漫トラ日記

現実生活空間&脳内妄想空間を日々マンガに浸食される主婦の怠惰な日常

手塚治虫『陽だまりの樹』

2009年06月05日 01時02分48秒 | マンガ
過去ログを調べて、自分でもビックリ!何と!8ヶ月ぶりのマンガレビューです。
いつの間にか出来事ブログにみたいになっちゃってたけど、本来はマンガブログなのよ~~!

今回は久々なんで、とりわけ気合を入れて(あくまで気合のみ)、
選んだのは、無謀にも巨匠手塚治虫先生

2008年は手塚治虫生誕80年とかで、去年から今年にかけて
様々な形で手塚さんにスポットライトを浴びてます
前記事で取り上げた『手塚治虫展』とか、NHKで放映中の『週刊手塚治虫』とか。。。
他にもハリウッド版『鉄腕アトム』のCGアニメ化や『MW』の映画化などの話題も満載

子供の頃からさんざん読み倒した手塚マンガだけど、
これだけ注目されれば、また読みたくなるのがマンガ読みの性

丁度もう一度読みたいと思ってたこれが、安く売ってたんで大人買いです
『陽だまりの樹』(小学館文庫全8巻)

今更説明の必要も無いとは思うけど、
これは、ご自分の曽祖父手塚良仙(若いときの名は良庵)を描いた歴史マンガです
(詳しい説明はリンク先をクリック~別ウィンドウが開きます←手抜き

この良仙(良庵)さんのキャラが良いんですよ
どうしようもない女好きでちゃらんぽらん
江戸っ子で喧嘩っ早いくせに、弱っちぃもんだからすぐ殴られる
でも、肩に力が入ってなくて、とっても魅力的
もしかして、ご自身の分身?、なんて思ってたけど
ちゃ~んと、根拠がありました!

福沢諭吉『福翁自伝』の中に
“手塚が女断ちして真面目に勉強するなら教えてやる。もし、約束を破ったら坊主になれ”
ってな記述かあるらしい
(参照サイト→『新・虫マップ』
ホントに女好きだったんですねぇ~~


もう一人の主人公、伊武谷万ニ郎は創作上の人物
彼は良仙と違って、律儀で堅物で馬鹿みたいに一徹
おかげでいつも貧乏くじを引いてしまう不器用者です
結局その頑固な性格が災いして、最後は時代の波に飲み込まれて消えていく。。。

良仙が“男に惚れた”ってセリフがあるので
手塚さんも結構お好きなキャラだったと思うんだけど。。。
だけど、彼は女を泣かせてばかり!!な所が気に入らないんだよね~
良仙も決して女を幸せにしたわけじゃないけど、泣かせなかった
(奥方は泣くと言うより、怒ってる
万二郎は惚れればその人一筋なんだけど、彼の一番は“愛”じゃない
そのせいで、泣いた女が4人!
一番可哀相なのは母親ですよ
夫にも一人息子にも先立たれて一人ぼっちになってしまった彼女は
これからどうやって生きていくのでしょう?
しかも、半身不随の嫁を抱えて。。。
手塚さんのアンハッピー・エンド主義にはほとほと。。。ハァ~~


この二人に様々な歴史上の人物が絡み、物語が展開していきます
それこそキラ星のごとく知った名前が登場します

誰もが知る幕末の志士たちは勿論
良仙の師である緒方洪庵
適塾仲間の福沢諭吉等も当然
さらに、タウンゼント・ハリスヘンリー・ヒュースケン、ポンチ絵のチャールズ・ワーグマン等の異人も出てくる
果ては、清水次郎長まで登場します
wikiで数えてみたら、その数45人!
でも、ここには将軍家茂や慶喜は入ってないから、マジで数えたら50人を越えるかもね
歴史好きには堪りません~~

そして、それぞれの人物像が史料に基づいてしっかり描かれていて、
変な脚色がされてない所も良いんです
これを描くにあたって、きっと相当な下調べをしたんでしょう
ご自分のご先祖様を描くんで、更に気合が入ってたのかも?
(他の作品に気合が感じられないって訳じゃないですよ!)


これだけの人数を違和感無く主人公たちに絡ませて
動乱の幕末日本を生き生きと描き出してみせる、その技量!
リアリティ充分・読み応え充分で、一級の歴史物語になってます
手塚先生の晩年の円熟味、恐るべし!ですね
数多い手塚マンガの中でもベスト5に入る名作だと思います
(『火の鳥』『ブッダ』『ブラック・ジャック』『アドルフに告ぐ』と並んで)


ところで、話を冒頭の良仙(良庵)と万二郎の出会いに戻します
彼等が最初に出会うのは小石川・三百坂
小石川は知らない場所じゃないんで、ちょっと調べてみる事にした

そしたら、何と!
物語冒頭で播磨守の殿様が家来に坂道を早駆けさせたのは本当らしい
罰金三百文が坂の名前の由来だとか
(参考サイト→三百坂
今度、確かめに行ってみます!

そこまで調べて、はたと思い出した!
昔、『江戸切絵図』って言う古地図本を買っていたのを

本棚の奥から引っ張り出してきて、見てみると
あった!あった!
“東都小石川絵図”のページに
伝通院(これは載ってって当然)や、万二郎のご主君松平播磨守の屋敷
そして、まさかとは思ってたけど手塚良仙さんの家まで見つけちゃいました~!!

この地図は嘉永7年(1854年)の版なんで、主人公の良仙は28歳。
まだ良庵と名乗っていたと思うので、これは父ちゃんの良仙さんなんでしょうね

更に、これを現代の地図と比べてみました

道は意外と変わって無いものの
播磨守の屋敷は真ん中に新しい道路が通り、その両脇はマンションに
良仙さんの家は東京学芸大学付属中学校の一部となっておりました

ちなみに、播磨守の屋敷の真ん中作った道とは
桜をはしごの記事で一番下に紹介した播磨坂です