ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

明治の着物

2008-06-29 17:28:41 | 着物・古布
細かい地模様のある紋綸子、すべすべと光沢があります。
全体に、それこそ衿まで薄く綿が入っていますが、もちろん「真綿」でしょう。
とにかく綿入りだというのに、軽いこと軽いこと…。
ふわりと飛んでいきそうなほどの軽さです。
五つ紋、つまり紋付、色留と思います。
紋はこちら、五三の桐の「桐枝紋」とよばれるものです。
女紋としては、通紋ですが「桐枝紋」は珍しいですね。
少し大きめですし、飾りの意味もあったかもしれません。


       


模様がないのになんで「色留」?ですね。
実はこの着物、ちゃんと柄があります。
こちら、つまり下前なんですね。「ふき」にまで柄が入っています。


       


こちらその下前の裏、当然「共八掛」です。


       


柄をちょっとアップにしてみました。
繊細な絵です。小さいのですが、細かく描かれている上、
笹の葉の真ん中は金線です。


       


着物の柄は、晴れ着にしても街着にしても、派手に華やかになったのは、
大正時代、今の時代では「大正ロマン」と呼ばれる色柄です。
明治はまだまだ江戸をひきずって?裕福な階層の女性の着物は、
モノは最高、技術も最高、であっても、柄行は地味目が主流です。
では、どうして下前なの?これ「片褄模様」といいます。
なんていいましょーか、普段妖怪のように思われている私ですが、
さすがにそこまで長生きはしておりませんで(黒船も見ておりませんし)
聞いた話見た話をつなぎ合わせるしかないのですが…。
ひとつには「贅沢」を隠した、といいますか、まぁささやかな抵抗?
もうひとつには「洒落モノ」、つまり着物を存分に楽しめる立場の人のお遊び、
やってみたいやねぇ…ということではないかと思います。
このテの着物、黒の留袖ではたまーに見かけます。

この着物の場合ですが、まず時代からいって「おはしょりは後作り」、
つまりおはしょりなしで着て、幅広の丸帯をそのまま締めていた時代です。
そうなると、着たときに裾を引きますから、当然隠れている下前の柄も、
チラリチラリとみえるわけですねぇ、おっきれいじゃん、という感じ?
また、外へ出るときも着物はかかとにかかるくらいまで長めに、
ぞろりっと着ますから、前は翻ってまた模様が見える…、なんてゼータク。

とまぁそんなところではないかと。
実は、かの「森南海子」さんの著書の中に、「残念模様」という
着物の記述があります。これは四国の方の風習らしいのですが、
留袖の上前に「じみぃ」な柄が入っている、ところがめくってみると、
下前には上前よりずっと派手で豪華な柄がある…。
これは、その家の「お刀自様(姑、大姑など)」と呼ばれる立場の人の留袖。
つまり、年をとってすでに家のことは息子や嫁に委ねている、
隠居の身だから目立たないように控えめに、でも晴れ着だからきれいにしたい、
でも表には出せない…ってんで、すぐには見えない下前に柄をつける、
こんなにきれいなのに、おおっぴらに見せられない、
そこで「残念だわぁ」ということで「残念模様」といわれるのだそうです。
私はこれを一度見てみたいと思っているのですが、
女史が探し歩いた時点で、もうほとんど残っていなかったそうです。
オークションでもまだ見ていません。

とまぁそんなわけで、この「片褄」は今ではほとんどありませんが、
染め方としておかしいものではありません。

じっと立っていれば「五つ紋の色無地」ちょいと歩けばたちまち色留袖、
一粒で二度おいしい、いやグリコじゃありませんが。
それにしても、本当に「麗しい紫」です。
そこへ持ってきて、この袖裏です。


         


もちろん襦袢を着ますから、この燃え立つ赤も「チラッ」程度しか見えません。
着物というものは、すべて隠してなお匂いたつ…そういう美の世界だと、
つくづく思うのです。殿方は「ナントカ姉妹」のドレス姿のほうが
いいかもしれませんけれどね。
ふき綿もたーっぷり、こんなです。


     


この着物、多少ヤケはありますが、着て着られないことはありません。
よくまぁこんな状態よく残ってくれたものです。
どんな女性が着ていたのでしょう、髪はまだ丸髷だったでしょうか、
それとも束髪でしょうか。鼈甲の櫛などさりげなく挿していたでしょうか。
この着物を着たときは、どんなお集まりだったのでしょうか。
100年以上も前の、この着物の持ち主に会ってみたいとんぼです。


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7 コメント

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Unknown (みやざえもん)
2008-06-29 19:28:46
いやいやいや、素晴らしいですねー。
下前に模様をつけることがあるのは知ってましたが、
「片褄模様」「残念模様」の言葉、
初めて知りました。
加えて、とんぼねーさまの相変わらずの
解説、こちらも達者で素晴らしい。
昔、やはり池田重子さんもおっしゃってましたが、
「明治のものは地味よ~」。
つい現代の私たちは「明治大正」というくくりで、
話したりしますが、全然違うようですね。
でもまだまだ「技術」は残っているので、
例えば帯留の細工物なども、刀鍛冶が口を糊するために
製作しているものも少ないようですしね。
ホント、着物ってロマンを掻き立てます~。
持ち主に会いに100年前に戻るときは
お声をかけてください(笑)。

返信する
Unknown (陽花)
2008-06-29 20:54:58
片褄模様・・・ウ~ンステキ!
色といい柄といい、うっとりしながら
何度も写真のところ行ったり来たりしてます。
アァ~、この八掛の柄が表にあったらと
ついつい思ってしまいますが、チラッと
見えるから余計に奥ゆかしい色気があるんでしょうね。珍しい着物を見せて頂きました。
返信する
Unknown (ゆん)
2008-06-29 22:13:59
 こんばんは~

 うっとり・・・。
なんだか切なくなりますね~。隠居の身だけど、晴れ着は着たい…。死ぬまでオナゴ!!

 昔の人のおしゃれへのこだわりと柔軟性を見る思いです。

 素敵なお話、ありがとうございました
返信する
綿入れ (うまこ)
2008-06-29 22:34:47
下前に模様をつける、
「片褄模様」「残念模様」
色々なわざがあるんですね!

そして、全体に薄く綿が入っているんですね。
先日、博物館の小袖展で
綿入れの小袖(現代製作)を試着しましたが、
綿が入っていると張りがあって
褄を合わせて持ったときも、
お引きずりにしたときも
単なる袷より布がしゃんとするので
きっと、このような片褄模様でも
柄がしっかり見えるんですね。
隠すも見せるも自由自在。
なかなかの技術ですね!
返信する
Unknown (とんぼ)
2008-06-30 18:38:12
みやざえもん様
明治・大正は、歴史的にも怒涛の時代、
着物の色柄、素材もさまざまですね。
美しいものは残ししたいものです。
需要が減るために、職人さんが減る、
という現象が今もありますが、
消したくない「手わざの火」ですね。
タイムマシンができましたあかつきには、
ぜひご一緒に!


陽花様
ほんとにきれいで上品な染め色です。
手触りも軽さも、色柄も、なにもかもが、
今にはないものですね。


ゆん様
そう、オンナゴコロ、これですよ?!
なくしちゃいけません、いつまでも。
といってるあたしは、どっかへ
おっことしてきたよーな…キガスル。


うまこ様
そうなんです。下半身は今風の着方だと、
少しに外に張る感じ、でも褄をとったり、
下に引いたりすると、きちんと形になります。
昔の人の美的感覚って、すごいですね。


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ぎょえー、意味不明な・・・ (みやざえもん)
2008-06-30 23:36:26
すみません、
ヒラガナがちきんと書けてなくて~~(泣)。


>刀鍛冶が口を糊するために
製作しているものも少ないようですしね。

   ↓
刀鍛冶が口を糊するために
製作しているものも少なくないようですしね。

返信する
Unknown (とんぼ)
2008-06-30 23:45:30
みやざえもん様
はい、たぶんそうであろうと
思っておりましたよ。、ご心配なく。
武士という存在の長かった日本では、
明治という時代は「武具全般」にわたって、
その製作に携わるものにとって、
受難の時代だったわけで…。

細工師や農耕具・道具作りになったもの、
組紐は刀の下げ緒やよろいの細工から、
帯締めや飾り紐つくりになったもの、
それぞれに生きるためには…という
葛藤があったのでしょうね。
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