くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(111 終)

2020-07-23 15:32:40 | 「地図にない場所」
         11
 サトルは、円盤ムシが飛び上がってから、ぐんぐんと小さくなっていくドリーブランドを、丸い窓から見つめていました。
 冴えるようなグリーンの星が、宇宙の中のぽつんとした点になると、サトルは円盤ムシの部屋の隅っこで、膝に顔を埋めて座りました。
 別に、なにが悲しいというわけではありませんでした。せっかく友達になった人達と別れるのは、つらいことでしたが、サトルは、もっと大きな所で、ぽっかりと心に穴が開いてしまったようでした。
 ドリーブランドと、地球――。サトルはそう考えると、なぜかドリーブランドに残っていた方がよかったのではないか、と後悔に似た気持ちがするのでした。
 地球に帰っても、サトルが本当に帰りたい、と願っていたままか、もしかすると、こんな所になんかいたくない、とがっかりしてしまうのか……。
 サトルは、しかしいくら考えても、答えは出ませんでした。
(悲しみが多いところ……)と、確かリリは、そう言っていたように思いました。
 そういえば、ドリーブランドで会った人達と、サトルの住む地球の人達は、見た目はそっくりでも、もっと大切な物が、大きく違っているように思いました。
 サトルにはそれが、のど元まで出かかっていましたが、がんばってもそこまでで、決して言葉になって出てきませんでした。

 パチン……。

 サトルは、風博士からもらった機械のスイッチを、探るようにひねりました。
 と、キューハハ……ハ……という耳障りな音が出て来たかと思うと、すぐに後から、女の人の声がしてきました――。
 “ハァイ! こちら銀河放送局。今回もあなたに送るハートのメッセージ……”
 “お送りするのは、あなたの恋人、DJエス……それではまず……”
 “ドリーブランドの風博士より、メンタルレター……サトル君へ、私には君が流れ星に見える……いろいろあったが、私は君を異人ではなく、普通の人と――認めるよ……それじゃ、よい旅を”
 サトルは、風博士のメッセージを聞いて顔を上げ、くすりと笑いました。そして、窓の外を、ちらりと見ました。
 “さぁ! それでは、たった今出たばかりのリリの新曲。夢の彼方に……”
「――リリ?」と、サトルは思わず、驚いて声を上げました。

 広く果てない輝く空に
 私は翼を広げ飛んでいく
 そこは無幻の生命の世界
 私は自由になって流れ星を探すの
 願いを叶えてくれる私だけの宝物
 悲しみを 笑顔に変える私だけの不思議な力

 夢の彼方に あなたはいるの――
 夢の彼方に 私はいるの――

 けれど そこは遠く果てしない所
 決して道はない

 そう そこは遠い遠い所
 でも 心の架け橋は いつまでも繋がっているの

 わたしと
 あなたと

――――

 サトルは、リリの歌を聞きながら、
 窓の外を覗き、もう決して行くことのないであろうドリーブランドが、なぜか自分のすぐ近くに、いつでもあるような気がするのでした。
 いつでも、すぐにでも会いに行ける。
 そう、夢の彼方に……。

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地図にない場所(110)

2020-07-22 19:39:20 | 「地図にない場所」
 サトルが目を開けると、三人のちょうど真上に、リリの歌に酔った円盤ムシが、宙にプカプカと浮いているのが見えました。
 円盤ムシは、サトルと風博士に見られているにもかかわらず、決して逃げようとしませんでした。反対に、だんだんと歌に調子を合わせて、サトル達のそばに近づいてきました。
 リリは、次第に強く、優しく、包みこむように歌い続けました。円盤ムシは、もうたまらず宙を踊り回りましたが、やがて静かに、そっと地面に足を伸ばして、着地しました。リリは、気持ちよさそうに目をつぶっている円盤ムシに、ゆっくりと近づいて行きました。
 サトルと風博士も、緊張して息を詰めながら、リリの後に続いて、そうっと円盤ムシに近づいて行きました。

「円盤ムシさん……お願いがあるの」

 リリが言うと、円盤ムシはパチリ、と目を開きました。
「円盤ムシさん――お願いがあるの……サトルのやって来た異世界へ――」
 円盤ムシは、四つ足で立ち上がったかと思うと、お腹の辺りの扉を、ゆっくりと開け始めました。
「サトル。円盤ムシが、あなたを乗せて行ってくれるって……」と、リリは、サトルの手を握りながら言いました。「おめでとう。元気でいてね――」
 リリは、にっこりと笑いました。サトルも笑み浮かべましたが、なぜだかさみしい気持ちがして、すぐにうつむいてしまいました。
「ありがとう。リリも元気で……」と、サトルはリリにお礼を言うと、円盤ムシの階段を上り始めました。
「――サトル君」と、にこにこした風博士が、あわてて追いかけてきて言いました。「そうだ、これを持って行きなさい。君の異世界まで、どのくらいかかるかわからないけれど、これがあれば、退屈はしないだろう」
 サトルは、風博士から、小さな長方形の機械をもらいました。

「どうもありがとう。さようなら――」

 サトルは、円盤ムシに乗りこむと、出入口が完全に閉まってしまうまで、二人に手を振り続けました――。

 ヒューン……。

 と、円盤ムシが、小気味のいい音を立て始めました。
 サトルはふかふかの部屋に入ると、丸い窓から、外をのぞきました。リリと風博士が、手を振っているのが見えました。

 ヒューン、ヒュヒューン……。

 だんだんと音が高く遠くなっていくと、円盤ムシはまるで抵抗を感じさせずに、ふわりと宙に飛び上がりました。サトルは、ムシが飛び出す瞬間、もう一度大声で、

「さようならー!」

 と、叫びました……。


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地図にない場所(109)

2020-07-21 18:41:34 | 「地図にない場所」
 リリはといえば、ただじっと、まぶしく輝く星空を見上げて、どこか遠くに思いをはせているようでした。
「――円盤ムシなんて、いなかったんじゃないだろうか」と、サトルがつぶやきました。
「いいや、絶対にいるはずさ。私達が見つけられなかっただけの話だよ。この機械さえ壊れてしまわなければ……まだ好機はあったかもしれん――」
「博士。ぼくのこと、信じてくれますか――」
「……信じるさ。円盤ムシがいるほどだからな……異人だって――」
 サトルは博士をちらっと見て、また目を伏せました。
「ぼくは信じます……ぼくの目の前にいるんですからね……異人は――」
 今度は、風博士がサトルを見やりました。
「ふっ……そういえば、そうだな。私は君から見れば、異人だな」と、博士はクツクツと笑いました。
「いつかは会えるかな……円盤ムシ」と、サトルが言いました。
「必ずだ……」と、風博士が言いました。
 二人は、いつの間にか空を見上げていました。もしかしたら、円盤ムシが飛んでいるような気がしたからでした。――あの広い宇宙を、なんの制限もなしに飛ぶ円盤ムシ……。なんだかサトルは、円盤ムシがうらやましくなって、自分もいつかはそんなふうに空を飛んでみたいな、と輝く星と星の間に、視線を走らせるのでした。

 ララララーラララー……

 星空を見上げていたリリが、静かに歌い始めました。歌詞も曲もない、ただの気ままな歌でしたが、サトルは妙に心ひかれて、いつの間にか体で調子を取りながら、じっと目をつぶって、リリの歌を聞いていました。

 ラルララーラルルー……ルリララー……

 リリの歌声は、風になり、風はリリの歌をドリーブランド中に運んでいきました。日の光も届かない深い谷の底にも、その声は風に乗って運ばれていきました。
 と、真っ暗な闇が、リリの歌のリズムに合わせるように、ボワッボワッ、と淡く明滅し始めました……。

 ラルルールララールー……ラララー

 サトルは、このままずうっと、時が流れていってしまえばいい、と思いました。なにかリリの歌を聞いていると、人をそんな気持ちにさせてしまうのでした。

「――ああっ!」

 と、サトルと一緒に歌に聴き入っていた風博士が、思わず声を上げました。
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地図にない場所(108)

2020-07-20 19:42:09 | 「地図にない場所」
「ちっきしょう!」
 と、サトルは言い様、博士が落としたロープを拾うと、素早く輪を作り、勢いよく空を上っていく深空魚に向かって、投げつけました。
 輪を結ったロープは、空を飛ぶ黒い帯のような深空魚の胸びれに掛かり、ロープを握っているサトルを、軽々と宙に舞い上げました。
「サトル君、無理してはいかんっ――」
「博士! 今、行きます……」
 サトルは、ロープを登りつめると、ちょっとでも油断すれば滑り落ちてしまいそうな深空魚の背中に、しっかりとしがみついて這い上り、博士を咥えている深空魚のあごまで、やって来ました。

「博士っ!」

「――サトル君、ここにナイフがある。これで、袋のひもを切ってくれ」

 博士はポケットからナイフを出すと、手を伸ばすサトルにやっとの事で渡しました。
 サトルは、博士からナイフを受け取ると、言われたとおり、袋のひもをゴシゴシと切り断ちました。 
 バツン――という音と共にひもが切れ、サトルは自由になった博士の手をつかむと、深空魚の背中に引き上げようとしました。しかしその途端、深空魚は急に体をねじり、博士は、サトルになにやら訴えるような視線を向けたまま、地の底の果てしのない谷に落ちていきました。

「ハカセーッ!」

 あっという間に小さくなっていく博士を、しかし白い稲妻が助け上げました。それは、リリが操った天馬でした。サトルは、天馬が谷を怖がっていたのに、なぜ? と思いましたが、見ると天馬の目に、しっかりと布で目隠しがしてありました。

「――サトルー! 乗ってー!」

 と、深空魚の牙をかわしながら、天馬がサトルの元へ駆けていきました。サトルは、すれ違い様に手綱を受け取ると、そのまま背中にまたがり、谷を上へ上へと戻って行きました――。
 ――パチッパチッ、と小気味のいい音を立てている火のそばに、サトルとリリ、そして風博士が、沈鬱な表情で座っていました。
 風博士のそばには、風の音を受信する機械が、無残にも中の機械をむき出しにして、転がっていました。サトルは、火に時折枯れ枝をくべながら、ため息をつき、その度に、周りの空気が少しずつ淀んでいくように、感じられました。
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地図にない場所(107)

2020-07-19 23:52:25 | 「地図にない場所」

「――なに?」

 と、博士が大きな声で言いました。
「どうしたんですか、博士……」
「これはまずいぞ……サトル君。なにかが私達に向けて、やって来ておるようだ……」
「……いったい、なんですか?」と、サトルは眉をひそめて言いました。「もしかして、円盤ムシ――」
「いや、わからん……どうも、ここら辺の風は聞き取りにくくて……近くに来るまではなんとも言えないが、昨日の風によれば、必ずこの辺りの谷に、円盤ムシが羽を休めに来ているはずだ。可能性はあると思う……」
 サトルはそれを聞くと、いてもたってもいられず、壁の際から真っ暗い谷の底を、なにか見えないだろうか、と目を凝らしながら注意して見ていました。
 と、小さな、横一線に並んだ色違いの四つの光が、ぼんやりと谷底で光っているのを見つけました。
「博士、出ました。あれです!」
「どれどれ……」
 風博士はあわてて機械をしまうと、サトルのそばに近づき、サトルがあれ、と指差している光を探して、確認しました。
「おお、あれはもしかして――」
 博士が円盤ムシだと言おうとすると、いきなり谷底から、カササササーッとお腹にしみ渡るような音がして、二人が覗いていた所から、四つの目を持ったぬるぬるした怪物が、飛び出してきました。

「くそっ! 深空魚だ――」

「深空魚――」と、サトルは地面に伏せながら言いました。
「そうだ。深空魚だ……。今では深空でしか見る事ができなくなったが、滅多に日の当たる所へは出てこない肉食性の魚類だよ。もう絶滅したと思っていたが……まだ残っていたとはな……」
「博士、危ない――」
 サトルは叫びましたが、一瞬早く、深空魚が博士を咥えて、空に舞い上がりました。

「ウオーッ!」

 と、博士はなんとか逃げようとしましたが、深空魚がしっかりと背中の袋を咥えているため、博士は腕を羽交い締めされたのと同じような格好になって、微塵も動くことができませんでした。
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地図にない場所(106)

2020-07-18 18:05:02 | 「地図にない場所」
 サトル達は次の日、一路円盤ムシを目指して、魔笛の谷のさらに奥、ドリーブランドの局地と呼ばれる深き空の峡谷へ、向かいました。
 サトルとリリは、天馬に跨がり、風博士は、天馬に引かせる簡単な馬車を天馬に繋ぎ、それに乗りこみました。
 朝早くから、風博士の研究所を発った三人は、それこそ風よりも速く走る天馬のおかげで、昼の少し前には、渓谷のすぐ近くにまで飛んで来るとことができました。その辺りまで来ると、風博士が、大きな背負い袋からなにやら取り出し、風の情報収集をしきりにやっているようでした。サトルは、必ず円盤ムシに会えるようにと、まだ見たこともない幻のムシに、心の中で祈りました。
 渓谷は、魔笛の谷とは違い、切り立った岩山に囲まれてはいませんでしたが、地面を真っ二つに裂いてできたような広大なその谷は、空から見下ろしても、底が真っ暗でなにも見えないくらい深いものでした。
「よし、ここから下へ降りるんだ――」と、風博士が、耳にヘッドホンを当てながら言いました。
「はい、博士」
 天馬は馬首を傾けると、ぐんぐんと加速しながら深き空の峡谷に入りこんでいきました。しかし、どれだけ天馬が空を駆けても、いっこうに底は見えず、とうとう、お日様の光がまったく届かない所まで、来てしまいました。
 と、天馬がいきなり回れ右をして、上昇を始めました。谷の底に広がる深い闇が、天馬を恐れさせたようでした。
「どうしたんだ、サトル君!」
「わかりません! 急に上昇し始めたんです……」と、サトルはなんとか天馬に言うことを聞かせようと、必死で手綱を操りながら言いました。
「うーん……しかたあるまい」と、風博士が残念そうに言いました。「戻りすぎないうちに、天馬を止めるんだ。そこからは、私達だけで行こう……」
「――はい!」サトルは、わかりました、と言うと、天馬をなんとか操りながら、テーブルのようにせり出した広い場所に、天馬を着地させました。
「ここからは、サトル君と私で行く。リリさんは、ここで天馬を見ていてくれたまえ……」
 風博士は言うと、袋を背負い、ロープを肩に巻いて、さらに深い所へと、降りていきました。サトルも、リリに「行ってくるからね……」と言うと、リリが見守っている中、風博士に続いて、深い谷へ降りて行きました。
 ――――……
「サトル君……ちょっと待ってくれ……」と、風博士が、少し広まった所にさしかかると、言いました。
「どうか、したんですか――」と、サトルは、ハァハァ息をつきながら、額を拭いつつ言いました。
「ちょっと、待ってくれたまえ……風の通信を受けてみるから――」
 風博士は、背中の荷物を地面におろすと、中から機械を取り出し、ヘッドホンを耳にあてると、風の吹いてくる方向を探して、幾度も場所を変えながら、風の声を聞いていました。
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地図にない場所(105)

2020-07-17 20:01:31 | 「地図にない場所」
「私がなぜ風博士と言われているのかというと、それは私が、風が運んでくる情報を受信して、私達がわかる言葉に組み直すことができるからなんだ。
 それは、まだ私が若い頃に発見した事なんだが、この二階にあるたくさんの装置は、そのための機械なんだ。風の話を聞くには、風がたくさん吹いてくる場所の方が都合がいい。それで私は、こんなへんぴな所に引っ越してきたんだよ。
 でもね、ここの風は、私がいつも受信していると、時たま目を疑うようなことを言いだすんだ。それが、さっき来た情報なんだが、円盤ムシという、まだ誰一人として見た事がない幻のムシの事なんだ……。
 そいつはどうもおかしくてなぁ、風にもつかまらない時があるらしいんだ。言ってみれば、それはドリーブランドの外に出て、宇宙を飛んでいる、という事になるんだ……」
 風博士はそこまで言うと、急に物思いにふけるように静かに天を仰ぎ、深々と椅子に体をあずけました。サトルとリリは、風博士の話を真剣に聞いていましたが、博士が黙ってしまうと、リリがぽつりと言いました。

「……そのムシに、サトルが乗ればいいのに……」

 サトルは、ふっとリリの顔を見ました。サトルも、そうだったらいいのにな、と思っていたのでした。

「なんだって、ムシに乗る?」と、博士が大きな声で言いました。

 二人はビックリして、椅子から飛び上がりそうになりながら、いきなり大声を出した博士を見ました。
「きみ、ムシに……ムシになんか、乗れるのかね」と、博士が震える声で言いました。
「はい」と、リリが笑顔で言いました。「――でも、もうずっと前ですけど」
 リリが言うと、風博士は信じられないというように、うつむいてワナワナと頭を抱えました。
「――そうか、あれだ」と、風博士は不意に立ち上がると、二階の研究室に向かっていきました。
 どうしたんだろう、と階段を見ながら待っていると、ドタンガタンとなにやらぶつかりあう音がして、白いホコリを頭から被った博士が、急いで階段を降りてきました。
「どうか、したんですか?」と、サトルが聞きました。
「わかったんだよ、ムシのことが。そう……それに君のことだ。……ガッチ君という人から、風に言づけされたものだけどね……」
「――えっ」と、サトルは風博士が渡した紙を手に取ると、ガッチからと聞いて、さっそく読んでみました。それには、“サトル、ドリーブランドに落ちてきた異人。ハカセ、助けてやってくれ……”と、短いでしたが、サトルにも読める文字で、確かに書いてありました。
「ガッチ……ありがとう――」
「――ムシはな、やはり古代人の乗り物であったらしい……リリさんの言ったとおり、あのムシには人が乗れるんだ」サトルが、ガッチからの言づてを読み終えて顔を上げると、博士が、興奮した顔でムシについて話してくれました。「――だからサトル君、君も、自分の住んでいた世界へ帰れるんだよ……私もなんだが、無性にやる気が出てきたぞ!」
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地図にない場所(104)

2020-07-16 18:51:43 | 「地図にない場所」
「おい、しっかりしろ……」と、風博士が心配そうに言いました。
「サトル……」と、リリは細い眉をひそめて、心配そうに言いました。
「――わかったわかった、わかった」と、風博士は頷きながら、二人に言いました。「君達が本当に、異世界のことを尋ねに来たのはわかった。まぁ、君が異人だというのは……うん、認めるとしよう。でもすまないが、私には異世界に行く方法など、考えもつかん。――すまんないが」
「わかりました……仕方ありません――」と、サトルは震えながら立ち上がると、言いました。そして、リリににっこりと笑顔を見せると、風博士にお礼を言い、螺旋階段へ、重たい足取りで歩いて行きました。
「本当に……すまないけど……」と、風博士は、がっくりと肩を落として帰って行く二人に、申し訳なさそうに言いました。
 二人の姿が、階段の下へ消えてしまうと、突然天体観測所の壁にある赤いランプが点灯し、けたたましい音を鳴らし始めました。
 振り返った風博士は点灯したランプを見ると、あわてて向き直り、二人が降りていった階段を、追いかけるように駆け下りていきました。
 風博士は、肩を落としている二人には目もくれず、研究室に置かれた、なにやら細々としたスイッチや、色とりどりのゲージがついた装置の前に座りました。
 耳にヘッドホンを被せた風博士は、まるでピアノを奏でるような身振りで、

「――ウン、ウン」

 と頷きながら、紙にペンを走らせました。
 サトルとリリは、なにか大事件でも起こったのか、と黙って風博士を見守っていました。

「ふうー……」

 風博士は椅子の背にもたれかかると、ヘッドホンをはずしてため息をつきました。と、思い出したように、急いでペンを走らせていた紙を取り、声を出して読み上げました。
「円盤ムシ……魔笛の谷……深き空の峡谷……善処せり……」と、風博士は言うと、思い出したように笑い出しました。「ハッハッハッ、やっと見つけたぞ……今度こそこの目で確かめてやる」
 立ち上がった風博士は、黙って見守っていた二人を見ると、今はじめて気がついたように、ビックリして動きを止めました。

「やあ……君達、まだいたのか」

 風博士は、なんだか急に気分がよくなって、今日はもう遅いから泊まっていきなさい、と言うと、温かな料理を二人にごちそうしてくれました。
 食事の後、温かい火の焚かれた居間でくつろいでいると、風博士は二人に、自分自身のことと、先ほどの通信のことを話してくれました。
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地図にない場所(103)

2020-07-15 19:23:36 | 「地図にない場所」
 博士は、リリが話すのを、なにか言いたげに、口をパクパクさせながら聞いていました。すると、リリの真剣さに心が動かされたのか、博士は二人を、二階に案内してくれました。
 博士が二人を連れてきたのは、どうやら研究室のようでした。なにやらたくさんの機械や、様々な色の試験管、それに、なにやら薬品の入ったたくさんのビンなど、それこそありとあらゆる実験器具がそろっているようでした。
「さぁ、こっちだ……」風博士は、さらに二人を上の階に案内しました。サトルとリリは、人一人がやっと立っていられるような狭い螺旋階段を上り、なにやら薄暗い部屋にやって来ました。
「――ここは、なんの部屋ですか」と、サトルが言いました。
「ここは、わたしの天体観測所だ」と、風博士は言うと、ギイーンという音と共に、天井がゆっくりと左右に開いていきました。星明かりに照らされた部屋には、大きな望遠鏡が据えられていました。風博士は、二人が天体望遠鏡をめずらしそうに見ている間に、急がしく観測所の中を行ったり来たりしていましたが、

「よし、できた!」

 と言うと、二人を望遠鏡から遠ざけ、レンズを覗きこむと、なにやらブツブツと言いながら、望遠鏡を動かしました。
「――よし、さぁ、覗いてみなさい」と、風博士が言いました。
 サトルは、リリと顔を見合わせましたが、風博士が手招きするまま望遠鏡に近づいていくと、レンズに目を近づけました。
「うわー、きれいだなぁ」と、サトルは感激して言いました。サトルの目の前には、たくさんの星が散らばっていました。赤く光るものや、青く光るもの。そしてドーナツの形をしたものや、まぶしくて見てはいられないものなど、それこそいろんな種類の星達が、まるで生き物のように写っていました。
「きれいですね……」と、サトルは、しきりに感嘆を洩らしながら言いました。
「どうだ……君の星はあるかね?」
 風博士は言うと、サトルは今まで出ていた笑い声をピタリと止め、恐る恐る風博士を振り返りました。
「ぼくの星って……異世界っていうのは、宇宙のことだったんですか……?」と、サトルは、信じられないように言うと、望遠鏡に寄りかかりました。
「ぼくの住んでいたのは……地球……。地球です」と、サトルは言いました。
「――地球?」と、風博士は首を傾げて言いました。
 サトルは、わなわなと震えて、望遠鏡から離れると、観測所の隅にしつらえてある本棚へ、駆け出しました。
「――おい」と、風博士は乱暴に本を投げ散らかすサトルを止めようとしましたが、我を忘れたようなサトルの勢いに言葉を失い、ただ黙って、見守っていました。
「ないないないない! ぼくの知ってる星の写真が……一枚も、ない――」と、サトルは本棚の本を片っぱしから引っ張り出して見ると、言いました。そして、震えた表情をちらりと見せたかと思うと、散らばった本の上に崩れるように、へたりこんでしまいました。
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地図にない場所(102)

2020-07-14 19:48:11 | 「地図にない場所」
「――あれ見て!」と、サトルが震えているリリに言いました。「あれ、ほら、あそこに白い建物が見えるよ」
 サトルが指を差している方向に、少し小さめの白い家が建っていました。丸い屋根をしたその建物は、まるでひょっこりと、地面から突き出したキノコのようでした。
「あそこかもしれない。ねぇ、あそこに下ろして――」サトルが言うと、天馬は下から吹き上げる猛烈な風を切り裂きながら、まっしぐらに白い建物へ急降下していきました。
 サトルとリリは、白い建物の前で天馬から降りると、入口のドアを見つけて、ノックをしました。しかし中からは、なにやらチャカチャカとした音楽がかすかに聞こえてくる以外、誰も出てきませんでした。
「――おかしいな」と、サトルは首を振って、何度もどんどん、とドアを叩きました。「すみませーん。誰かいませんか。すみませーん……」
 サトルが、ドアをどんどんと叩いていると、中から聞こえていた音楽がピタリと止み、ドタドタドタ、という足音が、かわりに聞こえてきました。
 すると、いきなりドアが開いて、髪を短く刈った白衣を着たおじさんが、出てきました。

「――なにか、用?」

 と、おじさんは、顔に似合わない高い声で言いました。
「あの……風博士さんですか……」と、サトルは相手の顔を覗きこむように言いました。
「そうだけど……なにか?」
「――よかった」と、サトルは言うと、リリと一緒に、うれしさのあまり飛びあがりました。風博士は、滅多に来ない客が、なにやらおかしな子供二人なので、ちょっと疑わしい顔をしていましたが、こんな所で話をするのもなんだから、と建物の中へ招待してくれました。

「――で、こんな所までなにしに来たの?」と、博士は言いました。

「あの、ぼく……信じられないでしょうけど、ドリーブランドの人間じゃないんです……」と、サトルは風博士の目を真剣に見ながら言いました。
「うそだろ――」と、風博士は、はっきりと言いました。「君ねぇ、大人をからかうんじゃないよ。ドリーブランドの人間じゃない者が、なんでドリーブランドにいなければならんのかね」
 サトルは詳しく話そうとしましたが、風博士は「……帰った帰った」と、部屋に入って、まだいくらも経っていないというのに、二人を早々に追い出そうとしました。
「すみません、聞いてください――」と、リリが、風博士の腕にしがみつきながら言いました。「わたし達、帰る方法を探しに、博士の所に来たんです……。わたしは、ここの人間だけれど、サトルは、本当にに異世界から来たんです。博士は知らないでしょうけど、異世界には、ちゃんと、わたし達と同じ人間が住んでいるんです。――嘘は言いません」
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