トップ写真は、たぶん喜寿を越えたころの母、東寺の「弘法市」でのショットです。
何を買っているのかと、ピクセルあげてみたら「そろばん」…。
思い出しました、たぶん富山の薬屋さんとか、そういう人が持っていたのではないかと思われる、
小さなそろばんです。ニコニコ笑っているところを見ると、うまく値切れた?
このとき母が着ているのは「迷彩柄」のニットベスト。
これと同じものを買ってきてくれたので「ありがとー」といったら「アンタやのうて、『子とんぼ』にやで」…。
娘より孫…あったりまえのおばーさんでしたわ。
母の三回忌、つつがなく終わらせることができました。
皆様からも、母をしのぶ言葉をたくさんいただきました。ありがとうございました。
お寺でお経をあげていただいて、それがまたよく通るいい声で。
ただ…すんごい大きい木魚と鐘。この鐘がかぁぁぁぁ~~んと鳴ると、すぐそばなので、
耳鳴りもちの私は、共鳴して「わぉんわぉんわぉん…」…そりゃもぅご利益のありそうな響きでございました。
母のお墓には、菊ではなくルピナスやカーネーションを入れてもらった花束を供え、
大好きだったサイダーを供え、お線香をたっぷりあげてきました。
次の年会は七回忌です。4年後ですが、父が「オレはそのときまで、いるかどうかわかんないなぁ」…。
いったとたんに全員から「何、アホなこと言っとる!」と、叱られたのは、いうまでもありません。
久しぶりに顔を合わせるいとこたちと、法事そっちのけの(オイオイ)おしゃべりも楽しんだし、
母の古い友人は、母の形見の杖をついて来てしてくれました。
きてくれたいとこはみんな「女性」、もちろん歳も私と近い人ばかりです。
次々に父に「おじさん、なんでもかんでも、自分で動こうとしないのよ」
「そうそう、とんぼちゃんがいうことに、いいよとか大丈夫とか言わないのよ」
「こまごま気を使っても、体はそれだけ動かないんだから、人に任せることも覚えなきゃだめよ」
と、連発銃のようにお説教…父は、困った顔で笑いながら「ウンウン」。
私は内心(もっと言ってやって、ガンガン言ってやって!)
おかげさまで、私の言いたいことは、全部三人が言ってくれました。
ほんとに細かいことに気を使いすぎなのと、迷惑を掛けまいという気持ちが先で
手を差し伸べようが、荷物を持つよと言おうが、なんでも「いいよ、だいじょうぶだよ」なのです。
体を動かすことは、リハビリの上でも大事ですから、それはやってくれたほうがいいのですが、
なにしろ人の忠告をキカナイ…。
志村けんじゃないんだから、なんでも「だいじょぶだー」って言わないのよと、最後まで釘を刺されておりました。
ちっとは効き目があったかって?
食事からの帰り、タクシーを待つのに時間があるので「そこにすわって待ってて」と言ってるのに
「大丈夫だ」…「今、何て言った?」とカオを見たら「あ…ハイ」とおとなしく座りました。はっはっは。
母の写真を一枚持っていったら、母の古い友人が「カオが大きく写っているの、持っていないから」と言うので
差し上げました。その人は、毎月命日かその近くに、お墓参りに行ってくださっています。
この世に姿がなくなっても、そうやって心を寄せてくださる方がいるというのは、ありがたいですね。
思い出して、パソコンに入っている母の写真を見ました。
人の老いというものは、切ないものです。
迷彩ベストから、数年後の母は、もうすっかり「おばーさん」、
こちらは同じ京都の「護王神社」でのショット。髪がぱさついてみっともないから、と、
このころは大島の帽子を愛用していました。すでに杖をついています。
こうなると、いくらオシャレしたくてもリュックだよねぇ…なのですが、その愛用のリュックがこちら。
どこまでも「オシャレ」な人でした。
これ、私がもらっているのですが、私がしょったら、ただの「山から下りてきた猟師のおかみさん」ですかねぇ。
帰ってきてからも、ちょっと余韻にひたり、父と三人で行った旅行のこととか、
三人で餅をついて、やれ大きすぎるの小さすぎるのと、おもちを丸めた年末のこととか…。
いろんなことを思い出しました。
父も写真を見ると、本当にあっという間に老いています。
法事は仏様の行事ではありますが、久しぶりに親族が顔を合わせ、
故人の過去を思うと同時に、無言のうちにお互いの無事や老いを感じ、
生きているものの「明日」を思う…そんな時間なのだと思いました。
さぁ、一段落つきました。
次はクリスマスのお飾りと、お正月の準備に向けて…
いや、その前に昨日履いた靴の始末と、服の片付けをしなはれ…。
トップのお写真はいつも見せて頂くお母様
のお顔ですが、2枚目のお写真は言われなければ
お母様とは気がつきませんでした。
年齢を重ねるとある日を境に急に老け込んだり
しますね。
久しぶりに会って老けこんだ母を見てショックを
受けた事があります。
老いるって本当に切ないですね。
話がズレていて恐縮ですが、私は若い頃から髪が少なく、難儀しておりますので、和服でもOKな帽子がほしいです。
やっぱりね。
本当にお洒落なお母様でいらっしゃったのですね。
年を取っても小奇麗でいなくてはと思いますが
結構難しい事の様にも思えます
お疲れさまでした。
何と言っても生前の母上にお会いし、毒舌を拝聴したかった。
爽快だったでしょうね。
無事に終わられてなによりでした。
年忌は何より日頃ナカナカ合うことのない人にあって故人の事を語り合えると言うのが一番ですね~
時々皆に迷惑をかけるから私一人でとおっしゃる方がいますが(その気持ちも判らないではないのですが)、最近では親戚でさえ皆が集まることがドンドン少なくなってきていますので小さな子供には足のしびれるお経を聞くのも良い経験になると思うのですがねえ~
お年を召されてもお洒落なお母様は素敵ですね。
私は母と離れて暮らしていますので久しぶりに会うと、どきりとするぐらい歳をとったなあと感じることがあります。娘としては何んとも切ないですね。
なんだかほっとして、気が抜けてます。
母は、私が地元に戻ったら、急に老け込み始めました。
母も私が近くにきたので、ほっとしたのかもしれません。
ある日、一応オシャレはしているものの、
帰っていく後姿が、背中が丸くなり、
足もちょっとよたよたしているのを見て、
ガクゼンとしたことを覚えています。
ほんとに、切ないものですよね。
おかげさまで、ほっとしています。
イマドキ風のオシャレだと、結構着物に帽子、靴、
なんてスタイルも見られますが、
やはり抵抗がありますよね。
普段着程度なら、以前お話した「あねさかぶり帽子」が
いけるかなと思いますが。
私は元々多くて太くて硬い…ので、コシがなくなって、
ラクにはなったのですが、てっぺんは薄くなってきています。
伸ばしているので、髷でごまかしっ…ですが、
女性用部分カツラのCMが気になってます。
ほんとにオシャレが好きで、また扇子もよかったですね。
まったく年齢なんかキにしていませんで、
好きなものを着る、持つ、という人でした。
足元にちと不安がきて、ハイヒールを履けなくなって、
シャクだと言ってましたねぇ。
ずっとスタイルもよかったですから、私はそこからして…
まねはたいへんですー。
ほんとに、あっという間ですね。
母は、他人様にはとてもウケのいい人でしたからねぇ。
長く付き合うと、面白かったと思いますよ。
母の友人は、母と私のやりとりを、漫才みたいだと、
よく言ってました。当然、私がボケで…。
おかげさまで、一段落つきました。
家族が離れて暮らすことが多くなりましたから、
こんなことでもないと…というのはありますね。
今回、母の身内は京都なので、遠いからいいよと、
こちらの父方の身内ばかりだったのですが、
アチラはあちらで「年寄りばかりになって」と、言ってました。
お寺で、私たちの次の法事のご一族がいらしてて、
中学生の制服や小学生らしい子も数人いまして、
あぁなんだか「当たり前」の法事だなぁいいなぁと、
そんなことを思いました。
ああいう経験は、意味がわからなくてもなんでも、
子供のころから参加させるべきだと思いますねぇ。