吉倉オルガン工房物語

お山のパイプオルガン職人の物語

そーなんです(後編)

2008年01月17日 | 自分のこと
そのときの自転車のライトが電池式か発電式か忘れましたが、とにかくほとんど役に立たず、月明かりをたよりに夜の峠道を自転車を押しながら歩くことになってしまったのです。
車の轍に自転車を通し、自分は雪の中を歩きました。

疲労は溜まり、不安は募り、気持ちは落ちていきました。
今なら同じような状況でも心は春ですけどね。まだ10代でしたからね。
それでも、峠に着いたときにはうれしくて、記念写真を撮りました。

緩い下りになったので、自転車に跨ってみたのですが、ざくざくの雪の抵抗は大きくうまく乗れません。
早く下りたいというあせりがあったので、無理して乗ったのですが、すぐコケました。
雪の上に何度も放り出されながら進んでいたのですが、突然、限界が来ました。

何度目かの転倒で雪の上に放り出されたのですが、身体に全く力が入らなくて起き上がることが出来なくなったのでした。
「少し休もう…」

恐らく、これはハンガー・ノックという症状です。
マラソンランナーや自転車乗りがしばしば襲われるもので、急激な低血糖状態です。電池切れ、つまりは炭水化物の不足です。
ハラが減って動けないというレベルではなく、空腹も苦痛も特に感じず、いきなり筋肉に力が入らなくなるのです。意識混濁に陥ることもあります。

きちんとした指導を受けたランナーや自転車乗りでさえ、この症状に陥ることがあります。
危険なのは、あの頃の僕のような素人自転車乗りで、知識が足りない上、ランナーよりも疲労を感じにくいため、いきなり重篤な状態に陥りやすいのです。

顔半分が雪に埋まっていたのですが、だんだん暖かくなってきました。
起き上がって座りました。
とても暖かくて、目の前が明るくなってきたのでした。
それはそれは気持ちが良かったのです。
「なんか、もういいや…」

「あーっ、がーっ!」
変な叫び声に気が付くと、僕は座ってはいなくて、雪の上に倒れたままでした。
叫んでいたのは自分でした、上体を起こすと、
「がーっ!死ぬかーっ!」
と叫んで、右手で雪の地面を何度も打っていました。
そこで、意識がはっきりしてきたのです。
「わっ!ヤバい」
なんとか立ち上がって、自転車に寄りかかって歩きました。

それから、また乗ってはコケを何度か繰り返し、舗装道路へ出たとき、寒さに気付いたのでした。
このあたりの峠は信州側はゆるやかで、道路の整備も進んでいたのです。

ザックを下ろして、服を重ね着して、菓子パンを食べました。
自転車で疲れた場合、走りたくなくなるのはまだ良い方で、問題なのは止まれなくなることです。
休むと疲れが出る感じがするので、止まって休むのが億劫になるのです。
これは、疲れが出るのではなくて、実際の疲れを正しく認識することなので、すべきなのです。
僕の場合も、止まって背中の荷物を下ろして中から食料を出して食べる、という行動が面倒でずっと先送りにしていたのがマズかったのです。

そして、ひと息ついて先ほどの出来事を思い返したとき、初めて恐怖を感じたのでした。
あのままでいたら死んでいたかもしれない。
僕自身は、あの時、心地よさの中にいたはずで、なのに叫んでもがいたのも自分に他ならなかった、だけどそれを僕は自覚していませんでした。
あれは誰か別の人格なんだろうかという感じがしました。

それから少し下ると雪は消え、楽に走れるようになりました。
凍結で転倒するのを恐れて、ゆっくり下りました。舗装路での転倒はダメージが大きいですから。

千曲川沿いの集落に入って、宿を探しました。これほど消耗してしまったら駅泊まりは無理だとの判断です。
橋を渡ったところに民宿を見つけ、営業中ではなかったのですが、頼んで泊めてもらいました。
まさに尾羽打ち枯らし…といった風情だったのでしょうね。

翌日は、小海線で小諸に出て、そこから軽井沢まで自転車で走りました。
いやー、元気だねー。
そして軽井沢から電車で帰ったのです。

あの生きる力にあふれた「僕ではない自分」は、その後も何度か現れるのですが、その話はいずれ。

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6 コメント

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Unknown (伊那の大工)
2008-01-18 07:38:29
それにしてもなんですなあ。
冷静なようでいて後先考えず突っ走る生き方というのは昔からで、もうこれは死ぬまで治らんのでしょうな。
しかし、きわめてしぶといですから、すんでのところで引き返す、アクロバチックな人生をこれからも送っていくのでしょう。

いよっミスター短距離!瞬発力(だけの)男!
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はじけなさい (ひろなん@風琴屋)
2008-01-18 09:54:45
伊那の大工さん、ようこそ!

ああ、そうだ。朝4時から起きて、マラソンの練習をする人間の気持ちは一生わからん!

持久力型の君ではあるが、あの若き日の酔った時の爆発力は素晴らしかった。
伝説の裸足で火渡り、早○○、△○×など周囲の度肝を抜く神速の技をぜひまた披露して欲しいと切に願うものであります。
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Unknown (しまりす)
2008-01-19 04:53:20
私も過去を振り返ると
よく生きていたなあと思う
思い出すだけでも恐ろしい
危険なことがいくつかありました!

何かに守られてる感じはしますね
誰ダーッ?
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秘密ですが… (ひろなん@風琴屋)
2008-01-19 10:23:55
しまりすさん、ようこそ!

ええ、それはヤツの仕業です。
私は知っています。

それは秘密なので言えません。

でも、ちょっとだけお教えしましょう。

しまったっ。見つかった! …うっ…
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Unknown (しまりす)
2008-01-20 03:56:30
えっ?!
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Unknown (ひろなん@風琴屋)
2008-01-20 08:48:44
イエ、ナンデモアリマセン…
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