「そういうことじゃないんですよ」と、スーツを着た子供は言った。「あなたは冥界に行かなきゃいけないんです。今すぐにです。延長も遅延も許されないんですよ。そのために私は迎えに――じゃない、指導に来てるんです。わかってますよね。ここのところ毎日毎晩、あなたが無視できないように、ぴったりと後をつけ回しているんですから」
「わかってるよ」と、伊達はうなずきながら言った。「死神はつくづく暇なんだなって、実感している」
「覚えてくれるまで言いますが、私は指導員、第002001号です」と、スーツを着た子供は言った。「あなたみたいに、死神に間違われることはしょっちゅうですが、正直、死神に会ったことはありません。――いえ、冥界の受付にいた偉い人なら、ちらっと後ろ姿を見たことはありますけどね。会ったことなんてありません」
「何度も言うが、その長ったらしい番号なんて、いちいち覚えちゃいられない」と、伊達はため息交じりに言った。「いっそのこと“Q”とかって名前にした方が、見た目と比べてもしっくりくる気がする」
「名前なんて――」と、スーツを着た子供は言った。「冥界に入れば、現世(うつしよ)のことにいちいちとらわれてちゃ、生活できないんですよ。性別も、年齢も、背の高さも、声の低さも、どうでもいいんです。あるのは魂だけですから。名前なんていらないんです。私がこの姿であなたの前にいるのは、生前の姿がたまたまこうだったからなんです」
「なるほど。よくわかったよ」と、伊達は言った。「お化けの男の子だから、“Qタロウ”のほうがぴったりだな」
「いい加減、その見下したような言い方には辟易してきました」と、スーツを着た子供は言った。「私が死神だったら、あなたの魂をさっさと抜いて持ち帰っていますよ。何度も言わせないでください。私は、冥界の代理人です。簡単に言えば、これから死者になる人のお手伝いをするマネージャーなんです。故人が冥界に移住するまでが、私の仕事です」
「――だったら、今のこの借金の取り立てみたいなやつは、おまえの仕事じゃないんだろ?」
「取り立てだなんて……私の仕事をそんな風に思ってるんですか? 心外ですねぇ」と、スーツを着た子供は言った。「話しはまた繰り返しになりますが、あなたはもうとっくに息を引き取ってるんです。だからあなたを担当する私が、冥界に旅立つあなたのお手伝いをしなきゃならないんですよ」
「バスの時に助けてくれたのは、感謝してもしたりないくらいだ」と、伊達は言った。「でも確かあの時、おまえは心臓の止まった俺の体を蘇らせて、冥界から逃げ出したヤツを捕らえさせたんじゃなかったか。あれは俺に、もう一度生きるチャンスを与えてくれたってことなんだろ」
「――ハイ、ハイ」
と、スーツを着た子供が首を振って言った。
「その話を思い出すたびに、私は生きた心地がしなくなります。冥界の住人が生きた心地、だなんていうのはおかしいと思われるかもしれませんが、これでも魂は持っているんです。あなたが私の過ちをことあるごとに持ち出して、あなたがこの世に残っている責任を私に転嫁しようとするやり方には、ほとほと嫌気がさしているんです」