忘れ物
いつもの通勤電車の中。
もう30分以上立っている。
持病のヘルニアで腰が痛い。
駅で当駅始発電車を待つ余裕がなかった事が悔やまれる。
それもこれも、今朝目が覚めたのが遅刻ぎりぎりの時間だったからだ。
前に座る老人がそわそわと、カバンにメガネや、ポケトラジオを仕舞い込んでいる。
次の駅で降りる準備だろう。
俺はやっと座れるという安堵感でため息をついた。
駅に着くと、老人は足が不自由なようだ。
よろけながら席を立ち降りて行った。
俺は老人の座っていた席に早速座った。
数秒前まで座っていた老人の体温が残っている。
加齢臭のような、臭いも感じた。
そんなことよりも、座ったときに腰痛がスーッと消えた事に安堵したんだ。
そのまま、終点の上野駅についた。
俺は席を立とうとしたが、足に力が入らない。
手すりにぶら下がるように立って、足を引きずりながらホームに降りた。
老人が置き忘れた苦痛を拾ってしまったらしい。