まーくんブログ「人生って何?」私自身の体験をお話しします。お役に立てれば嬉しいです。

何のために生きてるのか? 人生に目的はあるのか? 死んだらどうなるのか? 悩みを解決するにはどうしたらいいのか?  

第140話 もっと幸せに(3)私だけが不幸だ 個と全体の秘密

2019年12月21日 | 人生研究
この世界は自分だけが不幸だと思う人がずいぶん多いようです。
なんで私が 私だけが このような体験をしなきゃいけないのだ どんな悪いことをしたというのだ! などと。

かくいう私も潜在意識のパターンが自己卑下タイプなので なにかあると余計に 
自分だけが 自分だけがと悲観的になりやすく 落ち込みやすいタイプなのでした。 今も完全に抜け出せてはいない その罠から・・・そう思っています。

人が自分と同じように大したことないと思えるときは安心し 人が何事につけ素晴らしいと思えるときは素直に喜べない自分の了見の狭さを恥じ・・・。

しかしこれこそが自分の誤解がもとになっているからそうなるのだ とは知らなかったのです。 自分が悪いとかつまらないのでは決してなく まずもって知らなさすぎる・・・ということなのだ・・・ とすこしづつわかってきたのです。 私たちは知らなきゃ損だ! もっと幸せになるために・・・。

私たちは まず知らなきゃ損なのだ!ということがあるのです。 いたずらに苦しんでばかりいる必要は全くない・・・。 特にこの世では!・・・と。 
この世は比較する世界です。 常に比較する世界です。 他人を見て自分を見る また 自分の理想と現実を常に比較し 周りの世界のすべてを比較する。 ちいさいときから人と比較するんじゃない!と教えられてきた。 しかるに だれだれちゃんはちゃんとできるのにあんたは・・・と親はよく言っていた。

しかし 比較して当然なのです! そのためにこの世界を創ったのだ! ということをまず知らなきゃダメ なのです。 

では魂はどうなのか。 
私たちの魂は常に比較しているのだから・・・。
比較しなきゃ自分はどんな人かわからないから比較しています。 しかし 比較はするが 良い悪いの判断も批判もしない まして差別などはしない! 愛して祝福して尊敬だけしている! この私を そしてみんなを・・・。 そこが知るべきポイントだ・・・・・というわけです。 魂と自分では何が違うのか・・・。 成長のレベルだけです。

魂は私たちが全員 最高の価値を持っていることを既に最初から知っている・・・。 私たちが自分の魂からそういう待遇を受けていることを知ると 私たちが自分や他人を批判するのは 筋違い?ではないかと・・・。 
私たちは今は自分の魂とは違う自分を演じているだけなのだ。
それもわざとそうしているだけなのだ・・・と。 魂とは何かという自分を体験すると共に 魂とは違う自分を知って 魂に向けて成長していく喜びを知る・・・。 そうです。
人間とは2階建ての構造なのです。 魂自身が自分を体験的に味わうことと 自我意識である人間として成長していく・・・その二つの「作業」いや「学び」を同時に行っているのです。 ですので人間として物質世界で辛い目に会っているときでも 魂としては常に明るく前向きなのです。 

自分だけが本来は魂として潜在的に最高の価値を持つだけでなく どの人もすべてが最高!・・・最初から・・・。 完全なる世界の住人である魂が 不完全な自分たちをわざわざ創り そこで私たちがすべてを比較するのは良いが 人間としての業(ごう)である「価値判断」ということもしてしまうので 死ぬまで嘆いているこの世界・・・? もっと真実を知って楽しまなきゃ割に合わないのでは・・・? 自我意識がする価値判断にこだわりすぎているのではないか?・・・と。
だからこの世を楽しめる人は成長する・・・。 魂を知った人は成長する・・・。

そうはいっても この世は正しくない人や正しくない物事で満ちている?・・・これをどう見ればよいのか? 私たちは正しく生きるようにと教わったじゃないか?
では実態はというと・・・ この世に「一見」正しくない人や正しくない物事を創った のです。 魂が・・・ そして私たちが創った・・・。 比較して自分を知るために・・・。 その比較という作業を演ずるには多くの人が いや地球上の全員が毎日かかわっている・・・。 あちらでは比較ということができないために・・・。

いや それはわかったよ。 でも私たちはどうして価値判断をしてしまうのか?
それは・・・価値を認めるのはいいよ。 でも否定的に見るのがまずいんだ。 魂は全くなにごとも 否定的には見ないのだ。 しかもただありのままに観ているだけ。 そして受け入れているのだ。 だからいつもハッピーで居られるのだ。 当然死ぬことは全く恐れていないようだ。

では私たちにそれができるのか? 成長すればできる。 自分がそうすると決めればできるようになる。 それが成長というものだ。 心配しなくても成長は必ずするのだ。 誰もが・・・。 ただ今回はどれだけ成長するかは決まっていない。    かなりいいセン行っている人たちは増えているようだ。 人や物事を「価値判断」していると楽しめなくなることに気が付いた人たちだ・・・。

更に ここで個というものと全体というものを考えてみたいと思いますが・・・。
人間は個です。 しかし魂は全体です。 しかし人間はみんなそれぞれに魂というものを持っています。 そうすると人間は個ではあるが 全体でもある?というわけか! 

個でもあり全体でもあるということがいったい可能なのか! 魂は個を体験している全体なのだ・・・。 しかも魂は全体でただひとつしかないというのだ。 (だからたくさんの個を創った・・・比較できるために・・・。違いが判るために・・・。)
まるで幻想だね! もともとは幻想のおかげなのですね こういうことが出来るというのは・・・。 

それで? そういう個という世界の中で 私たちは自分の人生をどう見ているのだろう?
人生とはプライバシーだと思っている・・・? 
そして内心 「私だけ」がなんでこんな自分なのか・・・・・と思ってしまう・・・。
みんなが大なり小なりにそう思っている・・・。 個だとそうなりやすいのかな?

だから人には弱みは見せないというひとは多い。 少なくとも全部は見せられないと。 だいいち 恥ずかしい・・・。 (魂は恥ずかしくない生き物だけど自我意識は恥じるのだ。世間体という意識に捕まっているから・・・)
だから他人に相談することは避けている。 助けを求めることは恥だと・・・笑われやしないかと…軽蔑されやしないかと・・・。
他人には良いと思っている部分だけを見せたいと・・・?
それなら人生は何のためにやっているのか・・・。 わからないよ まったく・・・と。
そして最後に認知症になってわからぬまま死んでいくのかな・・・と。

いや違う!違います!

魂は幸せだ。いつも幸せだ。 そして自我意識である自分はこのままだと不幸せの毎日である・・・。 他人の介護までしなくちゃいけないし・・・。
だけど 魂の視点を学ぶ 方向としては魂として生きることに気が付く。 そして日々の楽しみを喜びを大切にして生きる そう決めたら 世界が変わり始めます。
(続く)

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