時の喫茶店

趣味は歴史そして哲学 自然の中に溶け込んでいく心を追い求めたい

幻影

2014-11-09 16:54:30 | 日記
クリスマスプレゼントのこと。
どうも僕はクリスマスプレゼントを思うことが好きだ。
それも贈る人のいないなかでいつもそろえだそうとする。
男はいろいろなものをコレクションすることがすきだというが、
私の場合は、いつもプレゼントのことがある。
しかも、贈ることのできる人がいない。
今はいまで幻想のなかに美しい人がいるだけで、
アパートの部屋のなかで、いろいろと思っている。
あの人はどんなものが好きなのかなあ。
男はおよそ実用品には目をむけず、
女性は実用品に目を向けるとかあったが、
あなたは女性を超越した絶世の美女なのだから
どんなものが好きなのだろう。
中国の玉のブレスレット、とか
イギリスの貴族女性のつけたネックレスとか
そんなものは、と思っても、
あなたの超越した美しさを否応為すますますきわだたせるだけ。

ほんと、まじめになろう。
そしてあなんたにプレゼントを贈りたい。
あなたに贈るプレゼントを探してきた。

あなたはわたしの幻想、それを超越した美女。

夕暮れ時

2014-11-09 15:13:56 | 日記
ラスコーリニコフは金貸しの老婆のところに下見に行った後、ふと入った地下室の居酒屋でマルメラードフに会います。
「書生さん。貧は悪徳ならずというのは真理ですなあ。ところが洗うがごとき赤貧となると、これは悪徳ですよ。貧乏なうちは持って生まれた感情の高潔さというものを保っておられるが、素寒貧となると、もう人間社会から棒でたたき出されてしまいますよ。素寒貧になると第一自分のほうで自分を侮辱する気になりますからな。そこで酒ということになるんですて!ところが家内は手前のような人間じゃないんです!」

彼の妻カテリーナ・イヴァーノヴナは貴族の娘。
ある男と駆落ちしますが、男は賭博で零落し三人の子を残して死没、娘(ソーニャ)のいるマルメラードフと再婚しました。

「育ちの良い教育のある家柄の女が、わしと一緒になるのを承知したところから見ても、あれの難渋がどのくらいであったかご判断がつきましょうて!………それからまる一年、 わしもこれ(酒)には手を触れませんでしたよ。ところが失職ということになった。 それも自分のしくじりではなく、定員削減のためでがす。さまざまな苦労を重ねながら この首都に流れ込みました。ここで職にありついたが、ありついたと思うと、また失いましたよ。今度は自分のしくじりでした。  そうこうするうちに先の家内に出来た娘も年頃になってきました。…….カテリーナ・イヴァーノヴナは腹の中はまことに綺麗なものだが、ただ癇が強くてかっとなりやすい女でしてな。じき破裂してしまうんですよ。………… ところで書生さん、貧乏で純情無垢な娘がですな。純情無垢な働きでどれだけの稼ぎができましょうぞ。手を休めずに働いたとて、日に十カペイカはむずかしいですからなあ。カテリーナは娘を掴まえて、『この穀つぶしめ、おまえはただで食って飲んでぬくぬくと澄ましているね。』とやるんです。………『私どうしてもあんなことしなくちゃなりませんの?』『それがどうしたのさ。何を大切がることがあるものかね。大した宝ものじゃあるまいし!』 あれを責めないで下さいよ。感情が高ぶって、おまけに病気で、饑えた子供らの泣きたてる中で言ったことで、。。。」

「ところで、五時過ぎになるとソーニャは立ち上がりましてな、そのまま家を出て行きましたが、八時過ぎに戻って来ました。入るといきなり、カテリーナのところへ行って、 黙って三十ルーブルの銀貨をその前のテーブルにならべました。
大きな緑色のショールで頭と顔をすっぽり包みましてな、壁のほうを向いて寝台へ倒れてしまいました。
ただ肩と身体がのべつ震えているばかり。……..ところでわしは、やはり前と同じていたらくで寝ておりましたが、。。。。

その時わしは見ましたよ。
やがてカテリーナがやはり無言で、ソーニャの寝台のそばに寄りましてな、一晩中その足元にひざをついて、足に接吻しながら、いっかな起とうとしないで、。。。。
やがてふたりは一緒に寝てしまいました。
抱き合ったままでな。。。。。
ところがわしは、酔っ払ったままごろごろしておったんで。。。。」

翌朝 マルメラードフはイワン・アファナーシッチ閣下のところへ出かけ、仕事にありつきます。
ところが最初の月給23ルーブルをもらって帰り、家族を大喜びさせたのに、もう翌日には有り金をそっくり持ち出し、5日間家にも帰らずすべて酒につぎ込んで、 一文無しになってしまいます。
ラスコーリニコフに会ったこの日もソーニャにせびって貰ってきた30カペイカで飲んでいたところでした。

ユダは銀貨30枚でキリストを売り渡します。
ソーニャは銀貨30ルーブルで身を売りましたが、これもやはりキリストへの裏切りの象徴でしょうか。
緑色のショール。


これはキリストの母マリヤが身にまとっていたものです。
そしてソーニャの義母カテリーナはソーニャの足に接吻しますが、これは罪の女マグダラのマリヤがキリストのためにした行為の象徴です。
義母カテリーナは罪の女でしょうか。

そうすると、娘ソーニャはユダであり、聖母マリヤであり、そしてキリストでもあるということでしょうか。
小説の中ではソーニャは罪を犯した女でありながら、聖女としての輝きを持っています。


ソーニャも家主から追い立てられます。
黄色い鑑札(売春婦のしるし)をもらって家を出ることになります。
マルメラードフの話はまだ続きます。


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またまた人気の無い『罪と罰』のマルメラードフの光景を出してしまった。

夕暮れ時になると町は自分の家に帰る人たちでさわがしい。

僕は体調の悪い体を思ってひとり部屋の中にいる。

先日からの冷凍食品の買い込みで野菜もおかずもあるので引きこもっている。

というか行き場がないのだる。ずっと、なぜ行き場がないのかというとその理由はもう一生わからないだろう。

クリスマスが来そうだが、とくにというか全然関係ない。

知らぬ間に終わっているだろう。

不整脈からきていると思われる貧血に結構苦しんでいる。

クリスマスプレゼントを贈る人がいる人は幸福だ。

ほんとにクリスマスプレゼントを贈る人を思って自分は何を買い込んでいるのか。

幻想をいっぱい買い込んでいる。

冬の町を歩く気分は、まるで梶井基次郎の『檸檬』のようだ。

このペテルブルクの素寒貧の学生は、どこにもない出口を探して夕暮れの町並みを歩いていく。

少しの不幸はまだ、飾りになるが、いっぱいの不幸は、ただ幻想をともなって暮れていくばかりだ。

今から、まじめな生活をしよう。このまじめなというものは幻想のない生活のことなのだろうか。

幻想の町はどこに流れていくのだろうか。