![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/70/6a1791f2e97cd9527a4a0029e66b8d8b.jpg)
ビッグ・フキノトウ、採ってきまして、母の遺影に供えました。
明日は雪の確率が高いと…さかんにニュースや天気予報で言っております。
当たるも八卦…じゃありませんが、まだわかりません。
とりあえず備えだけはと、裏のフキの上に古いスダレを切ったものを掛けてきました。
玄関先の鉢植えも、雪に弱いのは中に入れ、そのほかはこれまたスダレで雪よけしました。
灯油も今日中にと頼んだし、冷蔵庫の中身も心配なし。
もちろん、長靴、スコップ、軍手の三種の神器は玄関に並んでおります。
雪が楽しいだけだったのは子供のころばかり…。たいして役に立たない雪かきでさえ遊びの範疇でしたから。
今の暮らしで雪が降って積もると、ただ雪がジャマというだけではなく、この坂道・細道・曲り道の地区では、
車で出るのは怖すぎます(単に運転ベタということでもありますが)。
なにより頼みのさまざまな「宅配」が止まったり、遅れたり…まぁ遅れてもついてくれればいいのですが、
灯油は今日配達できません、とか、デイサービスの施設などが「送迎できません」とか。
延ばせないのに自分でどうしようもないことは、ほんとに困るわけです。
なのでよけいに戦々恐々になるわけで…。
ただ、以前と違う「雪の思い出」は、主人が亡くなる前日の大雪のこと。
ずっと暖かいところにいた主人にとっては24年ぶりの雪。
子供のように、物干しの手すりに積もった雪を寄せてみたり、手をかざして雪を受けてみたり。
冷たいねぇ寒いねぇと言いながら、サンダル突っかけて外に出て眺めたり。
ずっと笑顔でした。「ジョーダンじゃないわよ。これだけ積もったら明日は朝から雪かきだからねっ」と
口をとんがらしかけましたが、言わずにおきました。あんまり子供みたいに楽しそうだったから。
今は言わないでよかったと思っています。
やっと帰ってきた日本で、久しぶりの日本の夏に「まだこっちの方が涼しいよ」といい、
落ち葉を見て雪を見て、次は梅、そして桜…となるはずだったのに、
その翌日に、蓮の花咲く世界に行ってしまいました。あっちは雪、ないでしょうねぇ、ははは。
あの年から、やたら積もる雪は降っていません。積もらない程度の雪ばかりでした。
それでも音もなく落ちてくる雪を見ながら、おとさーん、雪だよー見えてるー?と言いましたっけ。
そういえば、スケートしかやったことのなかった私にスキーを教えてくれたのも主人でした。
えぇ忘れてませんともさ、蔵王のゲレンデのてっぺんで「じゃ、キミたちはここからひとりで降りてね」と、
さっさと仲間と上級者コースに行ってしまい、私とビギナー組数名をを置き去りにしたこと!
どんだけコワイ思いをして降りたことか…でも、そのおかげで、
とりあえずボーゲンでさーっと滑れるようにはなりましたけどねぇ…。
子供のころ、母に炭のカケラに紐を結んでもらい「雪つり」をしたこと、校庭で雪合戦したこと、
友達と教室の窓から残雪を見ながら、思いつく限りの「雪の歌」を歌ったこと、
よりにもよって、高校卒業式前日雪が積もり、予行練習の日に坂道のてっぺんで転げて、
本番当日椅子に座るとお尻が痛かったこと…たくさんの雪の思い出の最後のページが、
ちょっと切ない「おとさんの笑顔と雪」になってしまいました。
だから雪は嫌いだけど、心底嫌いになれない…です。
これから何度も雪が降るでしょう。そのたびに新しい雪の思い出を積み重ねて、
新しい思い出のページを作っていけば、切ない思い出も「お尻の痛い思い出」と同じように、
途中の1ページになっていくのでしょう。
さぁ降るか降らないか、どんなエピソードが生まれるか…少なくとも「雪かきしてスッテンコロリ」、
「痛い思い出第2弾」なんてことに、絶対なりませんように!
あ、お勤めの方外出予定の方、明日雪だったら、足元しっかり決めてくださいね。
大きいのが二つ三つ、やたらと大きく育ちましたが、
跡はまだまだ赤ちゃんです。
それでも毎年今頃になると、ちゃんと顔を出してくれます。
主人のあの日のことを思い出すと、ほんとにあっという間に、
風のようにいってしまったと…。
遺されたものはオロオロするばかりでしたが、
とりあえず日本で少しでもゆっくりできたかなと
そんな風に思っています。
もう3度目の冬です。早いですね。
ご主人様は寝込むこと無くあっけなく永遠の眠りに
つかれましたから心の準備も何も出来ずでしたね。
日本に帰ってきて雪を見て笑顔を見られただけでも
よかったですね。