ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをブログにまとめています

来りて、見よ。はい。そうします。

2020-11-04 10:01:37 | 喜び
 最近になって「来りて、見よ」と牧師が書いてくださった小さな色紙を仕舞い込んでいたことが気になって、目にとまるところに掛けました。この色紙をいただいた時のいきさつはすっかり忘れたのですが、ヨハネ1:46のピリポがナタナエルに行った言葉「来て、そして、見なさい」を思い起こし、聖書の前に来て座りました。その前にイエス様がバプテスマのヨハネの弟子たちに「来なさい。そうすればわかります」も見ました
原典では 「来なさい」「来て」 は同じ言葉。 
「そうすれば」「そして」 は同じ言葉。
「わかります」「見なさい」 は同じ言葉。
そのようにわかりました


 私は、キリストのからだである教会の働きの周辺にいて満足するのではなく、中心に位置して仕えて、教会に骨を埋めることを決心して教会にの近くに引っ越して来たことを思い出しました。

「来りて、見よ」という言葉について色々と思い巡らしている時、教会の屋上で青年たちが伝道集会をしていることを思い出し、アパートのベランダに出て、そして見たら、屋根にするテントを張って準備している様子が見えました。

伝道集会の祝福を祈り、ベランダから望遠で写真を撮りました。
そして、私の所属している小グループのラインに送信。
また私が弟子づくりをしている姉妹に送信。
弟子づくりをしている人で、その娘さんに伝道してその娘さんが初めて教会に来ているという、これから孫弟子づくりもしようとしている姉妹にも送信。
それぞれの兄姉が、その場所で、伝道集会のために同時に祈ることになりました。

 神様が招きに応えて一歩進むと、そこにはこれから主がなさろうとしているさらに大きなご計画と使命と備えを見ることとなり、またさらに次の一歩へと喜びと確信を持って進めると思います。期待しつつ、喜んで、教会へまたキリストの働きへ献身します。

コメント
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