ちょっと近すぎる。
あなたは、甘やかし上手。
いや、意外と甘え上手なのかもしれない。
「今俺のこと考えてたっしょ。」
「……べつにぃ。」
「俺のこと考えろしぃ。」
ヘソを曲げたように、ぶつかってくるあなた。
拗ねているのか。
それとも、拗ねる演技をしているのか。
はたまた、本気で拗ねていることを隠すために、わざと拗ねる演技をしているのか。
どれもあり得そうで、底が知れない。
「なぁ、今何考えてんの?」
「……べつにぃ。」
「絶対俺のことじゃん。」
「べつにぃ!」
*
小さな星空の煌めき。
「なぁ。」
「なに?」
「なんでそんなに『ヒト』を避けるの?」
「人間が嫌いだから。」
「……俺のことは?」
「あなたは特別。」
「どうして俺だけ特別なの?」
「どうしてそんなひどいことを聞くの。」
……あとになって思えば、他愛ない会話だった。むしろ、「あなたは特別」という、とても素敵な話題だったかもしれない。
だけど、責められたように感じた。
暗に「人を好きになりなよ」って、叱られた気がした。
わたしがどうして人間を嫌いなのか、知らないくせに。
そう思ってしまった。
*
あなただけは、特別。
本当は居ないから。
イマジナリー彼氏だから。
*
藍色の遮光カーテン。
「俺、居るけど。」
「……居るね。」
彼は怒っていた。
「俺、エスパーじゃないからさ。言ってくんなきゃわかんねぇよ。」
こういうのが、嫌。
こういうのが嫌で、わたしは人を避けている。
仲直りの仕方なんて、知らない。
分かり合う方法なんて、知らない。
こんなのは喧嘩にも満たない行き違いだ。それは理解できる。もしも、わたしが普通の女だったら、……すぐ水に流せるのだろう。
そうして記憶の片隅に葬られる。
きっと明日には何事もなかったように『仲良し』に戻れるのだろう。
だけど、わたしは、そうじゃない……。
「俺が居るのに、他のこと考えないでよ。」
「自分のことを考えて何が悪いの。」
「そうやって一人だけで考えてんなよ。」
「あなたには関係ないじゃない。」
「……関係なくないだろ。」
わたしは、彼の怒りが増したのだと思った。
けれど、離れていくどころか、近づいてくる。
「どうしても話せねぇことなの?」
「……どうしてもじゃない。」
スパッと捨てられないことに、安堵した。
話すことは、きっとできる。
自分自身の中で整理し続けてきた感情だから。
とても深く時間をかけてきたことだから。
視線を上げれば、あなたは、なぜか笑っていた。
そして、パソコンを用意し始める。
「たぶん、この雰囲気で話したら、すっげぇシリアスになんじゃん。だから、カワイイ映画でも見ながら話そうぜ。」
建前の感情は、「優しいな」だった。
正直なところ、「バカっぽいな」と思ってしまった。
でも、そうしてヘンテコになった空気感は、悪くなかった。
わざわざ『劇場版ツブアンマン』を購入してくれている。
ダウンロードを待つ時間が、とても間の抜けたものになって、これから話すことがそんなに重たい過去じゃないような気がした。
*
流れてゆく雲。
手を繋いで歩く。
なにげない感じで、握り返した。
そして気づく。
あなたの手を、初めて握り返したことに。
「ねぇ、今、あなたのこと考えてる。」
わたしは、忘れることがないだろう。
このときの彼の表情を。
改造バイクが唸りを上げて通り過ぎる。
いい気分が台無しになった。
形を変えてゆく雲。
風に揺れる草の声。
「世界は、汚くて、うるさくて、身勝手で、……でも、美しいね。」
「俺も、そう思う。世界は、汚くて、うるさくて、身勝手で、……でも、美しい。」
小鳥のおしゃべり。
川のせせらぎ。
「なぁ、こういう気持ちをなんて言うか、知ってるか?」
「え?」
「汚くてうるさくて身勝手で、……でも、世界は美しい。こーゆー気持ちのコト。」
「この気持ちの、名前?」
「そう。」
「なに?」
「『世界を愛してる』って言うんだぜ。」
「……世界を愛してる……。」
「たとえ君が、『人間を愛せない』と思っていたとしても。」
「……。」
「ちゃんと世界を愛してるんだよ。」
*
もっと、一緒にいたい。
もっとさくさん、あなたと遊びたい。
あなたが居るだけで、それだけでいい。
*
ゴロゴロする午後。
「わたし、とても大事なことを思い出した。」
「え、なに?」
「あなた、7年前に死んでるの。」
「……おぉ?」
「……。」
「……。」
「あまり驚いてない?」
「いや、驚いてるよ。」
「そう?」
「……でも、なんも変わんねぇかな、って。」
「え?」
「俺は、イマジナリーだろうが、ユーレイだろうが、君の彼氏だから。」
奇妙なはずなのに、嘘はどこにもなかった。
「だからさ、なんも変わんねぇかな、って。」
「たくましいね。」
「褒めてもらえてうれしい。」
じゃれてくる彼の頭を撫でまわす。
わたしたちは、笑った。
ーーー続く