「ヨガの修行、どう?」
寒さに弱いウチらは雪でも降ろうもんなら
すぐに逃げに走る。
「家に引きこもって修行しろ!って日本政府が言ってるよ」
私と、多分ヤツも、ここ数ヶ月、
寒くなってからは、全く何もしないで、
ジシュクにホトホト辟易していた。
毎日ぐーたら過ごしていて、
魂が抜けたキリギリスのように生きている。
「ここは恒例の冬季ヨガ合宿でもやるか?」
「恒例だったんだ…」
こんな感じのウチらが、気合が入った合宿など、
ほぼ100%ムリだ。
Yなら、ストイックだから気合いだーッツとか
頑張ってそうだけど、ヨガ教室持ってるから
ウチらみたいなヒマ人には付き合えんよね、
など、茶飲み話していた矢先、
Yからメールがあって、
ヨガ教室がずっと休みになって、
ウチらみたいな毎日を過ごしていた、との事。
どうやらジシュクに辟易してたのはウチらだけじゃないようだ。
時間はあるし、寒いし、マイルはしこたま余ってるし、
行かない理由が見つからない。
「国内しか行けなくなってから、沖縄ばっか行ってねー❓」
「だから宮古にしたんじゃん」
ホント、あれ以来?何度沖縄行った事か…。
今回も旅程は私の担当で、
ジシュク期間だから、控えめに9泊10日。
宮古東急リゾートで2泊、
キッチン付きのブリッサで5泊
伊良部SUIラグジュアリーで2泊の予定を組んだ。
レンタカーで移動して、
バブル形式で過ごせば完璧だー!
空港のショボさは懐かしかった。宮古は夢のような暖かさ。
最近は北谷ばかりだったから、ホント久々だった。
途中、車で走るさとうきび畑郡の穂を
風がゆっくり通り抜ける…。
何度も来たから、農協のスーパーや、
日暮れ歩き回った田舎道や、
本を読んで過ごした景色が見えると
蘇る記憶がある。
宮古島では、何と言っても東急リゾートの前浜ビーチだ!
このビーチは東洋一美しいと名高い。
ホテルはサービスは申し分ないが、
設備の割にオタカメだから、
今回は、ある目的の為に
ビーチだけが目当てで2泊にした。
ある目的、は2人には宮古に着いてから発表すると言ってたので、
空港でもレンタカーの運転中もメシ中も
しつこく聞かれたが、口を割らなかった。
部屋に着くと、窓から見える海の色に
一同しばし黙り込んで夢心地になる。
「何て青いんだろう、」
「どこのビーチにも負けてないよね」
「ここは牧草じゃなかったね」
「え、ここも結構牧草になってたよ」
Yは最近、実家の周りの農家の人から
皆、米作れなくなって、もうすぐ食料なくなるから
備蓄するように言われたと言う。
アメリカのスーパーの棚に何も無くなってるって
YouTubeで見た事はあるが…。
何でも、米の減反の補助金がなくなって、
米をイッタン(すごい広い面積らしい)
作っても一万円くらいの収入にしかならないようだ。
牧草を同じ面積作ると、補助金が八万円、
政府から貰えるんだって。
「あーッツ、ここではそんな話やめて、
楽しい話にしようー」とヤツ。
…人間が食べる米を作って一万円、
牛の餌を作ったら八万円…、
きっと又、何か企む世界のおエラいさんの命令だろう…。
Yの言うように、去年行った京都や岐阜の田舎でも、
どこも牧草畑ばかりで、農業とかわからないなりに
おかしな気がしてた…。
「今日は満月なので、寒中水泳大会をするぞーッツ!」
「ええーッツ!!!」
お待たせしました〜、と
待ちに待った発表に喜んでくれると思ったら、
「いやいやいやいや、チョット待て」
あからさまに拒否するヤツら。
以前、このホテルで夜の海岸を歩いた時、
真っ暗の中の青…、真っ暗なのに
青色が見える海の色に引き込まれそうになった。
これが満月だったら、月の光に照らされた青い海で、
きっと人魚のように泳げるだろうな、
と思い続けていた。
いや、アンタ、それ、9月だったじゃん、
今真冬だよ、宮古ったって20度だよ、
わめく2人にルールを説明する。
沖に向かってヨーイドンで泳いで、
1番遠くに泳いだ人に、
ビリの人が、最後のラグジュアリーホテルの
ディナーをご馳走する。
ヤツの顔に勝算が走った。
Yも年寄りの私には勝てると踏んだようだ。
現金なヤツらは急に、「ヨシ、やろう」と
ヨガの研修もどこ吹く風、
夕食にスタミナつけねば、とばかり
肉をしこたまたいらげてた。
あの…ヨガでは採食って話は………💦
しかも相変わらず大食いなヤツらだ、
感心しながらも、私の胸中は、
ヤツらを出し抜いて、
タダ豪華ディナーにあやかる為
画策に耽っていた。
昼間ホテルの海岸に降りた時、
以前は歩いて、すぐ海岸に出れたのに、
アクティビティ用のボートの桟橋とか出来て、
海岸に出るのが面倒になっていた。
夜中、水着を着てバスタオルを羽織り、
桟橋を通って、3人で海岸に繰り出した。
満月が悠久の青い海面を照らし、
冬だから殊更静かな面持。
ウチらは海岸に雄叫びをあげて走った。
「うわー!勝つぞーッ」
寒さの中、波沿いまで走って、気合いを入れ、
いきなりこの度のメインイベント!…って…何?
この音、ゾゾゾぞz…ゾゾゾ…、
ゾゾゾゾゾゾ…。
暗闇の中に、悪魔のうめき声?
砂浜の方で、何やら怪しげな音が…。
「ぎゃーーーッツ!」、
やたら視力の良いヤツの声に続き、
「ぎゃーッツ!」
「ぎゃーッツ!」
「な、なに?あの黒いの!」
ウチらが動くとざーッと黒い絨毯が動いて引いていく。
カニだ。
大きいものは手の平程の凄い数の蟹の大群が、
満月、海岸に産卵のために押し寄せていた。
形は蜘蛛に似てるので、チョッびっとビビったけど、
なんか、月あかりの下で、
蟹は激しく体を上下に揺すって産卵し、
終わると海に帰っていく。
こんなに一斉に産卵する光景を見ると
やっぱり神秘的だ。
「なんか、さ、コイツ
ずっと昔から多分変わってないんだよね」
「私は、こんな、海とか、さとうきび畑とか、島とか
月とか、自然の中にいる時が1番ホッとする」
「それ、私も、」
3人で勝手にビーチチェアーに寝転んで、
最近の日本や、考えてる事や、身近な出来事やら
あれやこれや、ずっと話して、
旅先で友人と語り合う幸せを感じていた。
「私が1番トシだから、合図は私が言うね!」
そう、それとこれとは話が別だ。
私は、去年、秋頃から毎月沖縄に行っていた。
密かに海で泳ぎ、寒い海でもなかなかいい泳ぎを出来る様になっていた。
ヤツはパドルサーフィンばかりで、泳いでない。
Yに至っては、ジシュクで殆ど運動もしてないらしい、
これはイケる!!
最後の伊良部のホテルは、宮古で新しく出来たホテルの中で
1番素晴らしい景色の中に建っている憧れてたホテルだ。
レストランも調べた。
何でも、北は北海道からまで食材を取り寄せて、
チョー贅沢三昧なディナーが楽しめるそうな……。
「ヨーイ、ードン!」
いきなりフライイングで海岸に走る3人。
みんな、知ってるだろうか、
満月の夜、海辺を全力で疾走すると、
腹の底から笑いが込み上げて来るって。
可笑しくって、走り続ける事なんか、もう、出来ないくらい心底可笑しくて…。
息を切らして波の中に入って、
ーさあ、豪華ディナーに一直線だーッツ!
満月下の熱い戦いは
ほぼ一瞬で終わった。
海に入った瞬間、心臓マヒが起きるかと思った。
足先が冷たい水に浸かり
沖に進むほど身体を覆う海水の
あまりの冷たさに、逃げるように海中に潜って
手足を2、3回バタバタして、すぐ
私はパニクって引き返した。
Yも、私の惨敗を見届けると
大声で叫びながら戻ってきた。
ヤツは1番遠くまで泳いでいた。
楽しそうに、すぐに上がってこないで
ヒャッホー!キレイー!と叫び泳ぎ回っていた。
「やっぱ、アイツはアホや」
私達は寒さでガタガタ震えながら
鼻水と涙で海岸からホテルの部屋に一直線に走った。
帰りの地獄絵図は考えてなかったから
バスタブ、お湯張っとけば良かったaーッ、
などと全力で冷たい庭を悲惨に裸足で走りながら、
大笑いが止まらなかった。
…ヨガの研修だったっけ。
少〜〜しやったって感じ。
相変わらず、おバカで優しいヤツ等と
買い物に行ったり、海を渡る橋をドライブしたり、
歩き回ったり、料理したり、
宮古の青を堪能して過ごした。
ブリッサはキッチンが付いて、広くてキレイでリーズナブルだから
みんなでスーパーで食材を買い込んで、料理やおやつ作ったり、
トランプしたりリラックスして過ごした。
ヨガマットも部屋に貸してくれるし、洗濯機も部屋にあるから、
いつも長期でお世話になるホテル。
伊良部SUIラグジュアリーホテルは憧れていた。
朝、目覚めた時、美しい海や景色が見えるところに惹かれる。
朝陽と海に沈む夕日が見える部屋だったので、
ウチらも贅沢な気分で瞑想したり、
ヨガアーサナをしたりして、
ジシュクでウツになるとこだった窮地から
脱する事が出来た。
分不相応な贅沢だけど、良いんだ。
今はいっぱい気分の良い事をして、
いっぱい自分やお互いをいたわる時なんだ。
もちろん、強欲で食い意地の塊のヤツらに
ロブスターと宮古牛のコースをご馳走したよ。
ちゃーんとね。