午後1時半から日本民学会第917回談話会がオンラインで開催された。かつてならオンライン開催などというものはなかったから、ほぼ参加不可の会であるが、コロナ禍にあって利点といえば、こうした会に参加できるようになったことだろうか。とはいえ、昔の人間にはオンライン開催はいまひとつ抵抗感はある。それをぬぐいきれない者には、そもそもオンラインに接続する際に「躊躇」がつきまとう。もちろんメリットもたくさんあるから、ありがたいことではあるが・・・。その通り、オンライン会議を視聴しながら、別の「仕事」を続けられた。これほど時間が有効に使えることはない。そもそも1時半に始まった会議は、3時間ほど続いた。現地まで行って、3時間出席して、帰ってくるなどといったら、気が遠くなるほどの時間を要す。見学とか、現地研修でなければ、オンラインがいかに有用か、容易に判断できる。
さて、今回の談話会は「地域からの視点 ―地域研究団体の現状と課題―」と題したもので、地域研究団体3団体の代表が会の現状を報告し、今後の民俗学において地域との交流や連携、そして地域民俗学の活性化を検討するというものだった。もちろん参加した理由には、長野県民俗の会が報告団体のひとつであったこがある。現代表の田澤直人さんによって報告が行われたわけだが、ほかに古々路(ここじ)の会と下野民俗研究会が報告を行った。いずれの会も会員の減少とか、後継者のことなどが課題ということになるのだろうが、その存在において欠落していた視点というものがあると、わたしは思う。古々路の会は大学を基点として活動がされている会。また下野民俗研究会は栃木県立博物館に事務局を置いている、いわゆる公共性をイメージさせる立ち位置にある。しかし、長野県民俗の会は、今年設立50周年を迎えたが、一貫して事務局は個人宅に置かれたとともに、事務局を一箇所に固定することなく、地域満遍なく回してきたという経緯がある。確かにかつては教員が主たる構成員であって、とくに『長野県史』編纂時代には、県史刊行会に席を置く方々が下支えしていたことはある。しかし、あえて公金をあてにすることなく、手弁当で主旨を共にする同志が仲間を築き上げてきた実績がある。したがっていまもって公共性という面では一線を画しているという事実があり、故に報道にも、役所にもその存在が低く見られている傾向が強いともいえる。これはデメリットでもあるが、自由な活動という面ではメリットがあったともいえる。おそらくこの流れの原点には、設立当初のいきさつが、伝統のように存在しているのかもしれない。もちろん設立当時のいきさつを知っている人は、すでにほとんどいないのにである。これこそが、もしかしたら「長野県民俗学研究史」を考えなければならない理由なのかもしれない。
地域研究団体の現状などが質疑でもとり立たされたわけだが、やはり、わたしには公共性の視点がその存在意義を左右していると考えている。とりわけ長野県内ではこうした分野の大学の存在が低かったためか、大学を中心にした活動は見当たらないし、事務局を見たときにも、個人宅に置く例が多い。もちろん同じ民俗学研究を行う団体が他にもあるが、その中には自治体から補助金をもらって運営しているところもある。時世は自治体が文化活動に補助を出すのも普通にみられる。もしかしたらそれをあてにすることも可能なのかもしれないが、これまでの経緯を省みれば、やはり長野県民俗の会の立ち位置は、続く限りその経緯を忘れてはならないと、わたしは思う。
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