まーくんブログ「人生って何?」私自身の体験をお話しします。お役に立てれば嬉しいです。

何のために生きてるのか? 人生に目的はあるのか? 死んだらどうなるのか? 悩みを解決するにはどうしたらいいのか?  

第169話 (1) 流した涙の分だけ幸せになる。

2021年01月17日 | 人生研究
2021年おめでとうございます。
拙ブログを読んでいただいている方々は何かのご縁ある方々だと思います。
今年も引き続きご愛読くださいますよう。そして今年こそはみんなでコロナを乗り越えて痛快な思いが出来ますよう祈ります。

私たちが日常体験する「現実」というものを改善するには 一人一人が日ごろのいわゆる「無意識状態」から脱して意識を「意識的に」どの方向に向けるかで決まります。

わかりやすく言えばそれは人を助けたいと意識して そういう行動を自然に取ることを意味します。そしてそれが自分の喜びであることを認める人になることだと思います。
私たちは毎日自分が受け取るこの世の現実の中から 少しでも喜びを見つけ出す訓練をしているのです。それも愛の学びだと思います。でもそれも自分が幸せになれる成長への道なのです。

そうはいっても人間がどれだけ幸せになれるかは この人生で流した涙の量に比例するとも言えるかもしれません。どこかの歌の文句にあったような? しかし なぜそうなのでしょうか。喜びと涙は親戚みたいなものです。
人生とはもともと次々に起きる望ましくないつらい現実を受け入れて 精神的に一段一段成長していくことですから 基本的に「もの悲しい」ものなんだと思います。

自分の現実を否定せず抵抗せずこれは自分の成長のためにわざわざ起きているのだと考えて 素直に受け入れることによって心を癒して元気を取り戻し 次の体験へと前進していくことが 実は私たち人間がここでしていることなのです。 そして実際少しでもそうできるようになって 初めて成長するのです。そしてその過程で人を助けることは とても自分の成長に効果が大きいので結局は自分が助けられることになるのです。

少しでも自分が成長したことは自分でそれがわかるようになっています。それは少しづつでも自分の世界が良くなっていき少しづつでも喜びが増えていくのが感じれるようになるからです。それは何故でしょうか。

私たち人間はこの地球で何をしているのか 何をしようとしているのでしょうか。そして私たち人間とは一体何者なんでしょうか。(いつもこう考えていることが正解です。いずれ答えが得られるから。)

つまり人間がこちらですることは 神が自分の中に居ることを自覚するところまで成長することのようです。そしてさらに究極的にはその神が自分自身であることを理解することです。そのために人生を何度も何度も繰り返しているのです。つまり生まれては死ぬことを繰り返し 人生経験を積むのです。人生経験を積むと人間は成長します。
だんだん人生のやり方 あるいは人生ゲームというものがわかってくるためです。そうすると以前より思い通りに生きれるようになるし 生きることが本当に幸せになっていくのです。

そして成長するとは 自分が神に近づいていくのだ もっといえば神に戻るのだという意味だと分かってくるのです。なにをどうしたら成長できるのか 全く分からなかった状態から 少しづつ実情がわかってくるのです。もちろん自分が何者か他人が何者かということも全部わかってくるのです。

さらに 人間が死ぬ目的についてですが 人間が死ぬのはその人間に入っている神(魂)がゲームを次へと進むためです。人生の経験を積むためには人生の回数をこなさなくてはいけないのです。死ぬことはこの世で信じられているような敗北でもなければその人の意志に反して人生を途中放棄させられたのでもありません。
この点からもわかるように 人間の意識はふつう自我意識とか顕在意識とかただ単に意識とか呼ばれますが その理解レベルは神(魂)とは大幅に違っていることが多いのです。例えば心ならずも自死を考える人の自我意識は絶望に満ちているでしょうが 神(魂)は絶望の意識は全くないのです。自死については次回に述べたいと思います。

人間はその人の一つの人生が当初の予定通りに完了したと神(魂)が判断したときに死ぬのです。そしてふつうはすぐ次なる新しい人生への準備段階へと進んでいくのです。
しかも人間は死んだら肉体を脱ぎ捨てるので形が変わるだけで死にはしないこと しかも死んだ後も自分の意識が継続していることがわかります。

それに神(魂)としては今はこの世という架空の世界に来て自分というものを無限に探求し 尚且つその道中で 今は自分ではない人間という生き物を神に近いレベルまで成長させていく仕事もやってのけているのです。

これは神(魂)と人間の関係は極めて特殊であり 神(魂)の側から人間を見ればピッタリ寄り添っている関係が見えるが 逆に人間の側から神(魂)を見ようとするとどこにも見えない関係にある だから上記のようなことができる関係にあるともいえるでしょう。でも実際魂は振動数が高すぎて 人間には見ることも触ることもできないと思います。でもその視点だけはだんだんと想像できるようになっていきます。それに魂からの感情の伝達もしだいに経験できると思います。

そのことに気が付く人は増えていると思います。でも そういうことに気が付くかどうか そして今は人間の意識である自分ができるだけ神(魂)に近い視点をもてるかどうか が幸せになれるかどうかを分けることになるようです。
もちろんそんなことは私も知りませんでした。確信を持って人さまに伝えられるようになるまでに30年近くかかりました。でもそれが私が最近ブログを始めた理由です。ぜひ一緒に探求していきましょう!
(続きます)



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