紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

35 夢幻

2022-01-16 08:27:43 | 夢幻(イワタロコ)


 両足を広げ踏ん張るように叔母が立っていた。いつもの黒ずくめのスタイルとは違って、ジーンズにベージュのブルゾンを着て腕を組んでいた。道の反対側には叔母の経営する『カフェ・魔女』がある。
 俺は声を掛けるのを躊躇い立ち止まった。
 喫茶店の駐車場に、大型の重機が停まっていた。『大東解体』と記されたクレーンは、エンジン音を響かせている。
 長い首がゆっくり店の屋根に向かった。大きな口を広げ、三角屋根の右端に噛みついた。
 屋根全体を振るわせて手前に引く。堪え性もなく屋根は引きちぎられた。反動で細長い嵌め殺しのガラス窓は粉々に散り、レンガ壁は固まりのまま花壇に倒れた。
 作業員の一人が立ちこめる埃に向かって放水をする。もう一人が何やら叫んだ。
 見ている間に店の前部分が崩れた。奥に、カウンターを照らしていたライトや作り付けの食器棚、コーヒーミルのあった台が見える。
「叔母さん」
「ああ、来てくれたの」
「大丈夫?」
「あ、ははははぁ。あたしは大丈夫よ。借りた土地を元に戻して返すのが約束だから」目が潤んでいた。
「何年営業したの?」
「四半世紀」
「へぇー、俺が生まれた頃始めたんだ」
「カフェ・魔女はもう消えるわ」
 俺は何とも言えなかった。
 重機は容赦なく解体し続ける。
 叔母が溜息をついた。一気に年齢を重ねたように体の筋肉を緩めた。数センチ縮んだ体がよろめき、呟いた。
「これから何をしようかなぁ」




著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
今回が最終回です。楽しんで頂けましたでしょうか? 


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人生路華やぐ雪の日もありし