「逆ヒバ」とのみ、通行中は読み取れます。昔から、ちょっと気になっていました。
このあたり一帯は昔、居館があったそうです。稗貫氏といえば、昔の花巻の領主。
今では雑木林で見る影もないですが。
付近には一里塚も残されています。
保存状態もいい。
で、当の「逆ヒバ」なのですが…
説明板です。
【考察】
いくらなんだって、「弘法大師」が東北まで来た記録はないですから、これも日本全国に残る「弘法伝説」の一端でしょう。大体は他の聖が「弘法」とされたり、まったく根拠のない伝承だったりするのでしょう。
単にその形状から「逆」という名がついたという風に解釈されています。まあ、確かに変わった形状ですが…。
んで、奥に進みますと…
何かを祀っていた跡に出ます。
「観音」という感じではないですが…
「逆ヒバ」ですか…
なんだか、不思議な木です。
【撮影日:2014/4/12】
【↓↓↓「逆ヒバ」の位置はこちら】
このあたり一帯は昔、居館があったそうです。稗貫氏といえば、昔の花巻の領主。
今では雑木林で見る影もないですが。
付近には一里塚も残されています。
保存状態もいい。
で、当の「逆ヒバ」なのですが…
説明板です。
【考察】
いくらなんだって、「弘法大師」が東北まで来た記録はないですから、これも日本全国に残る「弘法伝説」の一端でしょう。大体は他の聖が「弘法」とされたり、まったく根拠のない伝承だったりするのでしょう。
単にその形状から「逆」という名がついたという風に解釈されています。まあ、確かに変わった形状ですが…。
んで、奥に進みますと…
何かを祀っていた跡に出ます。
「観音」という感じではないですが…
「逆ヒバ」ですか…
なんだか、不思議な木です。
【撮影日:2014/4/12】
【↓↓↓「逆ヒバ」の位置はこちら】
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