片腕になった男が、左手で拳銃を構えた。しかし、彼の方がひと息早く、肩から下げていた自動小銃を腰だめに構え、しっかりと男に狙いをつけていた。
「安全装置は、はずしてある。拳銃を下に置いて、後ろに下がるんだ――」と、彼は言った。
男は、目をそらさずに拳銃の向きを変えると、足もとに置いてゆっくりと後ろに下がった。
彼は小銃を構えたまま、一歩、二歩と男に近づくと、銃口を空に向け、弾が尽きるまで撃ち続けた。
カランカラン……と、最後の薬きょうが音を立てて転がった。彼は、小銃を投げ捨てて言った。
「このまま立ち去るか、私を捕まえるか、道は二つある……」
と、彼が言い終わるより早く、リーダーの男は迷わず足もとの拳銃を拾い上げ、薄気味の悪い笑顔を浮かべながら、彼の顔に銃口を向けた。
二人のそばで、一部始終をうかがっていた私は、彼の意図に気がつき、とっさに言った。
「やめるんだ!」
叫んだが、男は耳を貸さなかった。かわいそうな目をした彼が、ため息をつくような顔で私を見ていた。
あられが水たまりに落ちるような音を立て、暗い夜空の彼方から加速度に乗って降り注いだ銃弾が、次々と男の体に突き刺さった。彼が空に向けて撃ったものだった。
私は、倒れた男に駆け寄り、目も当てられないほどの致命傷におろおろしながら、彼に怒りをぶつけた。
「なんてことをするんだ、お前は人間じゃない」
彼は、遠くを見るような目で私を見ながら、無表情に静かな口調で言った。
「彼には立ち去ることもできたはずです。私をひどい目に遭わせようとさえしなければ、明日にはふかふかのベッドの中で、心地よい眠りにつけていたでしょう」
目の前で起こった事が信じられず、私は震えながら、その場に座りこんでしまった。
「なんて事だ……」と、私はこの時、何度もうわごとのように繰り返していたのだと思う。彼に体を支えられ、歩いて港を後にしたことだけは、今でもはっきりと覚えている。
「君は、なぜ追われているんだ。あの連中は一体、何者なんだ」と、私は彼に聞いた。「もしかすると、原因は私にあるんじゃないのか?」
「隠さないで教えて欲しい」と、私は立ち止まり、彼の胸えりをつかんで、詰め寄った。「どうして隠すんだ。私は何をやったんだ――」
彼の胸をつかむ手が、わなわなと震えていた。涙が、とめどなく溢れて頬を伝った。
「申し訳ありませんが、博士に何があったのか、私にはわかりません」と、彼は震える私の肩に手を置きながら、静かに言った。「もしかすると、私に関係があるのかもしれませんが、事実は、ご自分の目で確かめる以外にないと思います」
そして、彼は話し始めた。
4
「私のことは、どこまで調べられましたか」
私は、ポケットにねじこんだ新聞記事を取り出すと、事故の記事を彼に手渡した。そして、記事に書かれた神という教授が彼であること。不可解な事故にあったと思われていたが、実際にはこうして無事でいることなどを、推測と前置きしつつ、拾い集めた情報をつなぎ合わせて話をした。
「――ご推察のとおり、私は神です」と、彼は自分の正体を明かした。
「しかし、君が神教授なら、確かに事故にあったはずでは――」
「この記事にある、髪のことですか?」
私はうなずいた。
「私の研究室で、私以外の髪の毛が見つかる方が、不自然ではないでしょうか」と、彼は私に新聞記事を返しながら言った。「不審火の疑いをかけられ、警察があれこれ嗅ぎ回るのを嫌った人間が、事実を霧の中に隠そうとして、苦し紛れにねつ造した証拠にすぎません」
「しかし、事故じゃないとすれば――」
「事故というのは、意図せず起こるものです。しかしあの火災は、私が故意に起こしたものなのです。その理由は、私の命を脅かすような警告を発し続け、自分達の仲間に加えようと迫ってきた連中への、私からの回答です。いわば、宣戦布告にほかなりません。報道では取り上げられませんでしたが、火災を起こした研究室には、私が彼らに残したメッセージがありました。それぞれの正しい方角に書いた数字です。数字を使って、私は自分の研究室に独立した空間を作りました。たとえ火災が起こったとしても、研究室だけが燃える計算でした。独立した空間と、別の空間を数学的につなげ、意志によって操作することで、私はマジシャンにも負けない完璧な脱出を成功させました。火災を起こした研究室から、まったく別の場所へと移動したのです。」
「そんなことが――」
「私達が港に移動したのも、同じ方法を用いた結果です――」
「しかし、それはあまりにも危険じゃないのかね――。だいたい空間を操作すれば、時間が……」と、私は言葉を飲みこんだ。
「おっしゃるとおりです。空間移動には、それなりの乗り物が必要です。しかし、現代の我々には、時間の海を乗り越え、無事でいられるほど頑丈な船を造る技術がまだありません。時間の影響を最小限におさえ、空間移動を可能にしようとすれば、そこにはどうしてもひずみが生じてしまうのです」
「……わかったぞ。だから私達はここへ、行き先を指定できないんだな――」と、私は言った。「しかし、なぜ君はこんな危険なことを続けるんだ……。研究者としての将来を捨て、事故を装って自分の存在を社会から消し去ってまで、たった一人で戦わなければならない理由とは、一体どんな事なんだ」
「……信じられないかもしれませんが、私達が科学によって究明しようとしてきた真理は、既に発見されているのです。真実の知識は、科学者がまだ発見していない未知の真理を含め、そのほとんどが歴史の闇に封印されてきました。本来なら、人類すべてが共有していなければならない知識は、自らを”神の杖”と称する秘密結社によって、独占的に管理され、厳重に守られた金庫の奥で、限られた一部の人間以外には見ることも許されず、永い眠りにつかされているのです――」
「安全装置は、はずしてある。拳銃を下に置いて、後ろに下がるんだ――」と、彼は言った。
男は、目をそらさずに拳銃の向きを変えると、足もとに置いてゆっくりと後ろに下がった。
彼は小銃を構えたまま、一歩、二歩と男に近づくと、銃口を空に向け、弾が尽きるまで撃ち続けた。
カランカラン……と、最後の薬きょうが音を立てて転がった。彼は、小銃を投げ捨てて言った。
「このまま立ち去るか、私を捕まえるか、道は二つある……」
と、彼が言い終わるより早く、リーダーの男は迷わず足もとの拳銃を拾い上げ、薄気味の悪い笑顔を浮かべながら、彼の顔に銃口を向けた。
二人のそばで、一部始終をうかがっていた私は、彼の意図に気がつき、とっさに言った。
「やめるんだ!」
叫んだが、男は耳を貸さなかった。かわいそうな目をした彼が、ため息をつくような顔で私を見ていた。
あられが水たまりに落ちるような音を立て、暗い夜空の彼方から加速度に乗って降り注いだ銃弾が、次々と男の体に突き刺さった。彼が空に向けて撃ったものだった。
私は、倒れた男に駆け寄り、目も当てられないほどの致命傷におろおろしながら、彼に怒りをぶつけた。
「なんてことをするんだ、お前は人間じゃない」
彼は、遠くを見るような目で私を見ながら、無表情に静かな口調で言った。
「彼には立ち去ることもできたはずです。私をひどい目に遭わせようとさえしなければ、明日にはふかふかのベッドの中で、心地よい眠りにつけていたでしょう」
目の前で起こった事が信じられず、私は震えながら、その場に座りこんでしまった。
「なんて事だ……」と、私はこの時、何度もうわごとのように繰り返していたのだと思う。彼に体を支えられ、歩いて港を後にしたことだけは、今でもはっきりと覚えている。
「君は、なぜ追われているんだ。あの連中は一体、何者なんだ」と、私は彼に聞いた。「もしかすると、原因は私にあるんじゃないのか?」
「隠さないで教えて欲しい」と、私は立ち止まり、彼の胸えりをつかんで、詰め寄った。「どうして隠すんだ。私は何をやったんだ――」
彼の胸をつかむ手が、わなわなと震えていた。涙が、とめどなく溢れて頬を伝った。
「申し訳ありませんが、博士に何があったのか、私にはわかりません」と、彼は震える私の肩に手を置きながら、静かに言った。「もしかすると、私に関係があるのかもしれませんが、事実は、ご自分の目で確かめる以外にないと思います」
そして、彼は話し始めた。
4
「私のことは、どこまで調べられましたか」
私は、ポケットにねじこんだ新聞記事を取り出すと、事故の記事を彼に手渡した。そして、記事に書かれた神という教授が彼であること。不可解な事故にあったと思われていたが、実際にはこうして無事でいることなどを、推測と前置きしつつ、拾い集めた情報をつなぎ合わせて話をした。
「――ご推察のとおり、私は神です」と、彼は自分の正体を明かした。
「しかし、君が神教授なら、確かに事故にあったはずでは――」
「この記事にある、髪のことですか?」
私はうなずいた。
「私の研究室で、私以外の髪の毛が見つかる方が、不自然ではないでしょうか」と、彼は私に新聞記事を返しながら言った。「不審火の疑いをかけられ、警察があれこれ嗅ぎ回るのを嫌った人間が、事実を霧の中に隠そうとして、苦し紛れにねつ造した証拠にすぎません」
「しかし、事故じゃないとすれば――」
「事故というのは、意図せず起こるものです。しかしあの火災は、私が故意に起こしたものなのです。その理由は、私の命を脅かすような警告を発し続け、自分達の仲間に加えようと迫ってきた連中への、私からの回答です。いわば、宣戦布告にほかなりません。報道では取り上げられませんでしたが、火災を起こした研究室には、私が彼らに残したメッセージがありました。それぞれの正しい方角に書いた数字です。数字を使って、私は自分の研究室に独立した空間を作りました。たとえ火災が起こったとしても、研究室だけが燃える計算でした。独立した空間と、別の空間を数学的につなげ、意志によって操作することで、私はマジシャンにも負けない完璧な脱出を成功させました。火災を起こした研究室から、まったく別の場所へと移動したのです。」
「そんなことが――」
「私達が港に移動したのも、同じ方法を用いた結果です――」
「しかし、それはあまりにも危険じゃないのかね――。だいたい空間を操作すれば、時間が……」と、私は言葉を飲みこんだ。
「おっしゃるとおりです。空間移動には、それなりの乗り物が必要です。しかし、現代の我々には、時間の海を乗り越え、無事でいられるほど頑丈な船を造る技術がまだありません。時間の影響を最小限におさえ、空間移動を可能にしようとすれば、そこにはどうしてもひずみが生じてしまうのです」
「……わかったぞ。だから私達はここへ、行き先を指定できないんだな――」と、私は言った。「しかし、なぜ君はこんな危険なことを続けるんだ……。研究者としての将来を捨て、事故を装って自分の存在を社会から消し去ってまで、たった一人で戦わなければならない理由とは、一体どんな事なんだ」
「……信じられないかもしれませんが、私達が科学によって究明しようとしてきた真理は、既に発見されているのです。真実の知識は、科学者がまだ発見していない未知の真理を含め、そのほとんどが歴史の闇に封印されてきました。本来なら、人類すべてが共有していなければならない知識は、自らを”神の杖”と称する秘密結社によって、独占的に管理され、厳重に守られた金庫の奥で、限られた一部の人間以外には見ることも許されず、永い眠りにつかされているのです――」