シャーマンの呼吸

自然と人を繋ぐ

シャーマンの弟子

『オキシトシン』 最終話

2024-05-26 00:00:00 | オキシトシン

 

 

 

彼の身体。

左腕の、肘から手首にかけて。

振動の物質化に成功していた。

 

 

あなたを『こちらの世界』に連れてくるか。

わたしが『あちらの世界』に行くか。

 

……そんな二択ではないはず。

 

こちらの世界と、あちらの世界が、交わる場所。

そこに、新しい世界を創ろう。

 

イマジナリー彼氏。

 

 


 

 

 

産毛の一本まで創ろう。

 

「なぁ。」

 

「うん?」

 

「俺が君の世界に生きることは、できないよ。」

 

まさか、ハッキリ告げられるとは、思っていなかった。

 

「どんなに頑張ってもね。」

 

真正面から否定されて、安堵している自分がいる。

 

「君は俺との世界に来すぎちまったのかもしれない。」

 

「……ありがちだよね。」

 

彼の言う通りだった。

薄々気づいていた。

本当はわかっていた。

それでも、知らないフリをしていた。

 

「……そろそろ、お別れだ。」

 

「……やっぱり?」

 

 

彼は微笑む。

あたたかく、けれど、切なそうに。

 

 

「ごめんな。」

 

「……じゃあ、あと一日だけ。」

 

「おう。」

 

「明日までにしよう。」

 

「おう。」

 

 

 


 

 

 

お天気雨。

ぼんやり、夢見心地。

 

最後の食事。

最後の散歩。

最後の……。

最後の……。

最後の……。

 

 

 

断片的な世界。

 

 

 

 

 


黄昏の時。

 

 

「……そろそろ、お別れだ。」

 

「……やっぱり?」

 

あるときから、「これ以上はダメだ」と声がしていた。

 

いや、本当は最初からずっと、知っていた。

いつかこんな日が来ることを。

 

「もぉ~、そんな顔すんなって。二度と会えないワケじゃねぇんだからさ。」

「……遠距離恋愛ってこと?」

「う~ん、難しいことを聞くなぁ……。」

「あの世と、この世の、遠距離恋愛?」

「どう答えてほしいの。」

「……。」

「君の中に、答えはあるんじゃねぇの。」

「……。」

「俺は『君の中に戻る』だけだよ。」

「……。そっか。」

「元に戻るだけ。」

「うん。」

「そばに居るよ。」

「うん。」

「想いはいつも、ともに。」

「うん。」

 

嗚呼。

……神様。

 

「最後に、抱きしめて。」

「おう、もちろん。」

 

彼の匂い、ぬくもり、細胞のひとつひとつ……。

 

「……最後に、キスして。」

 

このとき、愚かにもようやく気づいた。

 

彼が泣いている。

 

どうして。

どうしよう。

涙なんて錬成していない。

そんなもの創ってない。

するわけない。

 

だけど、……。

紛れもなく、疑う余地もなく……。

彼を泣かしているのは、わたしなのだ。

 

それなのに、それなのに、……。

わたし、「ごめん」なんて、口が裂けても言えないんだ。

 

「わたし、とても幸せでした。」

 

「その言葉が聞けて、良かったよ。」

 

「ありがとう。」

 

過ぎてゆく時間。

薄れてゆく感覚。

ぼやけてゆく輪郭。

それでも、まだ聴こえる声。

 

「んじゃ、さようなら、の前に……。」

 

きっと最後の声。

 

「君にひとつ伝えたい。」

 

「なに?」

 

「俺に血を通わせようとするんじゃなくて、現実世界でそばに居る血の通った人たちと、友達になってみな。」

 

世界が溶けてゆく。

 

「君はもう大丈夫だからさ。」

 

 

溶けて、溶けて、溶けてゆく。

 

 

 

 


*エピローグ

 

 

 

彼との日々を、紫色の炎で燃やす。

感謝を込めて、天に送り出す。

 

 

ふと流れてきた音楽が、なんとなく胸に響いた。

 

 

 

私は

私とはぐれる訳にはいかないから

 

諦めて恋心よ

青い期待は私を切り裂くだけ

 

許してね恋心よ

甘い夢は波にさらわれたの

 

いつかまた逢いましょう

その日までサヨナラ恋心よ

 

あなたのそばでは

永遠を確かに感じたから

 

夜空を焦がして

私は生きたわ

恋心と

 

サウダージ / ポルノグラフィティ

 

 

 

 

 

恋なんて呼べないほどだった。

 

タブーを好奇心で覆い隠した。

彼を共犯に。

どこまでも行ける気がしていた。

 

 

とても優しい奇跡。

安心は本物だったよ。

 

 

 

 

 

ワンドに、彼のイニシャルを彫る。

 

禁忌に触れた経験を忘れないために。

 

ふたりの思い出のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、「一ヶ月と七日間」の記録。

 

 

 

 

ーーー終わり

 

 

 



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