この小説は自分のことを描いているんじゃないか?
そんな読者のうぬぼれってあるもんじゃありませんか? 三島由紀夫だか川端康成だか忘れたのですけども、女性の読者は悲劇の主人公を自分だと思いたがる、みたいな記述があって、納得したものです。女性に限らないでしょうが、しばしば傑作認定する物語って、自分の過去の傷口を昇華してくれる話だったりするわけです。けれども、そうしたカタルシスがある名作は、しばしば気軽に開けないもの。読みだしたら止まらず、感情を持っていかれてしまうから。自分のひきつったかさぶたを引きはがしてしまうような痛みも伴うものだから。
マリみて再熱ブームが起きている私の今回のチョイスは、シリーズ三作目の「いばらの森」
前半は祐巳たち現在軸の話、後半は聖の回想回。後半は一冊の三分の一しかないのに、こちらのほうが話のボリュームがかなり厚くて読み進められっこない代物です。表紙からして、ちょっと強面の聖さま、にらみつけるまなざしがなんだか痛い。
・「いばらの森」
タイトルは作中に登場する少女文庫小説から。期末試験直前のリリアン女学園に、またしても山百合会を揺るがす噂が。学園のスター白薔薇さまこと佐藤聖が、自伝的小説を出版したのだという。真相究明に乗り出す祐巳や由乃だったが、本人はその小説の存在すら知らなかったと言い出して…。
その作者自体は別人だったのですが。このセイとカホリの物語自体で二、三冊は書けそうな内容で、読んでみたいものですね。心中事件を起こしてしまう女学生、取り残されたことに苦しむひとり。う~ん。重いな。いや、こういう感想しか言えない自分もどうかしてますが。
作者の正体の謎解きよりも、この巻で明らかになる、薔薇御三家の姉妹の間合いの取り方の違いが面白いですね。相性って言葉で片付けていいのか。
祥子がクリスマスプレゼント御礼に祐巳からもらうリボンは、その後の百合後継作の模範的なエピソードになりましたね。「魔法少女リリカルなのは」とか。身に着けたものを交換とか、エモい! これは後半の聖と栞との温室での髪絡ませのなまめかしさと対照的。祥子と祐巳の関係はどこまでも清純、だから心地いいんでしょうね。
ところで、私、このセイとカホリのコンビと、「パラソルをさして」の池上弓子と祥子の祖母とのふたりを、初期によく混同していました。戦前の女子校はこういうことがあったのかもしれませんが。それにしてもこのお話、出版界の裏事情もわかり、作家先生としては職業柄、なかなか楽しく書かれたのではないでしょうか。
・「白き花びら」
このエピソード、佐藤聖の爆発的人気を招いた記念話でしょう。私も初めて読んだときは衝撃的でした。先にアニメの神無月の巫女をみていたから免疫はあったけれども。1999年の初刊。当時、学生の私がこれを読んでいたら、マリみて沼にハマって人生別の方向に向かっていたかもしれません。
高校二年生、まだ白薔薇のつぼみだった佐藤聖の過去回を自分語りで。
表向き優等生だが、斜に構えた女子高生だった聖。外見で選んでくれた姉には感謝しつつ、その複雑にねじれた内面を他者にさらけ出すことはない。聖は本質的に他人を求めることを恐れて、遠ざけていたのかも。友情と恋情の区別がつかないタイプで。
ある日、聖堂で運命的な出会いを果たした新入生久保栞に惹かれていく。栞の中に、純白な信仰心を認め、「世界に愛され求められている」その姿を愛おしく思った聖は、逢瀬を重ねていく。栞と対等でいたいから、妹として縛りたくはない。なのに、聖は栞との学生時代が永遠に続くような甘い展望を抱いている。
ところが、蓉子から卒業後は栞がシスターになるという事実に驚き、言い争いに。「マリア様がみているから」と拒む栞と聖とのひと悶着は圧巻。けれども、想い極まってクリスマスイブの夜、逃避行をくわだてたふたり。駅のホームで恋人を待つ聖。だが、その結末は…。
決してハッピーエンドではない。けれども、今から読むと「人生は勉強だから。会って良かったと思える未来にすればいい」という蓉子の言葉は、失恋を悲劇のままにはしていません。最愛の人が側に居なくても、自分を包んで癒してくれる人は現れて、そうした出会いを引き寄せるのは、自分の心がけしだい。
この日から根明で下級生に親しみやすい白薔薇さまに変わった聖は、やがて、シスター志望の志摩子に出会うわけですね。この続きとしてすぐにも「チェリーブロッサム」を読みたいところですが、止まらなくなるので、ひとまずこれにて。(※)
この駅で最愛の友だちと別れてそのままになった、という場面。
私にも思いあたることがあって、ちょっと、この話だけはいつも読むのが気うつなんですよね。二次創作小説の手が止まったのもそれが原因だったり。
栞と聖との関係性だけで区切れば悲恋だけども、聖のその後の現在までみれば、不器用な生きかたを糺してくれた転換点だったともいえるわけで、そう考えれば、あながち暗いお話でもないなと、再読して抱いた感想でした。読みなおすのがすごく怖かったけれども、意外と短めでしたしね。こういう百合モノの悲劇を二次元だとわりきって観られるようになったからでしょうか。もう自分が中年だから。
それにしても、今野先生は本編で出てきたサブキャラを主人公にした外伝話を書くことが多かったものの。
なぜか、この久保栞だけはその後の動向がわからずじまいでした。けっきょくシスターになったのでしょうか。聖にとっては天使みたいな神々しい存在で、そのまま消えてしまった方がいい清らかな想い出にしたいということで、その後の出番がなかったのかもしれません。また栞がシスターになりたいいきさつは、どちらかといえば、志摩子の家庭の事情にも重なるので、そちらに組み込まれたのかもしれませんね。
ところで、アニメ版の栞って、前髪の正面顔がかなり乃梨子そっくり。
意外と聖さまは志摩子の妹分を気に入っているのではないでしょうか。ノリリンなんてあだ名をつけるぐらいですし。
(2023/03/12)
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コバルト文庫小説『マリア様がみてる』に関するレヴューです。原作の刊行順に並べています。
(2009/09/27)
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(※)追記
佐藤聖と藤堂志摩子の出会いの話は、「いとしき歳月(後編)」所収の「片手だけつないで」でした。
「チェリーブロッサム」は、志摩子と乃梨子の姉妹締結までの話ですね。