吉倉オルガン工房物語

お山のパイプオルガン職人の物語

貧しい者たちの世界

2008年05月06日 | 思うこと
貧乏というものは、お金があれば解決します。
しかし、貧乏性が身についてしまった場合、必ずしもお金では解決しません。

貧乏性といっても良性と悪性があります、悪性は特に貧乏症と言いましょう。
良性貧乏性は、しばしばお金に対する欲求そのものの減退を伴っており、お金を稼ぐ気がない故の貧乏というものが付きまといますが心は結構豊かだったりします。

悪性、ここでは貧乏症としていますが、これは、世界の金持ち、アメリカのネオコン、裕福な一族などが罹患者です。
およそ使い切れないほどのお金を持ちながら、さらにお金を増やすために必死になってしまうという症状を呈しております。
この貧乏症の患者にとって貧乏というのは死にも等しい未知の恐怖らしいです。

日本でよく見られる貧乏症は、官僚の方々に顕著で、様々な策で利権を手にし、それを手放さないというのが特徴です。
官僚にしろ政治家にしろ、世襲という制度は本来想定されていないのですが、江戸時代という世界史に例を見ない安定社会で世襲制度にすっかり馴染んでしまったわが国民はそれを今だに愛好しているようです。

僕がドイツでバイクを買ったトリア(最近の表記はより原文に近いトリーアらしい)は、カール・マルクスの生まれた町で、キャンプ場で知り合ったドイツ人学生がそれを知らなかったので、生家の場所を教えてやった思い出があります。
共産主義というと旧ソ連が槍玉に上がりますが、あれは単にそれまでの社会に不満を抱く人たちを取り込むための看板でしかなかったと思っています。

どうしたら、悲惨な抑圧や搾取のない社会ができるのか、人間の力で公平な富の分配なんて芸当ができるのか、答えは遠いけれども進めていかないとね。

それにしても、まあ、貧しい人の多い世界だこと!

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