ターボ・モーターの"そんなボクです..."

ギターを弾いて歌う...そしてボクはロックンロールを今日も転がす。
ターボ・モーターの気まぐれダイアリー

グッドラックとロックンロール♪

2011年08月24日 | Weblog
昨夜はスティングレイへアンプを引き上げに行ってきた。
古いROLANDのギターアンプなんだけど、ボクの先輩から約束を果たして、譲り受けたモノなんで、それなりにボクにとっては思い入れのあるモノだ。

モータースリーを始めてからは、VOXのアンプを使い始めたので、家の物置で眠ったままになっていたのだけれど、スティングレイでのライブやお客さんたちで行われるセッションなんかで使ってもらえればと思い、2年ほど前からお店に置かせてもらっていた。

そのアンプを昨夜、引き上げに行ってきた。
なぜなら今月21日をもって、スティングレイが閉店になったからだ。

ボクにとってスティングレイは本当に思い出のたくさん詰まった場所だ。
今から8年ほど前になるだろうか?友人に「おもしろい店がある」と言われ、行ったのが始まりだった。
それから、何度か足を運ぶようになり、マスターのバンドでギターを弾くことになった。
ザ・スクラッチでベースを弾いている新吾さん&新吾ママさんと初めてお会いしたのもこの頃だ。

当時は「ロックンロール・ライブ」というイベントがあって、和歌山からTHE BEAT、YAMATO、THE WILDCATS、HIIPPY HIPPY SHAKESなどが来ていた。
生まれて初めて見る、キャロルやクールスなどロックンロールのライブ。
お客さんも一体となってツイストする光景は、ボクにとってかなりの「衝撃」だった。

普段はバーで、ステージが空いていれば気軽に演奏をさせてもらえる。
その日、たまたま店に訪れた人たちとの音楽を通じての出会い…
これがスティングレイの魅力のひとつだったと思う。

ある時、海外からの留学生のグループがお店に来たことがあった。
会話に困ったマスターからの電話での出動命令で(笑)、たまたまその場に集まったメンツで3コードを叩きつける。
気が付けば、マスターのツイストにつられて、お客さんもツイストし始める…まさに、「ツイストで踊り明かそう」状態だった。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を聴いて、「私のパパ、コレ好きなの!」と言っていた、キャロライン(ま、絶対そんな名前じゃなかったと思うけど)や、「チャオ!」なんて言ってた陽気なイタリアン・ボーイズたちは、今も世界のどこかで元気に暮らしているのだろうか?
ふと、そんなことを考えたりもする。



2005年の春頃だったと思う。
いつものようにフラっと立ち寄った店に、たまたま来ていた二人の男がいた。
「高校の時、ボウイのコピーバンドでドラムをやっていた」という男と、「中学の時に、チェッカーズのコピーバンドでサックスを吹いていた」という男…それがショウ・モーターとマモル・モーターだ。
その夜以降、何度か店で一緒になり、マスター達のバンド「ターゲット」で一緒にプレイすることになった。

それから2年ほど経った2007年の夏の手前。 ボクら3人は、新たにバンドを組むことにした。
バックビートな3コードのロックンロールに、マックショウ…まだオリジナルは、ボクが以前イエロープレーツというバンドでやってた「Bitter Tears Song」と、新たに書いたばかりの「JACK & BETTYの前で」の2曲だけだった。

その年の7月に初ライブ。場所はもちろんスティングレイだ。約30分ほどのステージ。
4曲目の「Good Golly Miss Molly」でアタマ振りながら最後の「D7」のコードをかきむしった時、勢い余ってボクのかけていたメガネが飛んで行った…それが「冒険の夏」の始まりの合図だった。(なんちゃて)

それ以降、ボクらは度々スティングレイでライブを行った。
少しずつお客さんにもモータースリーの名を覚えてもらえるようになってきた。
2008年の夏にアルバム作って以降、本当にありがたいことに、ボクたちもビックリするほど多くの方に聴いていただき、大阪はもちろん、いろんな街でライブをさせていただき、たくさんのロックンロールを愛する人たちと出会うことができた。

その全ての始まりが、スティングレイだったことは言うまでもない。

スティングレイは決して広いお店じゃない…どちらかと言うと...いや、狭い。
「玄関開けたら2分でご飯」どころじゃない。「玄関開けたら、すぐライブ」なんだ。
ハンパなく近いフロアとステージの距離...ごまかしや小細工なんて一切効かない。

おかげでボクたちは、お客さんが、ライブにおいて「本当に楽しい時の姿」、「本当に求めているモノ」を教えてもらったような気がする。
それは、どんな街であっても、どんな人たちの前であっても、そこが大きなハコであろうが、小ぢんまりしたバーであろうが、何も変わらない。プレイするボクらが、その事を「見えているのか」「見えていないのか」...ただそれだけなのだと思う。

どう比べたって、次元の違うことなんだけれど、モータースリーにとってのスティングレイでのライブは間違いなく、あの「60年のハンブルグ」であり、「61年のキャバーンクラブ」だった。



自分たちが大好きなロックンロールをプレイし、楽しむだけで満足していた4年前。
それからボクらは、間違いなくバンドを転がし続けてきた。

別に「ステータス」なんてコレっぽっちも必要じゃない。
お金だって…ま、あればソレにこしたことはないのだけれど…(実際はネ)

きれい事でも、強がりでもなく、それよりもっと大切なものをボクたちは、この4年間で教えてもらったのだから。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

なにはともあれ、スティングレイが無くなってしまうのは、すごく寂しいけれど、人はいつまでも、ずっと同じ場所にいることはできないし、過去の思い出の中にだけ生きていくようなことは、ボクはしたくないので、今までの素敵な思い出がより一層輝くように、ロックンロールを転がし続けていこうと思う。

何もなく、何も変わらない、何も変えようとしない退屈な街「泉州」で奇跡の11年間。

音楽を愛する人たちをいつも暖かく迎え入れてくれたスティングレイ。

ロックンロール以外にも、数え切れないくらい素敵なライブを生み出した「ハコ」、スティングレイ。

マモル・モーターが、一晩中酔っ払いのオバハンにからまれたスティングレイ...


そんなマジック・モーメントをプレゼントし続けてくれたマスターに心から感謝します。
「マスター、どうもお疲れさまでした。本当にたくさんの素敵な夜をありがとうございました。」

そう、きっとこれはグッバイじゃない。グッドラックなんだ。
「グッドラック、スティングレイ♪」

追伸:昨夜の閉店作業、ステージの下に埋め込まれてあった木材の一部を記念にもらって帰ってきました。
以前、ステージの移動作業を手伝った時に記念にサインして埋め込んでもらったモノです。
2004年なので、まだターボ・モーターではなく、「たーちゃん」の頃です(笑)

「キャンディー、ひとつほおばって」か…(遠い目)