斧…すみません、ちょうどいい画像がなかったので、むりや「こじつけ」で、あの「かまって簪」の再登場。
「かまって」は「鎌○ぬ」をいじったもの、で「鎌・○・ぬ」は言葉にうまく絵をあてはめた判じ物…でしたね。
同じ判じ物で…これは今日ミクシの方で「横溝正史の犬神家の一族」のお話しから
「よき・こと・きく」のお話しが出ましたので…。
物語では「よき・こと・きく」が「斧・琴・菊」で、家宝として相続するものとして出てきますが、
のちに殺人の「判じ物」となります。
物語はともかくこの「斧・琴・菊」は代々の尾上菊五郎の役者文様として使われています。
当然「縁起担ぎ」ですが、この縞模様の浴衣など、今でも人気があります。
さて、この三つのなかで「琴」と「菊」はわかりますが、なぜ「斧」が「よき」なのか…。
これは「斧(おの)」の別の呼び方、ということです。母の田舎では「斧」は「おの」でしたが、
20代のころ、旅先で聞いたことがあるのです。たぶん「営林」、つまり木工製品が名産とか、
そんな土地柄だと思うので、記憶をたどれば木工品のところだと飛騨高山とか、輪島塗の…。
えーい、私のぼやけた記憶はこちらにおいといて…とりあえず、この「よき」は斧のことなので、
地方によって「○○よき」という使い方をする…と、ききました。
たとえば「針」にも「畳針」とか「縫い針」とか「刺繍針」とか、種類があるように、
何かを切る専門とか、使い勝手によって分ける言い方です。
このお話しをどこで読んだのか忘れたのですが、私がそのとき面白いと思ったのは、
「よき」という呼び名より、その斧につけられている線のこと。
たぶん「民話についての話し」を読んでいて見つけたのだったと思うのですが、
たとえば金太郎さんの絵とか、きこりが出てくる絵を見ると、斧の胴体?のところにたいがい3本の線がかいてある…。
覚えていませんか?だいたい赤い線で描いてあったりします。
探しました、これですね。 ちなみに「まさかり」は幅の広い斧の一種、木を切り倒すときなどに使われるものです。
逆に小さくて小枝を払うとか、表面を削ったりするのに使うのが「手斧」、これを「ちょうな」と読めるヒトは私くらいまで?
この三本線は、ただのお飾りではなく、本物の斧にもついているそうです。今はわかりませんが…。
これは実は裏には4本ついているのだそうです。(どっちが裏か表かわかりませんが)
その意味は「3本がミキ」で「お神酒」つまり「おミキ」で、反対側の4本が「ヨキ」、これは「五穀」、
お米はお酒で使っていますから残り4穀「麦、粟、稗、黍、」この内容は豆が入っていたりで、時代や地方で違うそうですが、
要するに、その土地でご神前にお供えするもの4種、です。これを斧に線として刻む。
そして、山で大きな木を伐採するときには、木にこの斧を立てかけ、お神酒と五穀をお供えしたという気持ちで手を合わせ、
山の神様に「木を切らせていただきます」と、ご報告し、無事な伐採と、その後の山の繁栄を祈る…のだそうです。
今でも、山や海で働くヒトは「神事」を大切にしますよね。
山の神、というと、家庭の奥さんのことを指すことがあります。こわいものの代表みたいに言われますが、
もともと山の神は女神で、木という命が長く、ヒトの役に立ち、切り倒しても根からまたヒコバエが生えてくる…、
そういう大きな恵みをつかさどるものとして、敬われるものなわけです。
きのこや山菜、木の実草の実も与えてくれるわけですから、まさに「命の源」なんですよね。
最近「山が海を育てる」といいますが、昔のヒトは、難しい科学的なことはわからなくても、
山の木は水の流れにも関係し、山の木はやたら切ってはならず、切ったら必ず植え育てる…
祖父が切った跡に植えたり伸びたりしたものを父が育て、子がそれをまた伐採する…
何十年というサイクルで山や森を育てることが、生きていくうえでの大切な輪廻であることを、
ちゃんと知っていたわけですね。
今回の大雨で、九州でたいへんな被害が出ましたが、もともと火山灰の固まった土地に
浅く根を張る杉がうわっていたために、火山灰の土台ごと滑り落ちた…とやっていました。
また戦後のお国の政策で、杉ばかりが増えたために、いまになって弊害がたくさん出ている…という話もあります。
あらら、また話がそれました。
要するに、昔のヒトは、山の恵み海の恵み…と、自然からのものを大切に思い、
大きな事故のおきやすい伐採や漁などについて「神様にお許しを請い、守りを祈り、恵みをいただく」という思いを
いつも持っていたわけです。今でもそうだと思いますね。
だからこその「斧の線」であるわけです。
よき、という呼び方には、五穀の「ヨキ」の意味もあるのではないかという説もあります。
いずれにしても、毎日口にするもの、身に着けるもの、住まうもの、道具…そういうものの一つ一つが
どうやって自分のところまで来るか…を考えたら、衛生上の問題から…と、時間切れの弁当を丸々捨てるとか、
便利なポリ素材に走って、そのリサイクルに四苦八苦するだとか…
そんなことは、もう少し頭を使ってナントカしようという気に…なりませんかねぇ。
食料自給率40パーセントを切るこの日本、元は農耕民族なんですがねぇ…。
というわけで、「おの」が「ヨキ」であり、斧の表面の線には、そういう意味がある…という、
ささやかなウンチク話でした。
身内に大工がいましたので…。
エコバッグもって買い物に行って、プらばっかし持ち帰る…。
なんかへんですよねぇ。
ほんとに、竹の皮や新聞紙で作った袋、
買い物籠、一山いくらの野菜…
あのころのほうが、無駄がなかったと思います。
こちらは「プラスチック・ゴミ」の収集が、週1回なんですが、
ぎゅうぎゅうにつめたって、一袋で終わりません。
一度買い物すれば、プらごみばっかり山のようになります。
ほんとに便利に暮らしているのかどうなのか、
いつまでこのままなのか…不安になります。
「手斧」を「ちょうな」と読むとは知りませんでした
若い
では無く 無知なだけでした
エコバック持っての買い物くらいでは 追いつきませんね。
最近有難いとかいう感謝の気持ちが薄らいで
謙虚さが欠如しているように思えます。
竹の皮でお肉を包み1山いくらのお野菜を
紙袋に入れて売っていたあの時代だったら
ゴミさえもこんなに分けずに済んだのにと
便利にしているのか不便にしているのか
分からないですね。