昨日は成人式でした。
毎年ニュースでくらいしか「着物画像」を見られなくて残念なのですが、
昨日のニュース画像で見る限り、着物の柄に古典柄が増えたようで…うれしいことです。
そして、ふと思いついてニュース画像を探したら…別に珍しくはないと思ってはいますが、
「北九州」というのは、これが多いのですと。
まぁ、いつの時代も、どんな世界も、目立ちたがりや勘違いはいるものです。
ましてこれはハタチ、これを見た世間様にどうとられようと、どう見られようと、将来これをどう思い出そうと、
それが自己責任であることがわかっていればそれでよし。
さて、トップの「成人式は「冠」であるべき、と書きました。
「冠」は「冠婚葬祭」の「冠」です。冠婚葬祭とは、人がうまれてから亡くなるまでの間の、
家族間で行われる、さまざまな節目や折り目の行事のことをいいます。
「婚」は文字通り「婚礼」、つまり結婚によって新しい家族を形成すること。
「葬」は、人の死に関する行事、葬儀、法事など。
「祭」は、本来は「先祖供養」のこと。
では「冠」は…、これは「成人」すること。
歴史の流れによって、少しずつ変わってきましたが、
公家の社会であったころは「冠」は官位を表すもので、これをかぶることで、
その職に就けるという保証であり、大人と認められることでした。
冠をかぶせるために、冠親(武家の社会になってからは烏帽子親)を頼み、
この人が式の時に仮親となりました。仮親は、後見人であり、
あとあとさまざまな場面で引き揚げてくれるとか、登用してくれるとか、
そういうことも踏まえてのことでした。
これを境に、子供の髪型から冠をかぶるための髪型に、名前も幼名から大人の名前に替えました。
なにかをかぶる、ということは、昔の人にとっては、大きな節目でありました。
武家の社会になってからは、烏帽子をかぶることはもちろんのことですが、
後年は月代をそることで「兜」をかぶることができる(兜が滑らないように、頭が蒸れないように)、
それはつまり「戦の時に父親と一緒に戦える」ということで、大人になった…の証だったわけです。
今のようにハタチなんて言ってられません。なにしろ平均寿命は今の半分なんですから。
医師も薬もないに等しい時代です。赤ちゃんが無事育つのが大変だったわけで…。
七五三の元と言われている、髪置きとか着袴などの儀式も、
子供がとにかく元気で育ってほしいという、親の願いによるものです。
というわけで、平安時代などは10歳前後、早い時は8歳くらいで「冠の儀」を行い、
これを「加冠(かかん)」とか「初冠(ういこうぶり)」と言いました。
武家社会では、まんま「元服」、あの「赤穂浪士」の中でも、大石内蔵助の息子「主税」と、
一つ年下の矢頭右衛門七が、討ち入り前に前髪を落とし、元服して参加しています。
「大人になる」「一人前として認められる」、これは、大切な儀式であり、厳粛な儀式でした。
だからこそ「礼装」で臨むわけです。
ブログを初めてまもないころに「ハレとケ」というお話を書きました。こちらです。
今の時代、ハレとケの境目は、あいまいになり、お正月でさえ「晴れ着」を着ないことも
めずらしくありません。それでも、成人式はベツモノ、親は一生懸命「一式」揃えてくれます。
でも、成人式は「イベント」ではありません。振袖は「イベント用コスチューム」でもありません。
やはり「大人になったことを祝う日の晴れ着」です。成人式だから振袖、なのではなく、
成人式は、大きな節目の儀式だから礼装で臨む…のです。
たまたま女性の振袖は元々がはなやかなものですから、特別なよそいき、みたいな感覚ですが、
本来は「礼を尽くすために着る」わけです。
男性は黒紋付き、仙台平の袴、が第一正装です。色紋付は「準礼装」です。
自らの祝いの日を「準」ですませていることに気が付かないのは、それだけ着物が忘れられているから。
最初に「とんでも画像」をリンクしましたが…実は、あるニュースで成人式の代表として、
ステージにあがった人たちの画像を見ていました。男性三人のうち、一人が和服でした。
髪はなんというのかしりませんが、耳のまわりの側頭部は短く刈り上げられている感じで、
てっぺんは髪がある…なんとも今風、着物は紫で、羽織は同じ紫でしたがなにやらヒョウのような
葉っぱのような柄があり、袴は確か金色系…あらまぁこれが代表ですか…と思っていたのですが
それが、あの東北震災の被災者でした。彼は「社会に出たら地元に帰り、貢献したい。
先生になって子供たちに教えたい」と言いました。人は見かけじゃないわぁと、ちと反省。
そういう場合は、教えてあげる人がいなかったということでしょう。
質問サイトでも「18歳だけど、黒の羽織は地味で着られませんか」という質問がありました。
これはまったく「洋服感覚」で見ているための質問。
洋服は、そのままブラックフォーマルになるような黒のワンピースなどでも、
別にほかに身に着けるもので、ただの黒い服、になりますが、
黒の羽織は、紋がついていたら洋服の黒い上着のようには着られません。
「聞きたくても、母は着物を着ないのでわからないし、祖母は遠いところに住んでます」なんてのも
よく見ます。20代の人の母親なら、40代半ばからせいぜい50、
祖母と言っても、60代から70くらい、つまり私くらいでしょう。
私の同級生で、着物のことならわかるわよ、という人は、すでに少ないです。
「聞きたくても知ってる人がいない」時代に入っています。
着物は絶滅危惧種…なんて言ってましたが、今やそれをちゃんと伝えられるだけの
過去の積み重ねを持つ人が「絶滅危惧種」になりつつあるわけです。
成人式はイベントではなく「冠」の儀式である…と、考えることは、
時代が変わっても、意識として伝えたいと思うわけです。
インタビューに、ここまで育ててもらって、お母さんに感謝してます、とか、
これからは責任もって、とか、社会貢献できるように、とか…そういう言葉が聴けるのは、
嬉しいですし、ホッとした気持にもなります。
教えたいこと、伝えたいことをなんとかせにゃ…ずっと心の中にある思いです。
えっと思いましたが、確かに教えてくれる人はいないんでしょうね。
卒業式の袴の着付けと予約会の仕事をしていますが、学校関係の方が「男子生徒も和装を着てほしい、洋服だと暗い色ばかりだから明るい色のを」と言ってました。
30代か40代くらいの男性で、先生がこうでは仕方ないかも、と思います。
ただ、自治体主催の成人式は、洋服なら男性はダークスーツですから、一つ紋御召しの羽織袴くらいでもいいんじゃないかとも思います。
もちろん、成人のお祝いという意味では、七五三並に黒紋付き羽織が妥当だとは思いますが。
成人式の振袖もですが、卒業式の袴でもここ2年くらいは「古典柄の着物がいい」という人が増えています。
ただ、「古典柄」の認識があやふやな人も多いのですが…単にモチーフが古典風なだけのものを指している人も多くて、柄行きは今風だったりするので。
私と妹が着たものを仕立て直した超!昭和な振袖ですが。
姪っ子友人と二人、髪のセットから帰ってきて足袋の履き方から教えてなんとか送り出しました。
妹は押さえてほしいポイントなんかも全くわからないのでヘロヘロになりました。
妹夫婦も私の母も目を細めながら「やっとこさやなぁ」と言ってました。
でも、着せ付けされながらの姪っ子の一言…「着物ってええやん♪」って。
あかん、いろいろ仕立ててしまいそうな自分がこわいです。
迷惑をかけずに、回りの人に愛され幸せになってくれればと願います。
世の中の変化につれて、変わっていくことは
仕方ないと思います。
ただ、気持ちの上でちゃんと理解して、
でも今はもうこういう時代だから…とならないと、
全体が暗いからとか、そういう理由は、
理由にならないということが、わからなくなる気がします。
実際昔は、着たくても生活が豊かでなければ、
揃えられない人だってたくさんいたと思います。
精一杯の晴れ着でいいから、
気持ちは「何のために着るのか」を、
考えてほしいと思うわけです。
今の古典柄は、「古典もどき」「古典風」も
たくさんありますね。
昔ながらの古典の良さは、見慣れないと、
ただのふるぼけた柄なのかもです。
それはそれは、おめでとうございました。
先も楽しみですね。
ニュースやテレビは、面白い方、話題性のあるものを
特に追いますから、ほとんどは「ごく普通」の、
とてもいい若者なのだと思います。
学生も社会人でも、やっぱりハタチは、
ひとつ階段を上がる気分。
自分の時のことを思いだします。遠いわぁぁぁ。
成人式というのはすべてが自己責任になることを自覚する節目なのでしょうが、最後の子供をしてるんでしょうね。
外見ではないと信じて正しい選挙民になってほしいものです。
テレビの影響も、いい方に出るといいですね。
ただのハヤリものではないということを
わかってもらえたらと思ったりしています。
「最後の子供」、おっしゃる通りかもしれません。
それをも含めて自覚してくれてるといいですね。