前回はカンボジアの概要と歴史を書きました♪
カンボジアは、今ではアンコールワットを代表として、有名な観光地となっていますが、
忘れてはいけない歴史があるのです✨
カンボジア人の友人である、ソチェットも
「この歴史はカンボジアでとても深く、大きな出来事だった」
と言っていて、その話を聞いたり、調べたりする中で、ぜひ知っておいたほうがいいなと個人的にも思いました。
それがポル・ポト政権時代です。
☆歴史の始まり
カンボジアの裕福な農家に生まれたポル・ポトは、フランスに留学をした際に共産主義と出会います。
フランス留学からの帰国後に、カンボジアの共産党(クメール・ルージュ)を率いることになります。
1965年~75年にかけて、カンボジアは隣国で起こっていた、ベトナム戦争に翻弄され、政治も腐敗していました。
そんな1975年に、首都のプノンペンにポル・ポト率いるクメール・ルージュが乗り込みます😲
民衆は、クメール・ルージュが乗り込んできたことで、民主化されると歓喜したものの、一瞬でそれは最悪の事態の始まりへと変化しました。
☆最悪の時代
プノンペンに乗り込み、政権を握ったポル・ポトが行ったのは、粛清でした。
まず、プノンペンに残っていた、前政権の役人と軍人はすべて殺されました。
そして、ポル・ポトの信じる共産主義に逆らうものは、全てなくしていきました😱
宗教を禁じ、寺院を破壊し、教育も否定して学校も閉鎖しました。
ポル・ポトにとって、自分の敵となる可能性はすべて潰していきました。
その代表が知識人で、先生や専門家などことごとく殺されていき、中には眼鏡をかけているというだけで殺された人もいたんだとか💦
カンボジアとしては、知識人たちがその時にかなり殺されてしまったため、後の国の発展としては相当な損失です。。
老若男女問わず、たくさんの命が失われました。
☆キリング・フィールド
プノンペンに、「キリング・フィールド」と呼ばれる場所があります。
そこは、一見のどかなところなのですが、ポル・ポト政権時代に殺された人たちの頭蓋骨が残っています💀
当時、そこでどんなことが行われていたか、行けばわかります🤔
僕は信じられなさ過ぎて、実感がわきませんでした。
☆まとめ
今でこそ、のどかなカンボジアですが、過去には壮絶な歴史がありました!
そんな歴史を知って、現地に行くとまた違ったように見えるかもしれません♪
歴史から学んで、今後そのような歴史を繰り返さないことが大切ですね🌈
参照:https://www.kawaijuku.jp/jp/sr/contribution/cambodia/c-history.html
https://www.jica.go.jp/aboutoda/2016_ASEAN/vol3_page09/index.html