1998年のアメリカ映画「ディープ・インパクト」(原題 : Deep Impact)は、劇場公開時に初見して以来、テレビ放映があるごとに観たくなる、想い出深い作品である。といっても、感動とは別の気持ちの揺らぎを与えられるのであるが。
90年代後半は世紀末現象とやらで、人類滅亡の危機を謳ったパニック映画がさかんに誕生したように思う。彗星の激突を扱った本作もいわばそれに属するものなのだが、単なるSFパニック映画に終わらないのは、じつはホームドラマでもあり、かつ社会の縮図を描いたヒューマンドラマである点ではないだろうか。
報道キャスターのジョニーは、財務長官の辞任スキャンダルから合衆国大統領周辺が重大な情報隠蔽をしている事実を嗅ぎ当てる。はたして、後日、ベック大統領は恐るべき発表をした。今から一年後、巨大彗星が地球に衝突し、人類の生活圏が壊滅的な打撃を受けると。老練のタナー大佐率いる米ソの軍人と宇宙飛行士による合同チームが宇宙へ出発。迎撃ミサイルでの軌道変更作戦が実行されたが…。
ブルース・ウィルス主演の「アルマゲドン」みたいな展開だが、彗星爆破計画はむなしくも失敗。
そのあと、人類を救うために秘かに主要各国で地下シェルターが建設されていたというから、驚きだ。ここまではSFっぽい筋書きなのだが、この地下施設に避難できる人数をめぐって、ドラマは家庭関係に縮小化されていく。
合衆国では百万人しか収容できず、生産力のない五十歳以上は対象外。優先的に選ばれたジョニーや、彗星の発見者の少年の家族と、選ばれなかった隣人知人、職場の同僚のあいだには、重苦しい空気がまとわりついてくる。
この設定、いわば、狭い救助ボートを争って乗り込もうとしたあの「タイタニック」と似てはいるのだが、すくなくとも主要人物間では生き残りをかけて醜い争いが演じられることはない。なんというか、かなり日本人好みな犠牲愛の精神にもとづいて製作されているが、それがあまりあざといとも感じない。
優先的な天国へのチケットを手にした女性と少年がとる勇気と優しさに満ちた行動がなんとも涙を誘う。だが、冷静に考えると、これはかなり歪んだヒエラルキーを遠回しに批判した作品ではなかろうか。
シェルターに避難できる百万人のうち、二十万人が政治家や経済人、スポーツマン、芸術家の優先枠。老人は排斥されてしまうが、その優先枠の家族はとうぜん優遇されてしまう。しかも、国立美術館の国宝級の作品まで救われる。
つまり、このドラマは、民主主義を謳いながらも、じっさいは誰しもが平等ではなく、人命の価値にはばらつきがあるという世の矛盾をさらけだしている。
もちろん、こんな社会の階層は今にはじまったことではない。
たとえばすこし大げさだが、大学全学時代に入学した新卒学生がこぞって将来安泰の大企業に就職できないのは、狭き門であるに加えて企業が能力者しか採ろうとしないからだ。それはリーマンショックという衝撃が世界の金融不況を招いた結果とされるが、人員削減につとめた企業を讃える風潮から、もともと限られたパイを奪い合うという構図は存在していた。ディープインパクトのような外的要因がなくとも、人間、ひいては生物すべてが選別される過程がなくなることはない。新型インフルエンザのパンデミックが生じたときも、ワクチンの接種をめぐって議論が沸騰した。
ちなみに本作でいちばん衝撃的だったのは、ジェニーの母親が自分の愛用していた高級家具をシェルターへ寄附したのち、自裁してしまう部分。芸術作品を収容できるスペーズがあったら、平凡な市民ひとり救えたのではないか。誰もがその価値に理解を示し感動を起こせるわけでもないのに、文化財を守るために人間を犠牲にしてもよいのか。当時の私はかなり理不尽に思ったものだ。
的外れな意見かもしれないが、ワシントン条約を楯に、クロマグロの禁輸を迫った欧米諸国の選民思想、救済思考も似ているように感じる。
最後にタナー大佐たちの特攻によって、人類の絶滅は免れるのだが、以上のような見解を抱くと、けっして安直なパニック映画のハッピーエンドで片づけられない。
監督はミミ・レダー。
製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ。
出演はロバート・デュヴァル、ティア・レオーニ。モーガン・フリーマン演じる黒人大統領が印象的だが、まさか現実に合衆国で誕生する日が来ようとは。
(2010年3月26日)
ディープ・インパクト(1998) - goo 映画
90年代後半は世紀末現象とやらで、人類滅亡の危機を謳ったパニック映画がさかんに誕生したように思う。彗星の激突を扱った本作もいわばそれに属するものなのだが、単なるSFパニック映画に終わらないのは、じつはホームドラマでもあり、かつ社会の縮図を描いたヒューマンドラマである点ではないだろうか。
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報道キャスターのジョニーは、財務長官の辞任スキャンダルから合衆国大統領周辺が重大な情報隠蔽をしている事実を嗅ぎ当てる。はたして、後日、ベック大統領は恐るべき発表をした。今から一年後、巨大彗星が地球に衝突し、人類の生活圏が壊滅的な打撃を受けると。老練のタナー大佐率いる米ソの軍人と宇宙飛行士による合同チームが宇宙へ出発。迎撃ミサイルでの軌道変更作戦が実行されたが…。
ブルース・ウィルス主演の「アルマゲドン」みたいな展開だが、彗星爆破計画はむなしくも失敗。
そのあと、人類を救うために秘かに主要各国で地下シェルターが建設されていたというから、驚きだ。ここまではSFっぽい筋書きなのだが、この地下施設に避難できる人数をめぐって、ドラマは家庭関係に縮小化されていく。
合衆国では百万人しか収容できず、生産力のない五十歳以上は対象外。優先的に選ばれたジョニーや、彗星の発見者の少年の家族と、選ばれなかった隣人知人、職場の同僚のあいだには、重苦しい空気がまとわりついてくる。
この設定、いわば、狭い救助ボートを争って乗り込もうとしたあの「タイタニック」と似てはいるのだが、すくなくとも主要人物間では生き残りをかけて醜い争いが演じられることはない。なんというか、かなり日本人好みな犠牲愛の精神にもとづいて製作されているが、それがあまりあざといとも感じない。
優先的な天国へのチケットを手にした女性と少年がとる勇気と優しさに満ちた行動がなんとも涙を誘う。だが、冷静に考えると、これはかなり歪んだヒエラルキーを遠回しに批判した作品ではなかろうか。
シェルターに避難できる百万人のうち、二十万人が政治家や経済人、スポーツマン、芸術家の優先枠。老人は排斥されてしまうが、その優先枠の家族はとうぜん優遇されてしまう。しかも、国立美術館の国宝級の作品まで救われる。
つまり、このドラマは、民主主義を謳いながらも、じっさいは誰しもが平等ではなく、人命の価値にはばらつきがあるという世の矛盾をさらけだしている。
もちろん、こんな社会の階層は今にはじまったことではない。
たとえばすこし大げさだが、大学全学時代に入学した新卒学生がこぞって将来安泰の大企業に就職できないのは、狭き門であるに加えて企業が能力者しか採ろうとしないからだ。それはリーマンショックという衝撃が世界の金融不況を招いた結果とされるが、人員削減につとめた企業を讃える風潮から、もともと限られたパイを奪い合うという構図は存在していた。ディープインパクトのような外的要因がなくとも、人間、ひいては生物すべてが選別される過程がなくなることはない。新型インフルエンザのパンデミックが生じたときも、ワクチンの接種をめぐって議論が沸騰した。
ちなみに本作でいちばん衝撃的だったのは、ジェニーの母親が自分の愛用していた高級家具をシェルターへ寄附したのち、自裁してしまう部分。芸術作品を収容できるスペーズがあったら、平凡な市民ひとり救えたのではないか。誰もがその価値に理解を示し感動を起こせるわけでもないのに、文化財を守るために人間を犠牲にしてもよいのか。当時の私はかなり理不尽に思ったものだ。
的外れな意見かもしれないが、ワシントン条約を楯に、クロマグロの禁輸を迫った欧米諸国の選民思想、救済思考も似ているように感じる。
最後にタナー大佐たちの特攻によって、人類の絶滅は免れるのだが、以上のような見解を抱くと、けっして安直なパニック映画のハッピーエンドで片づけられない。
監督はミミ・レダー。
製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ。
出演はロバート・デュヴァル、ティア・レオーニ。モーガン・フリーマン演じる黒人大統領が印象的だが、まさか現実に合衆国で誕生する日が来ようとは。
(2010年3月26日)
ディープ・インパクト(1998) - goo 映画