紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

32 部屋

2021-12-26 08:39:25 | 夢幻(イワタロコ)


 俺はドアを開けて入った。
 部屋の中央にパイプ椅子が一脚ある。全神経を耳に集め、椅子に腰を下ろした。
 第二販売部だった空き部屋の窓から道を隔ててビルが見える。左右は白い壁。八号の日本画が掛けてある。青い風景に白馬が一頭。湖で水を飲んでいる絵だ。
 ドアに神経を向けたまま目を閉じた。いつか、同じような環境を体験した気がする。
「ようく自分の心ん中を覗いて見ろ」
 父の声が蘇った。突き放されたような孤独感に被われたまま、物置小屋に立っていた。中学三年生だった。
 小屋の軒下に小さな蜂の巣があった。一匹の蜂が羽音をさせ出入りしていた。泥を吐き巣の拡張工事中だ。
 友人との諍いは、単なる俺の嫉妬心か、競争心か、独占欲か、虚栄心か。あの時父は見抜いていたのだろう。

 ドアが開いた。俺の新たな上司となった第一販売部々長の気配がする。目を開け、前方を見たまま起立した。部長は、俺の前に立った。缶コーヒーを持っている。
「まぁ座れ、飲まないか」
 椅子は一脚だ。部長は俺の親父に近い年齢だ。座るわけにはいかない。
「君はどう思うかね。一枚の絵が掛けてあって、それと一脚の椅子だけのこの部屋を」
 部長の言わんとすることが分からない。
「はぁ、子供の頃を思い出しました」
「親父に怒られたことでも思い出したかね」
 部長は声を上げて笑った。
「そうか。今日は良い天気だな。昼休みに公園にでも行って来い」
 俺は独りになった部屋で椅子に掛けた。

著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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今記事が今年最後となりました。
拙作をお読みいただきありがとうございました。
「イワタロコ」シリーズは、あと3作で終わります。
次回も掌編を予定しております。
皆様には良いお年をお迎えくださいね。