写真は反の巻き終わり部分のはぎれ…着尺で羽織りを作った残りでしょうか。
3メートルと少しだけ。とても落ち着いたいい草木染です。
地はちりめん、コレは中国から入った技術、草木染はきっと国内の技も国外の技も…?
そして柄は和更紗、いろんな文化の合体ですねぇ。
私は「着物」「着るもの」が好きなので、外国の民族衣装などもネットで見たり、
本で見たりしています。といっても、みてるだけで、それでどうするはないんですが…。
(でもサリーは着てみたい~)
同じ暑い国でも、半袖や袖なし、肌を比較的出すおおらかな服装だったり、
昼間暑くても気温差の激しい砂漠に近いところでは、ダブダブ丈長、長袖だったりとか
華やかな刺繍とか、ものすごい原色とか、こまかーい絵とか…みているだけで楽しいです。
そしてアジア圏は、洋服とは違う独特の形が多いです。
着物と洋服を足して二で割ったようなカタチ、直線だけど洋服型…。
着物と似ているのは、日本にさまざまなものをもたらしてくれた
すぐお隣の今の中国や韓国ですが、それとてもあちらはあちらで独特の形です。
そうやって見ると「着物」というものは、本当に独自の文化なのだと改めて思います。
先日「ながみひなげし」のところで「外来種」というお話しをしました。
たとえば「ガラパゴス諸島」は、大陸と隔絶されたところで、
しかも天敵となる大型の動物がいなかったため、たくさんの固有種が現存しています。
固有種や自然を守るために、ツアーで入るときも外来種となる動植物がはいらないように、
またよけいなものをおいていかないように、さまざまな規制があります。
そうしないと、たとえば何かの種がひとつ落ちても、それは外来種として、
そこに根付いてしまう危険性があるからですね。
日本では、奈良平安の昔からたとえば薬用として菊や朝顔がもたらされたり、
木綿も外からわざわざ種として輸入して栽培されたわけです。
こちらの都合、別の目的、或いは何かにくっついて…さまざまな理由で
日本にはいってきたものがたくさんあります。
まぁ植物のほうは、在来種が駆逐されるといっても、それほどピンとこないし、
実際にはそれぞれの特徴によって、繁殖範囲が違ったりして、
けっこう住み分けで両方がんばっている場合も多いのだとか。
でも動物の方となると、実際に直接食べてしまうなどの駆逐がありますからねぇ。
たとえば湖のブラックバスやブルーギルは、在来の魚を絶滅させるキケンがありますし、
「ジャンボタニシ」、あれは稲を食べてだめにします。
さて、突然ガラパゴスだのジャンボタニシだのと、
ナニが言いたいかと申しますとですねぇ…着物も似ている…というお話しなんです。
日本は、大昔に大陸との交渉を盛んに持って、いろいろなものを取り入れ、
わが国の文明文化は、たくさんの影響を受けたわけです。
その後海外との交渉は消極的となり、ついには鎖国をして、
はいってくるものについては厳しく制限しました。
もうひとつ、日本はドコからも侵略されませんでした。(されかけたことはありますが)
つまり、着物ってのは「ガラパゴスのゾウガメ」みたいなものなわけです。
ははは、われながらすんごい例えだと思いますが…。
だから、最初に入ってきたものを日本の気候風土や国民性、社会状況にあわせて変化させ、
そのあとは独自の進化をしてきたわけですね。
いろいろな外国のものに影響されることはあっても、
着物そのものがなくなるようなことはありませんでした。
これは、ガラパゴスの動物にたとえると、イグアナでしょうか。
元々陸イグアナしかしなかったものが、主食であるサボテンが減ったりしてたべられなくなり、
生き残るために陸から海に入るものが現れ、ついに「海藻」という海の植物を食べて生きる
「海イグアナ」があらわれ、更に今、その混血が生まれている…
ハイパーイグアナといわれるそうです。
種の保存の本能というものはすごいものですね。
さてさて、本題に戻りまして、着物は外国からのいろいろなものを受け入れても、
それをまたうまく消化し、新しいものを生み出してはきましたが、
着物の本来の形や原則的なことは変わらなかったわけです。
そして今着物が衰退しています。明治維新、戦争、という、
この大きな出来事のために、洋装という「外来種」が多量に入ってきたわけですね。
特に戦後は、瞬く間に洋服の方が、席巻してしまいました。
いえ、外来種が悪いといっているわけではありません。
そちらに気をとられるあまり、在来種を忘れてしまった…ということでしょうか。
戦後からしばらくの間の着物雑誌を見ますと、外国から来た洋服というものの魅力を
着物に取り入れることで、着物もまた共に歩ませたい…というような、
呉服関係者の思いが伝わってきます。
わざわざ元はズンドウの着物を、衿元をきつくあわせ、帯を胸高に締めて
ウエストマークしたよーな感じに見せたり、ヘア・スタイルを洋風のショートヘアにしたり
写真の撮り方まで、当時の洋服のような「モデル立ち」にしたり…。
また着物の色柄も古典柄にはなかったものをそろえたり、
キャッチも「スマート、モダン、スポーティー」なんて言葉がたくさん使われています。
羽織が短くなったのもこのころです。ストンとした着物に、ゾロッと長い羽織は
どうしても「おっとり、はんなり」のイメージですから。
そのドリョクもむなしく、結局着物はだんだん普段には着られなくなり、
やがては「特別の日のもの」としてしか着られなくなっていきました。
それでも今、成人式は振袖、とか結婚式には留袖、とか、
子供の入学式には色無地、とか…そんなふうに「気持ちの改まるときには着物」と
思い浮かぶことは、やっぱり着物は日本の文化なのだなぁと思います。
大陸の文化を見ると、地続きであればあるほど、また侵略、侵攻があればあるほど
その土地の建物や衣服、食べ物、宗教まで、別の文化が混在したり、
元の形がなくなったりしているところもたくさんあります。
仏教はインドが発祥ですが、その後さまざまな他国の侵攻などにより、
今はインドはイスラムとヒンドゥーがほとんどです。
そして仏教はシルクロードを旅して中国から日本へと渡ってきてお尻を落ち着かせました。
それはまたひとつの歴史として、文化としての特色を残してきたんですね。
民族衣装はその国がどこにあるか、どんな社会、どんな状況か…で
姿をかえるものもあります。
日本は、たまたまイースト・エンドといわれる大陸の果ての島国で、
外からはいってくるものを厳選して取り込むという、ガラパゴスみたいな状況でした。
着物のように国の中で生まれてからずっと、長い時間をかけて静かにはぐくまれた
純血種のような「衣服」は世界でも稀有な存在ではないかと思っています。
外来種を嫌うわけではなく、その恩恵を数え切れないほど受けている私たちです。
だからこそ、世界に誇る「着物」という民族衣装は大切にし、
きちんと継承していきたいものですね。
本日のおまけ写真、鉢植えのヒペリカム。
お花屋さんでは赤い実になってからのほうが、おなじみですね。
私もこの花を見たのは初めてです。しべが長くて面白いですね。
黄色いのは実のようですがつぼみです。
3メートルと少しだけ。とても落ち着いたいい草木染です。
地はちりめん、コレは中国から入った技術、草木染はきっと国内の技も国外の技も…?
そして柄は和更紗、いろんな文化の合体ですねぇ。
私は「着物」「着るもの」が好きなので、外国の民族衣装などもネットで見たり、
本で見たりしています。といっても、みてるだけで、それでどうするはないんですが…。
(でもサリーは着てみたい~)
同じ暑い国でも、半袖や袖なし、肌を比較的出すおおらかな服装だったり、
昼間暑くても気温差の激しい砂漠に近いところでは、ダブダブ丈長、長袖だったりとか
華やかな刺繍とか、ものすごい原色とか、こまかーい絵とか…みているだけで楽しいです。
そしてアジア圏は、洋服とは違う独特の形が多いです。
着物と洋服を足して二で割ったようなカタチ、直線だけど洋服型…。
着物と似ているのは、日本にさまざまなものをもたらしてくれた
すぐお隣の今の中国や韓国ですが、それとてもあちらはあちらで独特の形です。
そうやって見ると「着物」というものは、本当に独自の文化なのだと改めて思います。
先日「ながみひなげし」のところで「外来種」というお話しをしました。
たとえば「ガラパゴス諸島」は、大陸と隔絶されたところで、
しかも天敵となる大型の動物がいなかったため、たくさんの固有種が現存しています。
固有種や自然を守るために、ツアーで入るときも外来種となる動植物がはいらないように、
またよけいなものをおいていかないように、さまざまな規制があります。
そうしないと、たとえば何かの種がひとつ落ちても、それは外来種として、
そこに根付いてしまう危険性があるからですね。
日本では、奈良平安の昔からたとえば薬用として菊や朝顔がもたらされたり、
木綿も外からわざわざ種として輸入して栽培されたわけです。
こちらの都合、別の目的、或いは何かにくっついて…さまざまな理由で
日本にはいってきたものがたくさんあります。
まぁ植物のほうは、在来種が駆逐されるといっても、それほどピンとこないし、
実際にはそれぞれの特徴によって、繁殖範囲が違ったりして、
けっこう住み分けで両方がんばっている場合も多いのだとか。
でも動物の方となると、実際に直接食べてしまうなどの駆逐がありますからねぇ。
たとえば湖のブラックバスやブルーギルは、在来の魚を絶滅させるキケンがありますし、
「ジャンボタニシ」、あれは稲を食べてだめにします。
さて、突然ガラパゴスだのジャンボタニシだのと、
ナニが言いたいかと申しますとですねぇ…着物も似ている…というお話しなんです。
日本は、大昔に大陸との交渉を盛んに持って、いろいろなものを取り入れ、
わが国の文明文化は、たくさんの影響を受けたわけです。
その後海外との交渉は消極的となり、ついには鎖国をして、
はいってくるものについては厳しく制限しました。
もうひとつ、日本はドコからも侵略されませんでした。(されかけたことはありますが)
つまり、着物ってのは「ガラパゴスのゾウガメ」みたいなものなわけです。
ははは、われながらすんごい例えだと思いますが…。
だから、最初に入ってきたものを日本の気候風土や国民性、社会状況にあわせて変化させ、
そのあとは独自の進化をしてきたわけですね。
いろいろな外国のものに影響されることはあっても、
着物そのものがなくなるようなことはありませんでした。
これは、ガラパゴスの動物にたとえると、イグアナでしょうか。
元々陸イグアナしかしなかったものが、主食であるサボテンが減ったりしてたべられなくなり、
生き残るために陸から海に入るものが現れ、ついに「海藻」という海の植物を食べて生きる
「海イグアナ」があらわれ、更に今、その混血が生まれている…
ハイパーイグアナといわれるそうです。
種の保存の本能というものはすごいものですね。
さてさて、本題に戻りまして、着物は外国からのいろいろなものを受け入れても、
それをまたうまく消化し、新しいものを生み出してはきましたが、
着物の本来の形や原則的なことは変わらなかったわけです。
そして今着物が衰退しています。明治維新、戦争、という、
この大きな出来事のために、洋装という「外来種」が多量に入ってきたわけですね。
特に戦後は、瞬く間に洋服の方が、席巻してしまいました。
いえ、外来種が悪いといっているわけではありません。
そちらに気をとられるあまり、在来種を忘れてしまった…ということでしょうか。
戦後からしばらくの間の着物雑誌を見ますと、外国から来た洋服というものの魅力を
着物に取り入れることで、着物もまた共に歩ませたい…というような、
呉服関係者の思いが伝わってきます。
わざわざ元はズンドウの着物を、衿元をきつくあわせ、帯を胸高に締めて
ウエストマークしたよーな感じに見せたり、ヘア・スタイルを洋風のショートヘアにしたり
写真の撮り方まで、当時の洋服のような「モデル立ち」にしたり…。
また着物の色柄も古典柄にはなかったものをそろえたり、
キャッチも「スマート、モダン、スポーティー」なんて言葉がたくさん使われています。
羽織が短くなったのもこのころです。ストンとした着物に、ゾロッと長い羽織は
どうしても「おっとり、はんなり」のイメージですから。
そのドリョクもむなしく、結局着物はだんだん普段には着られなくなり、
やがては「特別の日のもの」としてしか着られなくなっていきました。
それでも今、成人式は振袖、とか結婚式には留袖、とか、
子供の入学式には色無地、とか…そんなふうに「気持ちの改まるときには着物」と
思い浮かぶことは、やっぱり着物は日本の文化なのだなぁと思います。
大陸の文化を見ると、地続きであればあるほど、また侵略、侵攻があればあるほど
その土地の建物や衣服、食べ物、宗教まで、別の文化が混在したり、
元の形がなくなったりしているところもたくさんあります。
仏教はインドが発祥ですが、その後さまざまな他国の侵攻などにより、
今はインドはイスラムとヒンドゥーがほとんどです。
そして仏教はシルクロードを旅して中国から日本へと渡ってきてお尻を落ち着かせました。
それはまたひとつの歴史として、文化としての特色を残してきたんですね。
民族衣装はその国がどこにあるか、どんな社会、どんな状況か…で
姿をかえるものもあります。
日本は、たまたまイースト・エンドといわれる大陸の果ての島国で、
外からはいってくるものを厳選して取り込むという、ガラパゴスみたいな状況でした。
着物のように国の中で生まれてからずっと、長い時間をかけて静かにはぐくまれた
純血種のような「衣服」は世界でも稀有な存在ではないかと思っています。
外来種を嫌うわけではなく、その恩恵を数え切れないほど受けている私たちです。
だからこそ、世界に誇る「着物」という民族衣装は大切にし、
きちんと継承していきたいものですね。
本日のおまけ写真、鉢植えのヒペリカム。
お花屋さんでは赤い実になってからのほうが、おなじみですね。
私もこの花を見たのは初めてです。しべが長くて面白いですね。
黄色いのは実のようですがつぼみです。
帰ることができなくても、せめて方向だけでも、
ハッキリすれば、たとえ行き先は闇の中でも
少しは救われるのですが…。
何をどうしたいのか、それぞれが
勝手な方向を指し示している場合もあるのに。
それも知らずにいる買うとねぇ…と、
手の届かぬ地べたの上ではぎしりしています。
ほんとほんと…体の線が出るのは
ほんとにダメですねぇ。
着てみたいのに~~です。
着物はありがたいですね!
いつも思うのですが、なんか気ぜわしいですよね。
一つ何かがあるとわーっとそちらに走りよる…。
買うほうもなんか情報に振り回されている気がします。
そんなもんじゃないのにと…。
はじめまして。
なにしろ思いつくままの書き散らしで…。
何か一つでもお役に立つことがあったら
ほんとに嬉しいです。
いずれもっと読みやすく…なぁんて
かんがえてばつかりなのですが、
これからもよろしくお願いいたします。
何か質問がございましたら、メニュー右上の
「とんぼへお便り」からどうぞ。
私にわからないことは、プロのお知恵も借りますので。
地球から旅立ち、満身創痍で帰っても大気圏という壁で
燃え尽きるしかない。
今の着物も、帰るに帰ることができないまま現代という大気の流れをめぐっているような…。
はやぶさは予算が潤沢で静止軌道を離れるスタミナがあれば、燃え尽きさせることはなかったそうです。
売れるからだけで着物は生き残れるのか。
心配です。
きれいですね。
でも、体のラインが分かるものは到底私には
着られません。着物はその点 融通がきく
のでいいですね。
お客様の韓国の大学の先生が仰っていました。
街で見かけるから、日本人は偉いねえと。
和への憧憬が日本人に残されているからだと思います。
しかし、業界の体たらくは最低です。
売れると噂になった物は皆で手がけて大量の不良在庫にしてしまいます。
昨今の不況で後押しされたこの業界は行き着く所まで来てしまった感じがします。
お母上やご子息のお世話が大変ですね。
お体に十分ご注意を。
ヒペリカム階下に咲いています。
突然思い立ち着物を着始めて1年経ちます。
図書館で借りてきた着付けの本とビデオでなんとか着られるようになったものの、着物の知識不足で立ち往生してた時(とんぼさん)を発見! 過去のブログもお役立ち満載でいろいろ参考にさせていただいてます。
ありがとうございます。