くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

大魔人(74 終)

2021-08-22 19:22:57 | 「大魔人」
 マーガレットという女の子は、にっこりと笑うと、小さくうなずいた。

「――それじゃあ、また」

 と言って、アマガエルは二人と別れた。
 ふと気になって、いくらも歩かないうちに振り返ったが、二人は、家族のようにも見えた。
 アマガエルだけではなかった。あとから聞けば、キクノさんと女の子が連れ立っているところに、知り合いの檀家さん達も、同じように出くわしていた。そして、同じように、まるで家族のようだったと、印象を抱いていた。どうやら二人は、頻繁に行き来しているようだった。
 小さなことかもしれなかったが、キクノさんにとっては、女の子との出会いが、元気を取り戻すきっかけになってくれたようだった。
 ちょっと近所の店まで買い物に出るつもりが、考えごとをしているうちに、とっくに店の方向をそれてしまっていた。
 しんしんと降り続く雪は止む気配を見せず、このまま行けば、今年のクリスマスは、ホワイトクリスマスになりそうだった。
 例年、壁や塀のようにうずたかく降り積もる雪は、街に住む者にとっては迷惑な存在でしかなかったが、イベントの時に限っては、誰もが聖人になる魔法に変わった。
 立ち止まったアマガエルの前には、がらんとした空き地が広がっていた。
 恵果達の住んでいた家が、建っていた場所だった。
 よく見れば、むき出しの地面がゴツゴツしているのがわかった。薄らと雪の積もった地面は、焼け焦げた傷跡を、どんな色にも染まる白色で、すっかり覆ってしまっていた。
 恵果は、本当に異次元の彼方で、無事でいるんだろうか?
 無限の牢獄に囚われている、と真人は言っていたが、アマガエルには想像もつかなかった。
 ただ、アマガエルが目の当たりにしていたのは、恵果に違いない。と、それだけは、今でも自信を持って言えた。
 職業がら、そんな考えはふさわしくないのだろうが、霊魂や幽霊などは、経典の中にしか存在しない、理論のようなものであると、思っていた。
 人の、魂と呼ばれるようなものが、目に見えない障壁を突き抜け、あたかも自分がその場にいるかのように、自身の姿を映し出す。

 ――フフン。

 と、アマガエルは笑みを浮かべた。
 恵果が姿を見せたのは、それは、自分の特技と似ているじゃないか。と、また考えがいきついたせいだった。だとすればやはり、彼女はきっと今もどこかで、無事でいるはずだった。

 タン――。

 と、アマガエルが舌を鳴らすと、そこは白一色に染められた、野球場だった。
 真人とはその後、一度も会っていなかった。
 人が、悪魔のようになって起こした事件は、毎日のように報道されていた。しかし、悪魔が起こした事件は、一件もないようだった。
 真人と別れた数日後、十字教が出入りしていた宝石店の社長宅で、乱闘騒ぎがあった。
 しかし、新聞もニュースもどの報道も、詳細がわからないまま、多くの警察関係機関が出動した、とその事実を繰り返すだけで、くわしい内容はまるで不明だった。
 風の噂では、最近まで頻繁に出没していた盗賊が、関係しているのだという。
 謎めいた事件もまた、絶えることなく、思いも寄らないどこかで、起こり続けていた。

 ブロロロロンロロン……

 と、聞き覚えのある排気音が、近づいてきた。
「おいおい」と、公園の外を歩いていたアマガエルは、足を止めて言った。「よくここがわかりましたね」

“相棒ですから。あなたの行動は、予想がつきます”と、アマガエルの横に停車したジャガーが、奇妙な声で言った。“これからの予定を、忘れてはいませんか――”

「――いま、何時だっけ」と、あわてて腕時計を見たアマガエルは、頭を掻いて言った。「まずいな。住職の代わりに、町内会の集まりに出席するんだったよ」
 と、顔を上げたアマガエルは、ジャガーに言った。
「呼びに来てくれたついでに、乗せて行ってくれたり、する?」

“今日は寒いですから”と、いつから話せるようになったのか、やって来たジャガーが、機械音で作った声で言った。“そのつもりで、迎えに来たんです”

「ありがとう」と言って、アマガエルは運転席に乗りこんだ。「いつもの会館まで。急ぐけど、できるだけ交通安全で、頼むね」

“了解しました――”

 ブロロロロンロロン……

 と、アマガエルを乗せた車は、雪を蹴立てて、走り去っていった。

                        おわり。そして、つづく――。





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大魔人(73)【13章 それから】

2021-08-21 19:40:47 | 「大魔人」
         13 それから
 雪が、しんしんと舞い落ちていた。
 季節はすっかり変わり、辺りは、もう一面の銀世界だった。
 まだ、雪が積もるには早かったが、すれ違う人は誰もが白い息を吐き、走り去る車もそろそろと、タイヤが空回りしないよう、慎重にハンドルを操作していた。
 アマガエルは、袖丈の短い黒のジャンパーを着て、寺のそばの道を歩いていた。
 いつから着ているジャンパーなのか。サイズが合わないのは、ずいぶんと昔から、大事に着続けているせいなのかもしれなかった。
 前を開けているジャンパーの裏地は、目の冴えるようなオレンジ色だったが、黒い色はつや消しをしたようにくすんで、叩けばボワリ、とほこりが立ち上りそうだった。
 セーターの襟元からのぞく青色のシャツは、着ている本人は温かいのだろうが、見ていると思わず身震いをしたくなるほど、ひんやりとした冷気が漂ってきそうだった。
 目の調子は、ずいぶんと良くなっていた。
 しばらく特技を使わないでいることが、いい薬になっていた。
 失明しそうになるほど、眼圧が異常に高くなることは、今はまったくなかった。
 心配していたキクノさんも、いつのまにか、元気を取り戻していた。その様子を見かけると、ふと、行方不明なままの子供達の事を、思い出さずにはいられなかった。
 今日の午前中も、月に1回行われている講話があって、キクノさんも参加していた。
 集まった檀家の人達は、相変わらず、講話の後の懇談が目的で、やって来ていた。
 去年の火事の後、キクノさんは、集会にも、仲間同士のイベントにも、しばらく姿を見せなかった。仲のいい知り合いに誘われて、ようやく姿を見せたのは、本格的な冬が始まる直前だった。
 どう接すればいいのか、アマガエルをはじめ、みんなも腫れ物に触るように、どこか気を使って、話す言葉にも注意を払っていた。
 それが、街で偶然キクノさんと鉢合わせた時、アマガエルは満面に浮かべた笑顔を見て、驚かされた。

「お久しぶりです。どうも――」と、アマガエルは頭をかきかき、ぺこりと頭を下げた。「この子は?」

 キクノさんは、ゴシップ調のかわいらしい服を着た女の子と、手を繋いでいた。
「おや、タッちゃん」――久しぶりね。と、キクノさんは、いつになくうれしそうな笑顔を浮かべた。
「メグちゃんって言ってね、近所に引っ越してきた、シルビアさんの所の娘さん。じゃない、お孫さんなの」
「はじめまして」と、女の子は、スカートをつまみ上げて片足を後ろに突くと、ちょこんとお辞儀をして言った。「私は、マーガレットと言いますの。今日はおばあさまと一緒に、お買い物のお手伝いに行きますのよ」
 不思議な、人形のような雰囲気をした女の子だった。
「ぼくは、加藤龍青です」と、アマガエルは言った。「お寺の、お坊さんをやっています。よろしくね」



「次」
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大魔人(72)

2021-08-20 19:46:23 | 「大魔人」
「やりやがったな」と、真人は顔を上げると、どこまでも続く空を見ながら、独り言のように言った。「つまらない事をしてくれたもんだぜ。天使にとっちゃあ俺ごとき、手の平の上で、遊んでいるようなもんなんだろうな」
 ――くそっ。
「“家族”だと、“友達”だ、だと」と、一人で話す真人を、マーガレットは、奇妙な顔をして見ていた。
「悪いのですけれど」と、マーガレットは、声をひそめて言った。「誰と、お話しをしているんですの」

「欲しければ取り返してみろ。そういうことなんだろ」と、真人は、ため息交じりに言った。「めずらしく弱気になった俺が、あさはかだったぜ。そうだよな。天使に頼みごとをするなんて、それは俺らしくない」――待ってろよ。必ず、奪い返してやるからな。

 真人はマーガレットを見ると、歯を食いしばりながら、けれど、うれしそうな声で言った。
「ありがとう。大切にするよ」――で、おばちゃんに、言っておいてほしいんだけど。と、真人は、思い出したように言った。
「? なんですの」と、マーガレットは、真人の顔をのぞきこんで言った。

「あっかんべぇ」

 と、真人は、しかめっ面をして、べろりと赤い舌を出すと、くるり踵を返して、見えない壁の向こうに、姿を消した。
「なんなんですの。まったく」と、ドキリとして胸に手をあてたマーガレットは、けれどどこかうれしそうに、唇をとがらせた。

 ――ここではないどこか。今ではない、また、いつかのできごと。だった。



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大魔人(71)【12章 X(エックス)】

2021-08-19 19:07:26 | 「大魔人」
         12 X(エックス)
 天使の像があった場所だった。
 すべての景色を望む事ができる、この世の物とは思えない、特別な場所だった。
 海も空も山も川も、地球上のありとあらゆる物が、ぐるりを取り囲んでいた。
 時間も空間も未来も過去も、幻想も現実も運命も偶然も、そして目に見えないあらゆる事柄も、自由気ままな風になって、行きつ戻りつしていた。
 以前は、ごつごつとした丘がせり出すだけの、お世辞にも、楽園と呼ぶにはほど遠い、岩だらけの無機質な場所であったはずだった。
 白い花が、一面に咲き乱れていた。
 果てしなく続いている見た目とは違い、草原、というよりは、原っぱと表現した方が、言い得ているかもしれなかった。
 見た目のロケーションとは違い、暖かな日の差す庭園で、静かにうたた寝をしているような、のんびりとした雰囲気が、漂っていた。

「どうしちまったんだ、これは――」

 と、不意に姿を現した真人が、目を丸くして言った。

「あら。思ったより、遅かったですわね」

 と、子供の声が聞こえて、はっとした真人は、声のした方を振り向いた。
 白い花の中、女の子が、こちらを向いてちょこんと座っていた。

「――誰だ? おばちゃん。では、さすがにないよな」と、真人は言った。
「失礼ですわね」と、小さな女の子は、手作りした花輪を頭に乗せて、立ち上がった。「私は、おばさまではないですのよ」
 黒っぽい、ゴシック調なワンピースを着た女の子は、どこか人形のような、奇妙な硬質感があった。
「おまえ、どこから来たんだ」と、真人は言った。「ここは、子供が来られる場所じゃないだろ」
「――」と、女の子は、不思議そうな顔をして言った。「あなただって、見た目は子供ですのよ」

「でも、どうして左目は閉じて、右腕はないんですの」

 と、驚いたように口に手を当てて、女の子は言った。「怪我をしているのなら、早く帰って、治した方がいいと思いますわ」
「そんなのは、後回しでいいんだよ」と、真人は怒ったように言った。「おばちゃんはどこに行ったんだ。いるなら、早く呼んできてくれないか」
 と、女の子は黙って首を振った。
「残念ですけど、おばさまはお出かけしていて、留守にしていますのよ」と、女の子は言った。
「なんだって――」と、真人は、あんぐりと口を開けて言った。「じゃあ、俺が爆弾を爆発させたら、誰がこの丘を守るんだ」

「――さぁ?」と、女の子は、考えるように首を傾げた。

「おまえ、天使のなんなんだよ」と、真人は言った。
「“おまえ”っていう名前じゃ、ありませんのよ」と、女の子は、ふくれっ面をして言った。「私は、“マーガレット”と言いますの。おばさまの家族で、友達でもありますのよ」
「“家族”だって」と、真人は言って、首を傾げた。「暇なおばちゃんが、またぞろイタズラを始めたな――」

「なぁ、どこに行けば会えるんだ」と、真人は、真剣な面持ちで言った。「頼みたい事があるんだ。どうしても、力を貸してもらいたいんだ」

「でも、おばさまはいそがしいって」と、伏し目がちな女の子は、困ったように言った。「誰かお客が来たら、花飾りをあげて、追い返せって」――いえ、追い返せって言ったのは、私じゃないんですのよ。「おばさまはそう言って、いそがしそうに、出て行かれましたわ」
「――な」と、迷惑そうな顔をしている真人の頭に、マーガレットと名乗る女の子が、作りたての花輪を、そっと乗せた。
「あらっ」と、マーガレットは、背伸びしていた足を戻すと、驚いたように言った。「おばさまの言ったとおり。似合っていますわ、その花飾り」

「なんだって、こんな――」

 と、真人は、頭に乗せられた花飾りをつかむと、マーガレットの見ている前で、腹立ちまぎれに放り投げようとした。
 しかし、息が止まったように動きを止めると、目の前の花飾りをしげしげと、食い入るように眺めた。
「――」と、真人は満面の笑みを浮かべた。「マーガレットの花、な」と、言った真人は、乱暴に手にした花飾りを、そっとまた、頭の上に乗せた。
「そうですわ」と、真人の反応に驚いたマーガレットが、きょとんとした顔で言った。「そうですわ。ここに咲いている花も、マーガレットっていう名前ですの」――私の大好きな、お花ですわ。

 ――きれいでしょ。と、マーガレットは言った。



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大魔人(70)

2021-08-18 19:03:14 | 「大魔人」
 ブロロロロンロロン……

 と、どこからか、聞き覚えのある排気音が近づいてきた。
 風を切って近づいてくる音は、ぐんぐんと勢いを増し、身の危険を感じたアマガエルは、公園の生け垣を背に身をよけた。
 キーッッッ――。ブロロロロンロロン……
 黒いボデーの車は、目を押さえているアマガエルの前で急停止すると、黙って後部座席のドアが開いた。
「――」と、アマガエルは、人の気配がしないことに気がつき、目をしばたたかせながら、車の中を覗きこんだ。
 はっ? という表情を浮かべたアマガエルは、息をのんだ。
 誰も乗っていない寺のジャガーが、自分を迎えに来たように止まっていた。
 真人の魔法か、と疑ったアマガエルは、車には乗らずに歩き出そうとした。
 しかし、数歩進んだところで、車が再び動き出し、アマガエルの関心を引くように、タイヤを鳴らして停止した。
 アマガエルが複雑な顔をしていると、運転席の窓が開き、古めいたラジオから、雑音とともに声が聞こえてきた。
“ノッテイケヨ、タッチャン。ノッテケ、タッチャン……”
 子供の頃、よく耳にした曲を背景に、ラジオを通じて、車が話していた。

「――帰ろうか」

 と、アマガエルはぽつりと言うと、足下をふらつかせながら、座り慣れた後部座席に乗りこんだ。
「自動運転の機能なんて、いつ取りつけたんでしたっけ?」
 アマガエルを乗せたジャガーは、弾むようにドアを閉めると、短いクラクションを軽く鳴らして、風のように走り去っていった。

 ――――    

 アマガエルが公園を去った後、初冬の寒さで勢いのなくなった芝生の一角が、もぞもぞと、湧き上がるように動き始めた。

「ぷはっ」

 と、芝生の殻を破るようにして現れたのは、真人だった。
 真人は、周りに人がいないのを確かめると、待ち合わせの場所に向かって、歩き出した。
     
「遅かったじゃないか」と、真人の姿を見つけた多田が、駆け寄ってきた。「どうしたんだ、やっぱりだめだったのか」
「ああ」と、真人は言った。「急ごしらえの“石”じゃ、無尽蔵に意念を撃ちこめやしなかったぜ」
「で、あいつは? やったのか――」と、多田は言った。
「いいや。手強いやつだったからな」と、真人は、多田に抱えられながら言った。「だがな、相当なダメージを負ったはずだぜ」
「――見た目じゃ、こっちも同じくらい、やられてるけどな」と、多田は、歩きながら言った。「まぁ、あんたらしいか」
「迎えは?」と、多田に抱えられた真人が、思い出したように言った。
「ちゃんと来ているよ」と、多田は言った。「運転手つきの高級車なんて、考えもしていなかったから、警戒して、確かめるのが遅くなったがね」
「へぇ」と、真人は笑って言った。「そりゃあ、これからの仕事が、やりやすそうじゃないか」
 と、二人の姿を認めた車の運転手が、素早く運転席を下りて、後部座席のドアを開けた。
「で、これからどうするんだ」と、多田は、真人を後部座席に座らせると、自分は助手席に乗りこんだ。
「仲間を探すんだ」と、真人は言った。
「仲間? なんの仲間だ」と、多田は考えるように言った。
「島に殴りこみに行く仲間だよ」と、真人は言った。「これだけじゃ、数が少なすぎる。もっと仲間を集めなきゃ、やつらにはかなわない」
 真人達を乗せた車は、日の短くなった空を、南に向かって走り去っていった。

 ――――    

 ビリビリと、コンクリートの壁が、震えていた。
 川に架かる橋のそばに建つ、マンションの壁だった。
 宝石店の支店長であった多田が、川から転落した現場の近くだった。
 そして、審問官のヨハンが、アマガエルによって消された場所だった。

 ビリビリビリ――……

 と、コンクリートの壁がひび割れ、なにかが外に出ようとしていた。
 ビリバリビリ――と、炎であぶったように、赤い火花を散らす割れ目が、外に向かって膨らみ出てきた。
 街路樹に止まっていたカラス達が、眼下の異状に気がつき、甲高い鳴き声を競うように上げた。

 メリッ――……

 と、コンクリートの中から姿を現したのは、審問官のヨハンだった。
 おびえたカラスが、散り散りになって飛び交った。
「――」と、しっかりとした様子で立ち上がったヨハンは、周囲の様子を確かめると、なにごともなかったかのように、どこかへ歩き去って行った。



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大魔人(69)

2021-08-17 19:26:25 | 「大魔人」
「くそっ――」

 と、どちらからともなく、二人は唇を噛んだ。
 すべり台から立ち上がった真人に向かって、アマガエルは、走り出した。走りながら、足元の石を拾い上げ、真人に向かって、指ではじき飛ばした。
 真人は、素早く銃を構えたが、アマガエルが次々と飛ばす石つぶてに邪魔され、狙いを定められなかった。
「ふざけやがって」と、狙いをつけられないまま、真人は銃を立て続けに放った。
 真人に駆け寄ったアマガエルは、手を伸ばして、右腕の銃を構えた真人に、触れようとした。しかし、すんでの所で足を止めると、転がるように身を伏せた。
 アマガエルの真上から、先ほど撃ち放たれた光の矢が、ビリビリと、空気を焦がすような音を鳴らして、降り落ちてきた。銃の放たれた方向とは、まるで違う場所のはずだった。
「――」と、アマガエルは立ち上がり、後ろに下がって逃げた。
「レーザーじゃないぜ。俺の意念を衝撃波に変えて、好きな方向に思うまま撃ち出してるんだ」――いつまで逃げ切れるかな。と、アマガエルに狙いを定めた真人が、銃を撃ち放った。

 ドン――。

 と、尻もちをついたのは、真人だった。思わず目をつぶったアマガエルが見ると、真人の右腕の銃が、肘の辺りから破裂して、中の機械がぐしゃぐしゃに壊れていた。
「なんてこった、こんな時に」と、真人はくやしそうに言って、舌打ちをした。「やっぱり、間に合わせの“石”じゃ、持たなかったぜ」
 物陰に隠れようとしていたアマガエルは、さっと向きを変え、そばにあったスチール製の街灯に、駆け寄った。
 アマガエルは、だるま落としのようにスチール製の街灯を打ち叩くと、手の平の大きさに抜け落ちた街灯の胴体が、真人に飛び当たった。
 瞬間的に撃ちこまれるスチールの重い塊を、右腕の銃が破裂した衝撃で、足元がおぼつかなくなっている真人は、避けることも防ぐこともできず、小さな体で受けていた。
 次々と、真人に撃ちこまれる街灯は、みるみるうちに、短くなっていった。なんとか逃げようともがいていた真人の動きが、止まりつつあった。
 もう少しで、倒せる――と、アマガエルが、短くなった街灯から、別の街灯に移動しようとした時だった。
 ふらふらになった真人をかばうように、恵果が、姿を現した。

「ケイコ? ちゃん――」と、アマガエルは、痛む目を細めて言った。

 聞こえているのか、恵果は街灯を撃ちこもうとするアマガエルの前に立つと、邪魔をするようにまとわりついた。
「どけていてくれ、ケイコちゃん」と、アマガエルは、痛む目をかばいながら、真人に街灯の胴体を撃ちこもうと、邪魔をする恵果を手で払おうとした。
「――なんだって? 俺はまだピンピンしてるぞ」と、真人はヨロヨロと立ち上がると、壊れた右腕の銃を、肩から外した。「おかしな事言うんじゃねぇよ。ここには、おまえと俺しかいないんだぜ」
 と、真人の左指にはめた指輪が、わずかに輝いた。
「どこ見てんだよ。よそ見してる場合じゃねぇだろ」と、アマガエルの正面にいたはずの真人が、アマガエルの後ろに現れた。
「  くっ」と、唇を噛むアマガエルに、素早く中空に指を走らせた真人が、四面体に固化した空気を、立て続けに撃ちこんだ。
 アマガエルは、両手の平で空気のブロックを受けると、次々に瞬間移動させていった。
 だが、恵果が真人との間に立つと、言葉にならない叫びを上げて、アマガエルが抵抗するのをやめさせようとした。
「クックックッ……」と、真人が笑った。「けゐこの幽霊でも見てるような顔してるぜ」――しかも、邪魔扱いしてやがる。「けゐこが言いたいのは、失明する前に能力を使うのをやめろってことだぜ。力のコントロールができない、天然モンの引っかかりやすい落とし穴だな」

「俺なら、腹話術を使うけどね。呼吸の仕方を覚えれば、目の負担なんてなくなっちまうさ――」

 と、真人が言い終わるより早く、アマガエルが瞬間移動で真人の目の前に現れ、間髪を入れず、胸に手を当てた。

 ポフン。

 と、気の抜けた破裂音がすると、真人の姿が、瞬時に消え去った。
「――」と、手応えのなかったアマガエルが顔を上げると、白く霞がかった恵果が、怒ったような顔から、にっこりと優しそうな笑顔を浮かべ、風に吹かれるまま、霧が晴れるように姿を消してしまった。
「ふん。まんまと逃げられましたか」と、アマガエルは、痛む目を押さえながら言った。

「どこかで悪さをしようものなら、そんな噂を少しでも耳にしようものなら、世界中のどこにいたって駆けつけて、地球の中心まで、飛ばしてやりますからね」

 誰も答える者がいない中、アマガエルは、しかしかすかに笑みを浮かべると、ヨロヨロと公園を後にした。




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大魔人(68)

2021-08-16 19:12:45 | 「大魔人」
 アマガエルが伸ばした手を、真人はさっと避けると、言った。
「おまえ、気が変になったのか」と、真人は、人差し指で自分の頭を指さした。「蔵に閉じこもって、つまらない映画ばっかり見てるから、そんな偏った考えになるんだぜ」
 アマガエルは、避ける真人を追いかけて、二度、三度と手を伸ばした。
「いちいち説明するのも億劫だがな」と、真人は言った。「あいつらの本拠地を潰さなきゃ、おまえの言うとおり、犠牲になる子供達が、これからも次々に出てくるんだぞ」

 ――ポン。

 と、アマガエルの手が、真人の小さな肩に触れた。
 しかし、真人はどこかに消え去る事なく、逆にアマガエルが、痛そうに目を押さえて、その場に膝を突いた。
「あーあ。だから、言わんこっちゃない」と、真人は、為空間で失ったはずの右腕を、アマガエルに向けて伸ばした。
 真人の右腕が、内側からひび割れるように持ち上がり、機械的な音をさせて、奇妙な銃器に形を変えた。
「顔を上げて見ろよ。どうして俺が飛ばされなかったか、わかるだろ」と、真人が言うと、アマガエルはまぶしそうに目を開けながら、顔を上げた。
 今まで、石蔵の中だとばかり思っていた場所が、文字どおり、スルスルと幕が落ちるように変わり、壁のなくなった目の前には、為空間からジャガーが戻って来た野球場が広がっていた。
「あっちから戻って来た俺が、これまでなにをしていたかなんて、想像もできなかっただろうな。おまえは当面のやっかいごとだから、いの一番に対策を考えさせてもらったぜ」と、真人は言った。「おまえは、見た物ならば正確に移動させられるが、そうでなければ、どこに相手を飛ばすか、自分でもコントロールできやしないんだ。だから、偽物の景色の中に迷いこませて、おまえの目を錯覚させることで、狙った場所には飛ばせなくさせてやったのさ」
 アマガエルは、ひくひくと痙攣するようなまばたきをしながら、ふらふらと立ち上がった。
「どうだ。俺をひどいところに飛ばそうとした分、自分に向けて跳ね返ってきた衝撃は? 全身の骨が砕けそうなんじゃないか。どこに飛ばそうとしたかは知らないが、南極っていうのも、あながち間違いじゃなかったのかもな」――ひどいヤツだぜ。と、真人は、皮肉っぽく言った。

「いま、気を失うほど痺れさてやるからな」

 真人は言うと、右腕に現れた銃がわずかに光り、アマガエルを狙った銃口が、いまにも火を噴き出しそうに、赤く膨らみ始めた。
「――くっ」と、片膝をついたアマガエルが、地面に手を触れると、野球場に敷かれた砂が、渦を巻いて舞い上がった。
「くそっ、抵抗するんじゃねぇよ」と、舞い上がった砂に、みるみるうちに覆われた真人は、咳きこむように言った。「――少しの間、眠っててもらうだけだって。もうそれ以上、無理するんじゃねぇよ」
 竜巻のように舞い上がった砂が、ザザッと勢いを失って落ち去ると、アマガエルの姿も、どこかに消え去っていた。

「ふふん」 

 と、鼻で笑った真人が、球場の外に見える遊具の置かれた公園に向かって、右腕の銃を構えた。
 どん。という短い震動に続き、目が焼けそうになるほどまぶしい光の矢が、真人の右腕から撃ち放たれた。

 ――サクリッ。

 と、焦げ臭い匂いを漂わせて、アマガエルが隠れていた立木に、こぶし大の穴が開いた。

「地球の裏側まで飛んで行く力は、もう残っちゃいないんだろ」

 と、クツクツと笑いながら、真人は言った。
 木の幹に開いた穴から、真人をそっとのぞき見たアマガエルは、唇を噛んでいた。
 戦うしか、ないようだった。しかし、真人が指摘したように、アマガエルには、もうほとんど力が残っていなかった。目の奥が、焼けつくように痛かった。
 アマガエルは、降参したように木の陰から出てくると、やってくる真人と向き合った。

「覚悟はできたようだな」と、真人は言った。「――じゃあな」

 と、薄ら笑いを浮かべた真人が銃を構えると、アマガエルは、ポケットから取りだした車のキーを、真人に向けて突き出した。
 突き出されたアマガエルの手の内で、瞬間移動されたキーが、真人の視界を奪った。
「――うっ」と、不意を突かれた真人は、銃の狙いをはずすと、顔を背けた。
 すぐに狙いをつけ直そうとした真人の前から、アマガエルは姿を消していた。
 きょろきょろと、あわててアマガエルを探す真人の後ろに、ふらふらのアマガエルが現れ、真人を思いきり押しつけた。
 振り返った真人が、右腕の銃を向けようとすると、ガツンと硬い感触が、背中から伝わってきた。そして、鈍い痛みと共に、気を失うほど重たい衝撃が、全身を襲った。
 アマガエルに押された真人は、砂場に設えられたコンクリートのすべり台に、背中から飛ばされていた。



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大魔人(67)

2021-08-15 19:04:01 | 「大魔人」
「そりゃ、気のせいさ」と、真人は、ごまかすように言った。「自分とそっくりな人間は、世界中に3人はいるって、言うじゃないかよ――」
「他人のそら似ですか? その割には、ずいぶんとそちらの事情に詳しいようですがね」と、アマガエルは言った。
「どうしてここがわかった」と、真人が言った。「誰かが耳打ちしたのか」
「秘密は、守るたちなんです」と、アマガエルは言った。「近しい存在であればあるほど、人には口外しないもんでしょ」
「――あのポンコツめ」と、真人がくやしそうに言った。「念を押しといたのに、裏切りやがった」
「おやおや。人の愛車を、ずいぶんひどく言うじゃないですか」と、アマガエルは言った。
「悪いね。すっかりお邪魔させてもらってたよ」と、真人は、悪びれもなく言った。
 石蔵の中に、広い工作台がいくつか並べられ、なにに使うものなのか、大小いくつもの機械が、乱雑に置かれていた。
「これは、おまえが作った“為空間”か」と、アマガエルは言った。
「――ははん。その方が理解しやすいなら、それでいいさ」と、真人は、右腕をためつすがめつさせながら言った。「あわてて忍びこんだ場所だからな。部屋の装飾には、ほとんど手をつけられなかったんだ」
 “気をつけろよ。それはまだ、不安定だからな――”と、多田が、声をひそめて言った
「あの時、間違いなくおまえはいなかった」と、アマガエルは、工作台の前に立って言った。「ケイコちゃんを、どこにやった」
「――」と、真人と多田が、わずかにぽかん、とした表情を浮かべた。
「俺を追ってきたわけじゃないのか?」と、真人は言った。「勘違いしてたかな。てっきりあんたは、教団とは別に、俺のことを追いかけていると思ってたんだけどな」
「間違っちゃいないさ――」と、アマガエルは言った。「おまえを追いかければ、ケイコちゃんの居場所がわかる、と思ってたんだ」
「あれは特別だ」と、真人が言った。「この俺だって、頭を押さえつけられて、自由に動けなかったんだからな」
「だったらなおさら、彼女には、戻って来てもらわなきゃならないですね」と、アマガエルは言った。
「ちぇっ、なんだよ。車のトランクになんか、隠れなくてよかったんじゃねぇか」と、真人はため息をついた。「なぁ、探偵から聞かなかったのか。あの子は、誰も踏み入れられない無限のエリアに、迷いこんだんだって」――おっと。あのへっぽこな探偵じゃ、そこまで理解できちゃいないか。と、真人は言った。
 アマガエルは、公園にジャガーが戻ってきた時、トランクまでは調べていなかったことを、思い出していた。
「――ここと同じ空間を、あそこに作ってたのか」と、アマガエルは、遙か彼方に見えるトランクの出入り口を、指さして言った。
「ここまで広い空間は、あの短い時間じゃ、作れやしないぜ」と、真人は工作台を回って、アマガエルの前に立つと、言った。「千切れた右腕と、なくした左目の傷を治療しなきゃならなかったからな。この小さな体を利用して、じっと縮こまっていたんだよ」
「都合のいい言い訳だな」と、アマガエルは言った。「悪魔である正体がバレて、逃げただけじゃないか」

「あの子を、どこにやった――」と、アマガエルは、ぐっと身を乗り出して言った。

「悪魔だと? 知ったような口をきくじゃねぇか」と、真人は、小さな胸を突き出すように言った。「寺の坊主らしいセリフだがな。十字教のやつらが言う悪魔ってのは、俺の創作なんだよ。おまえが原子の姿でどこぞをさまよっている大昔に、俺が書いた教団の聖典に、自分で登場させたキャラクターなんだ」――ちぇっ、めんどうだな。と、真人は大きくため息をついた。
「いいか、よく聞けよ」と、真人は左目にはめた義眼をつまみ出すと、後ろにいる多田に放り投げた。「もう、おまえの出る幕はないんだよ。けゐこは俺を庇って、無限の牢獄に捕まっちまった。あそこから助け出せるのは、俺か、じゃなければ天使か、神くらいだ。すぐに助けに行きたいところだが、十字教の連中に命を狙われてたんじゃ、おちおち助けに行く準備もままならない」
 と、真人がちらりと振り返って、多田を認めると言った。
「なにしてるんだ。打ち合わせたとおり、さっさと行けよ」
「――どこに行く気です」と、アマガエルが多田に向かって言った。「私からは、逃げられやしませんよ」

「どうしたらいい」と、真人から受け取った義眼を手に、多田が困ったように言った。

「まったく――」と、真人は、頭をグシャグシャとかきながら言った。「時間稼ぎしてる意味がねぇだろ」と、真人が手でくいくいと、多田を追い払うような仕草を見せた。
「わかった」と、多田は言うと、手にした義眼をぎゅっと強く握った。「無茶はするなよ。必ず迎えに行くからな」

 ボムッ…… 。

 と、風船が破裂するような音と共に、多田の姿がかき消えた。

「――おまえは、逃がさない」と、アマガエルは、真人を見ながら言った。

「おいおい」と、真人が困ったように言った。「まだわかっちゃいないようだな。けゐこを助けたければ、オレが行って救い出すしかないんだ。おまえの能力で、俺を南極の氷の中に閉じこめでもしたら、あの子を助け出せるヤツは、もう誰もいなくなるんだぞ」
 アマガエルは、口を真一文字に結ぶと、考えるようにして言った。
「悪魔は人の心を巧みに利用するなんてことは、信仰を多少なりとも持っているなら、知らない人間なんて、いやしませんよ。あなたの話が本当だとして、悪魔を目の前に、みすみす逃がしてしまえば、また誰かが悲しむに決まってるじゃないですか。だからまず、二度と悪さができない場所にあなたを飛ばして、あの子の行方は、……そうですね。十字教にでも、聞きに行くことにしますよ」



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大魔人(66)

2021-08-14 20:11:02 | 「大魔人」
 アマガエルは、トランクの取っ手に指をかけると、静かに引き開けた。

 ――カチッ。

 と、トランクのロックが、軽い音を立てて外れた。
 ゆっくりと、大きく扉を開けると、トランクの中には、目を疑うほど、意外な物があった。
 それは、緩い弧を描いて伸びる、螺旋階段だった。階段は、トランクの底に向かって、深く延びていた。
 アマガエルは眉をひそめると、トランクの中にそっと足を伸ばし、階段のステップに下り立った。
 奇妙な感覚だった。階段のステップに足を着くまでは、トランクの幅が体すれすれで狭苦しく、自由に身動きすることなどできなかったが、階段に下り立つと、広々として、狭さは微塵も感じられなかった。見上げると、開けられたトランクの扉が、小さな天窓のように、遠くに見えた。
 これは“為空間”なのか――と、アマガエルは、教団の連中の仕業かもしれない、と警戒して神経をとがらせた。
 スッと、階段のステップにしゃがんで耳を澄ませたが、風の音が過ぎていくだけで、はっきりとした物音は聞こえなかった。
 アマガエルは、そろそろと立ち上がると、足音を忍ばせて、螺旋階段を下りていった。
 どこに繋がっているのか。見た目以上に長い階段を下りていくと、石積みの壁が現れた。小さな窓から漏れ差す光が、ひんやりとした空間を薄らと照らしていた。壁に囲まれた空間を息をひそめながら進んで行くと、徐々に、見覚えのある場所であることがわかってきた。
 アマガエルがいる場所は、寺の石蔵に違いなかった。うずたかく積まれた木箱や、いつの時代の物かわからない道具類が、所狭しと置かれていた。ひんやりとした空気と、静かな空間。そして、鼻をくすぐるわずかなほこり臭さは、自分のよく知っている石蔵だった。
 階段を下りて蔵の中に踏み出すと、見た目は同じ石蔵なのだが、広さがぜんぜん違っていた。今、目の前に広がっている蔵は、奥行きこそ積み上げられた物で見通せなかったが、見上げるほど高い天井からすると、学校の体育館くらいの広さは、十分にありそうだった。

「コイツは、どうだろうな?」

 と、人の声がわずかに聞こえて、アマガエルは、思わずサッ――と、物陰にしゃがみこんだ。

「――どうだろう。材料も器材も、思うとおり集められなかったからな」

 と、少し野太い声が、もう一つ聞こえてきた。
 どうやら、少なくとも二人の人間が、蔵の中にいるらしかった。
 アマガエルは背をかがめたまま、積み上げられた箱の間を縫って、声のする方に進んで行った。
 蔵の奥に進んでいくと、急に視界が開け、なにも置かれていない空間が現れた。
 見ると、がっしりとした工作台のようなテーブルの上に、まぶしいスタンドが置かれていた。ごちゃごちゃと、物が積み上げられたテーブルの奥、光の向こうに、二人の人影が動いていた。
「これが完成したら、どうするんだ」と、男の一人が言った。物陰に、ちらりと見え隠れするその顔は、川に転落したはずの多田だった。
「“石”を取り返すまでは、この代用品で乗り切らなきゃならないな」と、子供のような声で、男が言った。「島に戻るまでには、泥棒から取り返してみせるさ」

「当てはあるのか?」と、多田が言った。

「ああ」と、言って顔を見せたのは、真人だった。
「ここ何日かで、協力してくれるやつを探しておいた」
「私以外に、本当にそんな人間がいたのか? 信用できるんだろうな――」と、多田は、不安そうに言った。
「心配するな」と、真人は笑いながら言った。「俺自身の分身だ。――分霊って言った方が、的を射ているかな。潜在的な記憶の断片を共有していて、本体である俺が復活するのを、手助けする使命を帯びているんだ」
「はじめて聞いたぞ」と、多田は、驚いたように言った。「あの島には、いなかったじゃないか」
「そりゃそうだ」と、真人が言った。「どこにいるかなんて、俺もわからないんだよ。鏡に向かって自分に話しかけることで、魂の繋がりを持った、そいつらの目を覚まさせる事はできるがね。だからといって、都合よくこちらの意志に従うとは、限らないんだ」
「おいおい――」と、多田が言った。「魂の繋がりがあるのに、そんなにあやふやなのか」
「別に、おかしくなんかないさ」と、真人が、フンと鼻を鳴らして言った。「親だって兄弟だって、それぞれ意志があって、思うとおりになんか、ならないだろうさ」
「――まぁ、そのとおりだな」と、多田は、くすりと笑った。

 と、アマガエルが、ひょっこりと姿を現した。

 真人は、アマガエルを横目で見ながら、話を続けた。
「――今回は、たまたま近くにいたんでね。後から向かいをよこすことで、話をつけておいたよ。アジトを変えるなら、この辺が潮時だからな」
「勝手に、人の家に上がりこんでもらっちゃ、困りますね」と、アマガエルが言った。「だからって、挨拶もなしで出て行くのも、許されませんよ」
 アマガエルと向き合って笑みを浮かべる真人の後ろで、多田が、驚いたように目を丸くしていた。
「気のせいじゃなければ、この世にいない人まで、迷いこんでるみたいですけどね」と、アマガエルは、多田を見ながら言った。



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大魔人(65)【11章 正体】

2021-08-13 19:10:28 | 「大魔人」
         11 正体
 父親である住職と共に、朝のお勤めを終えたアマガエルは、久しぶりに寺の蔵に籠もって、頭の整理をしようか、迷っていた。
 2日前。宝石店の支店長だった男が、ヨハンに追い詰められ、橋の上から転落した。アマガエルも見ていた目の前で、自ら川に身を投げた男は、アマガエルの緊急通報を受けた警察と消防によって、数時間後に痛ましい姿で発見された。
 遺体が発見されるまで、アマガエルは、現場から離れなかった。
 どうにかして、助けてあげられなかったのか。後悔にも似た思いに、駆られていた。
 しかし、その時の光景を何度思い返しても、同じように、躊躇するばかりだった。
 支店長だった男の様子が、どこかおかしかった。周りにいた男達も、やはり違和感を感じていたのか、追い詰めこそすれ、逃げる男をどうしたものか、判断しかねている様子だった。
 はじめて目にした審問官は、逃げる男に“ストーン”はどこか、と在処をたずねていた。
 意外だった。
 審問官は、悪魔を追っているとばかり、思っていた。その後ろをつけていけば、真人の行方にたどりつける。そして、真人の行方がわかれば、恵果の居場所も、自ずとわかるに違いない。と、アマガエルは考えていた。
 しかしその判断が、結果的に、男の命を救うチャンスを逃すことに、繋がってしまった。
 正直、悔しかった。
 依頼を受け、悪魔送りと呼ばれる秘密裏な儀式に関わることになったが、誰かを救うどころか、行く先々で、後戻りのできない出来事に巻きこまれてばかりだった。
 “ストーン”とはなんなのか。悪魔送りに関係ないとすれば、どうして審問官が在処を探しているのか。魔人と言われた真人との関連は、どういったものなのか……。
 関われば関わるほど、わからない疑問が、次々と積み上がっていった。
 しかし、ただひとつ。アマガエル自身が求めるものは、恵果の行方だった。
 彼女の居場所を突き止めなければ、キクノさんの依頼を果たしたことにはならなかった。また以前のような明るさを取り戻してもらわなければ、そもそも依頼を受けた意味がなかった。

「――?」

 寺の事務所の窓から、アマガエルがぼんやりと遠くを見ていると、外の通りを過ぎていった誰かが鳴らした、口笛のような音が聞こえてきた。
 はっ、としたアマガエルは、玄関を出ると、ジャガーを駐めてある車庫に向かった。
 駐車場の一角にある車庫に向かって、アマガエルは、敷き均した砂利を、ザクザクと踏みしめながら歩いていった。歩きながら、時折後ろを振り返り、寺の外に延びる道路と、砂利の敷かれた駐車場とを、見比べるように目を凝らした。
 車庫から車を出したようなタイヤの跡は、あたりまえに残されていた。ただ、それがいつつけられた物なのか、地面に薄らと残されたタイヤの跡を見ただけでは、はっきりとはわからなかった。
 ここのところ、自分の軽自動車には何度か乗る機会があった。しかし、父親のジャガーを借りて、どこかに出かけたことはなかった。住職である父親も、月命日の法要や会合には、もっぱら母親の軽自動車を使うことが多かった。最近、両親がドライブに出かけた、という話しも、聞いたことがなかった。もちろん、だからといって、住職がジャガーに乗っていない、と言い切れるものでもなかった。

 ガシャン――……。

 と、持ち上げようとしたシャッターには、しっかりと錠がかけられていて、開けられなかった。
 やはり、誰かが車に乗っているということは、ないかもしれなかった。
 それでも――と、アマガエルは、持ってきたキーでシャッターの錠を開けると、ガラガラガラ……と、車庫を開けた。
 あまり、開け閉めされていないせいか、シャッターの持ち上がる滑り具合が、ずしり、と重く感じられた。
 車庫に収められたジャガーの車体が、くりり、と大きな目をした顔を現した。
 きらり、とシルバーに輝くジャガーのエンブレムが、すっくと黒いボデーの先に立ち、静かな咆哮を上げていた。

「――」

 と、目の錯覚に違いないが、アマガエルは思わず、息を飲んで動きを止めた。
 時間とはいえないわずかな時間、ジャガーの左右のライトが、まばたきをしたように、ちらついて見えた。
 アマガエルは、手にしたキーをズボンのポケットに仕舞いつつ、青空に流れる雲のシルエットが写ったボデーを、指先で軽く撫でるようにしながら、車の様子を確かめていった。
 金属の持つ冷たさが、指先から伝わってきた。しかし、気のせいか、ゆっくりと進んで行くにつれ、温度だけではなく、ドキドキと、車が身震いするような感触も、指先から伝わってくるようだった。
 ため息にも似た深い呼吸をしながら、アマガエルは車庫の前に戻ると、ジャガーの正面に立ち、あきらめたように、シャッターに手を伸ばした。
 と、カチリッ――。見間違いでなければ、今度こそ確かに、車のライトが短く点滅した。なにかを、伝えたがっている? そんな、意志を持ったメッセージに思えた。
 シャッターに伸ばした手を下ろし、もう一度車庫の中に入って、なにか見落としがないか、車の周囲を見直していった。
 と、わずかだが、薄らと埃のついたトランクの取っ手が、その部分だけ、きれいに拭き取られたようになっていた。誰かがトランクを開け閉めすれば、取っ手の埃は、きれいにぬぐい取られるだろう。だが、ここしばらくは、誰もジャガーを車庫から出していないはずだった。だとすれば、トランクの取っ手がきれいになっているというのは、ありえないことだった。




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