朝、少し早く起きて、写真を撮りに行った。家を出て、トンネルを超えると、朝霧が辺りをすっぽり包み、少しも先が見えず、運転するのが怖いくらいだった。辺りに気を配り、慎重に進んでいった。ようやく目的地に着き、車を止めた。しばらくすると、車の窓ガラスはすっかり曇り、水滴でいっぱいだった。朝の空気は新鮮で、おぼろに霞む農村の風景が、気持ちを和ませてくれた。
……旅行中、歴史ある頤和園の中で、美声を張り上げ女優を演じ切った女性に、拍手喝さいを送る人々の温かい目があった。
島根町の日御碕神社の奇祭 ガッチ祭り が行われた。松江市島根町野波に伝わる ガッチ祭り は、同地区にある日御碕神社で毎年行われているもので、 白装束 に 黒帯 、 赤い覆面や鬼の面 、 獅子頭 をつけ、わらで編んだ シボ を持った ガッチ が町を歩き、 奇声 を上げながら誰彼かまわず追いかけ、シボで尻や頭をたたいて回る。 ガッチに叩かれたり、獅子に頭をかまれると 無病息災 となると言い伝えられている。 この日は、小さな子供たちにとっては恐ろしくもあり、また楽しい一日でもある。
旅行3日目、朝早く起きて、万里の長城へ行った。中国はどこへいっても人と車が多い。市内は通勤のラッシュアワーで混雑していて、なかなか郊外へ出ることができない。郊外に出ると車は快適に走りだしたが、長城に近づくと観光バスの列で駐車スペースもないほどだ。私の見るところ、中国人は気が強く、喧嘩っ早い。走行中も互いに道を譲らないから、しばしば喧嘩になる。のろのろしていると、 肉 (ゾー)…ただの肉の塊 とか 面 (メン)…腰抜け と嘲りの言葉を投げつけられるのだ。 長城はさすがに雄大で堂々としている。ピクニック気分で昇り始めると、途中までの勾配は緩く難なく行けるが、頂上付近は急斜面になっており、さすがに上り下りは苦労する。 万里の長城 はユネスコの 世界遺跡 に指定されている 世界最大 の建築物で、 月から見える唯一の建造 と言われていたが、実際には、宇宙空間から肉眼で観測することはできないらしい。紀元前に 北方民族の侵入 を防ぐために城壁を造ったのがその始まりで、 秦の始皇帝 が30万の軍兵、数百万の農民を動員し、修復、連結したといわれている。観光気分でも苦労する急斜面を、武具をつけたり、重い荷物を運んでよくぞここまで作り上げたものだと感心せずにはおれなかった。
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朝、我が家を出たのは8時半、途中で参加者数人と合流し、岡山から大連経由で北京へ。ホテルに着いたのは夜8時をまわっていた。遅い夕食だったがお腹は減ってなかった。なぜなら、岡山で昼食を取った後、大連に向かう機内でも食事が出た上、大連から北京に向かう機内でも食事が出たので、ホテルでの食事は、今日5度目の食事だったのだ。気温は日本より寒いと言われていたが、意外と暖かだった。旅行第一日目は、移動だけで終わってしまった。翌日は、先日建国60周年の大パレードが行われた、天安門広場へ行った。すべてが雄大で、見る者を圧倒し、驚嘆させずにはいられない。外国人や地方から来た人々がまだたくさん残っていて、市内は人・人・人の波。日本では考えられない熱気が漂っていた。どこに行っても、あまりの人の多さに、圧倒されっぱなしの6日間の北京旅行だった。
これは少し前の、田舎道の風景。今日は台風18号が接近してきて、雨が降っている中、懐かしい、地元の風景を離れ、ちょっと旅行へ。飛行機は飛ぶのかな…心配をしつつ、行ってきま~す!!
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秋晴れのこの日、小学校の校庭で、地元地区の運動会が開かれた。朝早くから、保育所の子供や大人まで、たくさんの人で賑わっていた。子供たちは、自分の出番が終わると、競技そっちのけで、鉄棒で遊んだり、ブランコをしたり、とんぼを追いかけたりして楽しんでいた。わぁ~わぁ~、がやがや言って賑わっているのは、大人たちのほうだった。
逆上がりできたよ。 | 僕もやってみよう! |
僕もトンボがほしいなぁ~! | 譲ってあげるよ |
10月に入って、いよいよ秋が深まった感がある。秋の花たちは、まだまだ元気だが、木々の葉は黄色く色づき、はらはらと落ち始めた。気温もかなり下がってきた。秋の長雨とはよく言ったもので、ここのところ、雨続きで肌寒い。
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