くるりと回れ右をしたニンジンは、夢中で走った。
大きなケージを目の当たりにして、刑事の考えがとっさに理解できた。
ライオンに似た獣はすぐにニンジンに追いつき、鋭い爪を背中に伸ばした。
しかし、そこまでだった。ライオンに似た獣の鋭い爪に引っかかれる寸前、ニンジンはケージの中に滑りこんでやり過ごし、そのまま反対側から飛び出すと、待っていた警官がタイミングよく扉を閉めた。
ライオンに似た獣は、鉄格子に行く手を遮られ、慌てて引き返そうとしたが、別の警官が入り口の鉄格子も閉じ、まんまと中に閉じこめてしまった。
ガオーッ――……
ケージの上に乗っていた警官が下に降りると、ライオンに似た獣は、くやしそうに吠えた。
と、あらかじめ用意していたのか、渋いワイン色のビロードに似た大きな布が、ケージをすっぽりと覆うようにかけられた。
オーッという歓声と共に、拍手が起こった。
「ありがとうございます。また機会があれば、素敵な舞台をご覧に入れます。どうもありがとう――」
いつの間に来たのか、マジリックがニンジンの横で、集まっていた人達に深々と頭を下げていた。
拍手がよりいっそう、湧き上がるように強くなった。
戸惑っているニンジンの肩を、後ろから誰かが叩いた。びくりとして振り返ると、眼帯の刑事がいた。
「ご苦労さんだったな」
「――君塚さん」と、ニンジンが言うより早く、息を切らせた警官が言った。
「どうした?」と、眼帯の刑事は言った。
警官が指をさした先を見ると、ケージを覆っていたビロードが外されていた。
と、中にいたはずのライオンに似た獣の姿がかき消え、変わってスキンヘッドの男が、下着一枚だけを身につけた姿で、ベソをかいていた。
「ライオンを逃がしたやつらを見つけたって、警察に連絡したのは俺だよ。このとおりあやまるから、外に出してくれ、頼むよ――」
「帽子の男は」と、眼帯の刑事はニンジンに言った。
「ここに――」と、ニンジンは横を向いて指を指したが、つい今まで隣にいたはすのマジリックの姿が、どこへともなく消え失せていた。