天涯孤独男のつぶやき!

もうこの歳になると怖いモノはない。何でも好き勝手書かせてもらいます。多少辛口になります。ジャンルは世の中のことすべて。

旧友と天婦羅&桐島聡容疑者、哀れな一生。

2024-01-27 14:34:58 | 日記

昨夜は学生時代の旧友と久しぶりに語り合った。
場所は阪急塚口駅南にある「蕎麦と天ぷら 悠々」。
前に2度ほど行って、米油でカラッと揚げた天ぷらが絶品なので連れて行った。
(茶碗蒸しとおばんざい3品)

友とは昔話に花が咲いた。
僕は生中🍺と梅酒のソーダ割りで十分だったが、友は日本酒をグイグイやっていた。
お互い老けたな、と苦笑い。
「俺は娘3人、孫6人やけど、お前は未だ独身か。早よ結婚せんかい」と酔っ払った友。
「何言うとんねん。もう遅すぎるわ」と僕。
「せやな」

(蓮根、海老、エノキダケ)

(椎茸、鶏肉)

(海老、鮮魚、カブラ)

(締めの10割蕎麦)

美味い天婦羅と最後に蕎麦をちょっとだけ頂いて、友は電車で東大阪の方へ帰って行った。

家に帰ってテレビを点けると、1975年に爆弾事件を起こした過激派の桐島聡(70)が、50年ぶりに見つかったニュースを流していた。
ネットなどを見ると若い子達は「身勝手なジジイ。理解できない」などとボロクソに書いてるが、僕の酔った頭は、彼に哀れさを感じた。
あの時代、桐島みたいな男は僕の周りには普通にいた。
ノンポリ、ノンセクトラジカル、党派に入る者いろいろいたが、学生の多くが反体制だった。
しかし全共闘運動が下火になると、学生達は就職活動に勤しむようになった。
「『いちご白書』をもう一度🎵」の世界だ。
僕も髪を切って、東スポに就職した。
尤も入社1か月後から髭を伸ばし始めたら、戦争帰りの編集局長から怒鳴り付けられたが。
革命運動を捨てられない桐島のような連中は、より過激になり、連続企業爆破事件、浅間山荘事件、日航機乗っ取り事件、テルアビブ乱射事件などを次々に起こした。
僕も一歩間違えば、あの中にいたとは思わないが、同世代として複雑な思いで、モーレツ社員になっていた。
そして、時代も変わり無事退職してのんびり暮らしているところに、このニュース。
まるで亡霊が現れたような。
桐島は50年間、ずっと逃亡生活をしてたのか。
癌で余命も尽きようとしているので、最期は本名で死にたいと自首したという。
批判は承知で、哀れな一生だなと思った。