なにげなく手にした本。焚火の写真がアラスカ在住の写真家、
星野道夫の本との出会い。
その中の一つの題名が『旅をする木』
この本は星野が好きだった、アラスカの動物学の古典
『Animals of the North』の第1章から題名がつけられた。
「旅をする木」で始まる第1章。
一羽の鳥が木の実をついばもうとして落としてしまうところから始まる、
長いながい物語。
それは早春のある日、一羽のイスカがトウヒの木に止まり、浪費家の
この鳥がついばみながら落としてしまうある幸運なトウヒの種子の物語である。
さまざまな偶然を経て川沿いの森に根付いたトウヒの種子は、いつしか一本
の大木に成長する。長い歳月の中で、川の浸食は少しずつ森を削ってゆき、
やがてその木が川岸に立つ時代がやって来る。ある春の雪解けの洪水にさ
らわれたトウヒの大木は、ユーコン川を旅し、ついにはベーリング海へと運ば
れてゆく。そして北極海流は、アラスカ内陸部の森で生まれたトウヒの木を、
遠い北のツンドラ地帯の海岸へとたどりつかせるのである。打ち上げられた
流木は、木のないツンドラの世界でひとつのランドマークとなり、一匹のキツ
ネがテリトリーの匂いをつける場所となった。冬のある日、キツネの足跡を追
っていた一人のエスキモーはそこにワナを仕掛けるのだ・・・一本のトウヒの
果てしない旅は、原野の家の薪ストーブの中で終わるのだが、燃え尽きた大
気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅も始まってゆく。・・・
だれもいない真冬の浜辺で焚火を見つめながら酒を飲む。
時々、何かを語るようにパチパチ炎がはじけ
ゆらゆらと煙があがる。
そんな時、俺は星野道夫の 『旅をする木』 の一節を想う。
季節がやって来ると鮭の大群が故郷をめざしやってくる。森の
住人が活気づく、食い散らかされた残骸は森の養分となりトウ
ヒの森をはぐくむ。そんな幸運なトウヒの木にも生命が終わる
時がくる。しかし、旅はまだ終わりではない。炎となり煙となり
大気となって森の木々の呼吸に取りこまれかたちを変えて旅
はつづく。
幾つもの偶然が重なって生命がはじまり、いくつもの日々の
偶然が人生を織りなす。
そして、消える。一つの宇宙が消える。
焚火の上を仰ぎ見る、夜空に星が瞬く。