綉球花*八仙花

xiu qiu hua*ba xian hua 

   ・・・ 日々の生活の中で ・・・

木槿(むくげ)

2008-07-31 | Weblog
  むくげ はアオイ科フヨウ属の落葉低木。インド・中国原産 。中国語では 木槿 (ムーチン)という。日本へは万葉の時代に渡来した。 当時 朝顔 と呼ばれていたのが実は むくげ のことではないかともいわれている。 幹は直立し、高さは3~4メートル程になる。7月から10月頃 淡い紅紫色の花を咲かせる 一日花 。 白色や八重咲きなどもある。 古い時代に朝鮮半島に伝わり 無窮花 (ムグンファ)と呼ばれ、今では 韓国の国花 となっている。 ムグンファ→むくげ になったと言われる。 朝鮮 の語源は、 朝に鮮やかに咲くむくげの花 という説もある。 ひとつひとつの花の寿命は極めて短く、 槿花(きんか)一朝の夢 とか 槿花一朝の栄 等といわれるように、朝開花して夜には花を閉じ落花してしまう花なので、花の短命さと、花弁を閉じてから散る姿の慎ましさ等が、昔から文学や茶の花としてよく取り上げられるゆえんである。 木槿皮(もくきんぴ)は 水虫・たむしに効くといわれる。 解熱・利尿・解毒・痒み止めに効き目がある。
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むくげ・木槿・無窮花
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道具を使う猿

2008-07-29 | Weblog
 南米で 道具を使う猿 が発見され、その生態がNHKテレビで紹介されていた。 2004年12月 アメリカの著名な科学雑誌 サイエンス 南米に棲むフサオマキザルで石を道具として使う行動を確認 というサルの常識を覆す 世紀の大発見 が紹介された。石を道具として使いヤシの実を割る フサオマキザル が発見されたのだ。道具を使うサルを撮影した ブラジルの 北東部に広がる 乾燥した高原地帯 で フサオマキザルが生活の場としているのは 岩山 だ。南米に広く分布しているフサオマキザルは、 アマゾン など森の中に棲み、岩山を住み家にしているのは珍しい。サルが石を使ってヤシの実を割る場所は、森の中の広場だ。テーブルのように平らで背の低い岩がいくつかあり、お皿のようにくぼみができている。台の横には、1キロ程の丸い石があり、サルは このテーブルのような岩の上にヤシの実を置いて、丸い石をたたきつけて実を割るのだ。地面近くに実る大きさ10センチ程の小さな堅いヤシの実を割って食べるのである。ヤシの実割りが上手いサルと下手なサルがおり、上手いのは、なんと言ってもボスザルで、ヤシの実を確実に割る 技術 を持っている。実の割り方もいろいろな 個性 がある。木に尾を巻き付けて体を安定させて石を振り上げるサル、台の上に実を置くとき必ずコンコンとたたくサル、助走をつけ ジャンプして 石を実にたたきつけるサルなど、それぞれ自分のスタイルを持っている。フサオマキザルは、ヤシの実割りの技を、上手いサルが割っている姿を見て覚えるらしい。ちゃんと割れるようになるまでには、 4年 もかかるという。      道具を使う猿・取材裏日記 より
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海のまち

2008-07-27 | Weblog
 7月27日(日) マリンゲートしまね & マリンプラザ しまね をメイン会場に 海のまち サマーフェスティバル 2008 が開かれた。  楽しいイベントがたくさん企画され(AM10:00~PM4:00まで)、  ステージショーや郷土芸能も披露された。 会場では、名物 あら汁 500食分が無料でふるまわれた。  夏の暑い盛りで、炎天下のイベントは大変なため、 多くのものが室内で催されていた。   カブトムシ・コーナー では 子供たちが カブトムシを手にとって 大声ではしゃいでいた。 しかし、今日は 別の会場で、バスケットボール の大会も開かれていた。 この町は バスケットの町 といわれるくらい 県内では有名な地区である。  町内でバスケットの大会があると、どんなに小さな大会でも、人が大勢集まってくる。 しかも 今日はこの町主催の年に一度の 大会 マリンカップ だ。 サマーフェスティバル 会場 よりも こちらのほうが 大いに 盛り上がっている 感じだった。

海のまち
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水郷 烏鎮

2008-07-24 | Weblog
 観光名所を視覚・聴覚・感覚・味覚・触覚で楽しむ 五感で感じる中国 というビデオを見た。 中国は 世界遺産 も多く、人気の 観光地もたくさんあるが、中でも水郷 烏鎮 (ウーツン)は是非とも行きたい観光地である。 烏鎮は浙江省の北部に位置し、町の内を小運河が縦横に走り、水路が 碁盤の目 のように走っている。 烏鎮は上海・杭州・南京の中間にあり、クリークに沿って、のんびりと散歩を楽しむことができる。 河に沿って建てられた民家は、明・清代に建てられたものが多く、落ち着いた街並みと水郷が人気の的となっている。1300年以上前の歴史と文化に彩られた風光明媚な街並みは、古来より 文人墨客 が集まることでも知られる。  藍染 の実演や、風俗の紹介などのイベントも楽しめる。 烏鎮の地酒 三白酒 が有名で、 粕酒 も売られている。料理は羊の肉が有名で、土鍋で煮た骨付きの 紅焼羊肉 は少し濃いめの味付で好評。 特産物として、 菊茶・藍染布・毛筆 などがある。  
                         ※ サムネイルをクリックしてみてください。          
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さるすべり

2008-07-22 | Weblog
  百日紅 (さるすべり)はミソハギ科の植物で、中国原産の落葉高木である。 原産地の中国では、次から次へと花を咲かせ、約100日(7月中旬~10月中旬)にもわたってピンクの花を咲かせることから 百日紅 (パイリホン)という。 日本では木の幹がつるつるしていて、猿でも滑り落ちるということから さるすべり と呼ぶ。 江戸時代に中国から渡来した。   猿滑 (さるなめり)は さるすべりの異名である。  漢字は中国式に 百日紅 、呼び方は日本式に さるすべり である。木肌が赤褐色の落葉高木で、花はしわしわとした形で 紅紫色が多く、淡紫色の うすむらさきすべり、 白い花の しろさるすべり もある。 冬はいちはやく紅葉する。 花ことばは不用意・雄弁。 さるすべりが詠われた詩に 百日紅 ややちりがての 小野寺(与謝蕪村) や  炎天の 地上花あり 百日紅 (高浜虚子)等々がある。 

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ああ~残念!

2008-07-20 | Weblog

<狂言
 先日、県民会館で 野村万作・萬斎狂言公演 があった。  友人のブログ を見ると素晴らしい公演だったようだ。古典芸能好きの義父母のために、先月の 父の日 のプレゼントに、この公演のチケットを2枚買った。 義父はこのチケットを大事そうに神棚に置いて、この日が来るのを楽しみにしていた。…公演当日の夜、階下で義父が騒いでいる。何事が起ったのかと思って、慌てて行ってみると、義父はものすごく興奮して、大声で叫んでいた。家族中、誰も気づかずにいたが、突然思い出して、義父がチケットを見てみると、今まさに、あれほど楽しみにしていた狂言が演じられている時間だったのだ。
チケットを管理していたのは自分自身だったので、義父は腹を立てながらも、それ以上は何も言わなかった。けれども、まるで子供のように拗ねて、ご飯も食べずに寝てしまった。…去年の父の日には、 歌舞伎公演 のチケットをプレゼントした。 その時は、当日になって チケットが見えないと 大騒ぎしていたが、あきらめてかけていた頃、義父の布団の中から出てきた。歌舞伎を見るのがよほど嬉しかったらしく、チケットを抱いて寝てたらしい。その時はなんとか時間に間に合ってほっとした。義父は記憶力には自信を持っていて、常に自慢していたのだが、前回のこともあり、狂言を見られなかったことよりも、自分の脳が衰えていることを確認してしまったことがよほどショックで、落胆を隠しきれないようだった。イジイジ(o´_`o)ハァ・・・ <狂言

割れ鍋にとじ蓋

2008-07-18 | Weblog
  割れ鍋に綴じ蓋 という言葉がある。 割れ鍋 とは 縁のかけたような鍋のこと、 綴じ蓋 とは 繕って修繕した蓋のことで、 割れ鍋にでも相応しい蓋がある。どんな人にでも相応しい配偶者がいる。という意味である。昔は、好きになった者同士が暮らすには 家財道具はいらない。鍋と釜さえあれば なんとかなると言った。 割れ鍋にはとじ蓋、不格好なものでも、ふさわしい伴侶があたえられる。もてる男性は勿論のこと、もてない男性、もてない女性も、ふさわしい相手に恵まれる と。 …最近、結婚しない男女、親と同居している子どもが増えている。理由は様々ある。しかし、 似たもの夫婦 という言葉もある。あまり背伸びをせず、高望みをせず、自分にふさわしい相手を見つけることが大事だと思う。  美点凝視 という言葉がある。周りの人の 短所 ではなく 長所 を見ようという意味の言葉だ。人はいきなり悪い点を列挙されれば、反発する。 人の良い点を認め、誉める。喜びを共有することで、よい人間関係が構築されるものだ。<                    <
<■昔ながらのかまど■>
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T さん

2008-07-16 | Weblog
 毎週水曜日、一緒にパソコンを勉強している T さん は、強度の弱視で、目に障害がある。 耳も不自由だ。 高校に入学したころから一層悪くなり、3年生ごろには聴覚が完全に失われてしまった。 来る日も来る日も、先の見えない毎日、どうしていいのかも わからず、自分の人生に 絶望していた。 23歳の時、彼は一念発起して 自転車で 西日本一周 の旅に出た。 多くの人々の力を借りながらの旅は確実に彼を変えた。 人の温かさを知った。 自分の弱さや個人の力の限界を知った。 数年後 彼は 再び自転車に乗って 日本一周 の旅に出た。 各地の山に登り、名山を制覇した。 大好きな写真もたくさん撮った。  日本の最北端まで行った。 自分でやり遂げたという自信を得て彼は明るくなった。 彼は振り返って言う。 自分が 普通の体だったら、日本一周なんて考えもしなかっし、できなかった。 たくさんの人の励ましやサポートがあって、初めてできた、と。人工内耳を埋め込む手術を受けて、T さんは、今では、マイクで拡大した声は何とか聞こえるようになった。  サークルの中で、会計責任者という重責を勤め、みんなに信頼されているT さん。 今週月曜日、彼は自分の 鍼灸院 を開店することができた。 賑やかなこと の好きなT さんへ 祇園祭 の写真を贈ります。
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祇園祭
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パリ祭

2008-07-14 | Weblog
  7月14日 はフランスの国民の休日である。 18世紀 フランス国民が 毎日食べる パンすらないほど 貧しい生活をしていた頃、フランス 王太子妃 マリー・アントワネット をはじめ王族たちは 贅沢三昧の生活をしていた。 王政 に対する 民衆 の不満が爆発し、1789年7月14日 の バスティーユ牢獄 襲撃を始めに、 フランス革命 が起こり、 王政と封建制度 が廃止された。これを記念して 翌1790年に 革命記念式典 が行われた。 この祝日をフランスでは単に Quatorze Juillet キャトールズ・ジュイエ (7月14日の意味) というが、日本では パリ祭 として知られている。  パリ祭 は日本だけの呼び名で、これは、 ルネ・クレール監督 の映画 QUATORZE JUILLET が邦題 巴里祭 として公開された ためである。 パリ祭 というロマンチックな響きとは対照的に、パリ祭 当日は シャンゼリゼ通りからコンコルド広場周辺は、関係者以外立ち入り禁止、周辺の地下鉄の駅も閉鎖して、大々的な 軍事パレード が繰り広げられる。 Wikipediaより


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<パリ祭
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      ソースは Sakuraの勉強部屋 よりお借りしました。

バス旅行

2008-07-12 | Weblog
 大原三千院あじさい祭りと世界遺産・下鴨神社の旅に行った。 義母は、大原三千院を参拝するまでにかなり歩かなければならないコースだと聞いて参加しなかったので、義父とふたりで参加した。 自宅前をバスが出発したのは早朝6時だった。 米子IC(高速道路)→京都東IC →びわ湖大橋 ここで昼食。お土産も買った。 →大原三千院(拝観) ここでも また お土産を買った。 →下鴨神社(参拝)→京都南IC(高速道路)→米子IC→到着 夜9時20分帰宅。 疲れた。  義父は乗り物酔いをするので、乗車前に薬を飲んで参加した。 私の心配をよそに、義父は旅行の間中ずっと、帰宅するまで すごく元気だった。 私も念のために、酔い止め薬を飲んで バスに乗った。 すると、バスの震動が心地よくて、 眠くて眠くて、何を見たのか、何を聞いたのか、よくわからなかった。
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京都大原三千院
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  ソースは nonのカメラ紀行 よりお借りしました。