「これ、なんの花かしら」
私は『紅い花』の絵の前に立ち止まった。
「何の花でもいいのよ。見る人によって違っても。私は毎日でも見ていたいくらい好きな画家よ」
絵描き仲間の礼子が絵から目を離さないで言う。凝った造りの額縁に入った絵は、絵の具を何層にも重ねてあるが、色は濁らず、対象物の形は徹底的に省略されている。
――どうしたらこのような省略を『良し』とすることが出来るのだろう。
「沢山描いた後で、最後にそこへ辿り着いたのだろうと思うけど」
礼子はそう言って、創作意欲が湧き出てきたのか、両手を揉みしだいた。
三岸節子の生誕百年記念展は、平日にもかかわらず混み合っていた。礼子が分厚い画集を買い求めた。私は、『紅い花』の絵のポストカードを一枚だけ買った。
ポストカードをパソコンの側に立てかけた。
じっと『紅い花』の絵を見た。到底辿り着くことの出来ない世界だ。
物入れに重ねてある絵の中から一点を引き出した。六号にクチナシの白い花を丹念に描いてある。暫く眺めた。
パレットに絵の具を出した。手直しを試みることにする。
丁寧に描き込んだものをどうしても崩すことが出来ない。
筆を二十本ほど立ててある空き缶の中から一番太い筆を握ると、パレットにある絵の具を全部一気に混ぜた。
濁った茶色をたっぷり筆に取り、白い花を叩き付けるように塗りつぶした。
油の匂いが部屋中に広がった。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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