忘年会の季節である。目的は、その年のことを忘れるためなのか、年齢を忘れて会食をともにするのか知るすべもない。
忘れてしまいたい嫌なことも確かに多い御時世にはちがいない。その年を振り返り自分の罪を懺悔し新しい年を迎えるための禊かもしれない。
ちかごろは徒然草七段を思い浮かべることが多い。
兼好法師いわく「・・・命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で交らはん事を思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき」
四十というのはちと早すぎる気もするが、長く生きると人を傷つけることも多くなるのはものの道理には違いない。自分の場合はというと、人の助けも幾分はしているだろうが、どうも傷つけることのほうが圧倒的に多いと思っている。
今年出会った柴田トヨさんの詩が胸に刺さる。あの「くじけないで」で広く知られた柴田トヨさんの「ことば」という詩。
ことば
何気なく 言ったことばが
人を どれほど
傷つけていたか
後になって
気がつくことがある
そんな私はいそいで
その人の心のなかを
訊ね ごめんなさい
と言いながら
消しゴムと
エンピツで ことばを
修正してゆく
何度も何度も繰り返し読んでみても、また失言という失敗をするのである。
あさましきことである。まさに「命長ければ辱多し」を地でいくようなもの。
年末の忘年会に向けて、あらためて兼好法師と柴田トヨさんに訓えを乞いたい。
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