「推理小説はついつい気を許してしまうから、目を痛めていかん、いかん」
と雄吉は語尾を弱めている。ダイニング・キッチンにいる時には押し黙るに限る法を忘れていた。妙子が小柄に似ない声で、圧倒的に周囲を制していたのだからである。雄吉の弱みは、この数年来の妙子の肌に色白の艶を重ねたもので、効験アラタカなる信仰を誇り、不思議にもオナニーみたいな心持ちに落としめられていたことだ。耄碌にはまだ早いといい出すだろう妙子の方にも朝刊紙の壁を立てた、雄吉はその壁の中にすごすご沈む羽目の落ちる。壁は・・・すくなくとも空間を仕切るためのものであるわけがない!・・・位置の固定、そうです精神の死であったのですとかどこかでいつか読んだものを雄吉は思い浮かべていて、妙子から逃げた。その時に英次は、
「ぼくは会社へ行きます、パパ」
英次はお椀を片手にしていった。今朝は恐る恐るというふうな英次だが、まさか父に気づかうはずもなく、壁の端から窺うように、
「ああ」
と雄吉は朝刊紙を幽かに揺らしていった。
(つづく)
と雄吉は語尾を弱めている。ダイニング・キッチンにいる時には押し黙るに限る法を忘れていた。妙子が小柄に似ない声で、圧倒的に周囲を制していたのだからである。雄吉の弱みは、この数年来の妙子の肌に色白の艶を重ねたもので、効験アラタカなる信仰を誇り、不思議にもオナニーみたいな心持ちに落としめられていたことだ。耄碌にはまだ早いといい出すだろう妙子の方にも朝刊紙の壁を立てた、雄吉はその壁の中にすごすご沈む羽目の落ちる。壁は・・・すくなくとも空間を仕切るためのものであるわけがない!・・・位置の固定、そうです精神の死であったのですとかどこかでいつか読んだものを雄吉は思い浮かべていて、妙子から逃げた。その時に英次は、
「ぼくは会社へ行きます、パパ」
英次はお椀を片手にしていった。今朝は恐る恐るというふうな英次だが、まさか父に気づかうはずもなく、壁の端から窺うように、
「ああ」
と雄吉は朝刊紙を幽かに揺らしていった。
(つづく)
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