伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

心さえ健康であれば

2008-10-09 18:30:21 | Weblog

先日の町内会活動での夜警当番の時、70歳代後半の男性
とペアで3kmほど歩きました。
私は最初、彼の歩くペースを気遣っていたのですが、それは
余計な心配でした。 彼の運動靴を見れば、普段歩いている
方だと分りました。
彼はとても歩く姿勢の良い人でした。 人間の老化は、足元
からとは良く聞きます。 最近の若い人には、ズボンを御尻
のギリギリまでズリ下げて、ダラダラと歩く姿を見掛けます。
私は、彼の様な老人に成りたいと思いました。
それで、彼の食生活などを色々と歩きながら質問しました。
やはり、少量の野菜と魚と米でした。
彼いわく、これでも御馳走だと仰っていました。
彼の体の成長期は、戦争の為に本当に飢餓状態だったそう
です。 都会に住んで居た為に、何も食べ物が無い状態で
育ったそうです。
肉体の大事な成長期を栄養不足で過ごしても、後年に影響
しないものだなと思いました。
食べ物が多少不足していても心が健康であれば、肉体面も
カバー出来るのでしょう。

憑霊が頻繁に起こる人には、体が弱い人が多いです。
*他所からの霊的磁気に心身を任せる事を意識的にする
  から、肉体に霊的垢が残存して病弱になる場合。
良く当たる占い師も、一種の憑霊による選択作業をしている
ので、晩年の健康は良くありません。
*栄養不足で体力が弱り、神経が極度に疲労している為に
  他の霊的存在の影響を受けてしまう場合。
などが、霊の干渉を受け易い時です。
人間は飢餓が進むと幻覚を見ます。
これは肉体が弱った所へ、他の霊的磁気が干渉するから
です。 肉体が弱って、霊体が強く成ったと主張する人が
いますが、大きな間違いです。
有名な仏教系の修行でも、意識的に極度の飢餓・寝不足・
肉体疲労を起こさせて、仏を観る行法があります。
この場合も、観た神仏の正邪の真贋が重要視されます。
自身が観た形象の特徴を先達の経験者に説明して、その
正邪の判断を仰ぎます。
もちろん、その内容は秘中の秘です。同じ修行者間でも話さ
れることは有りません。
私の霊的経験では、おそらく観た形象の足元に関する説明
判断だと思います。 顔などは当てに成りません。

この様な、自分の肉体や心が疲弊した状態で観る神仏は
無視するのが一番安全です。
健康な肉体と精神状態では、形象を見ずに、ただ日常の
全てに有り難さを感じるものです。
目にする物全てに。
これは、形象を超えた姿無き高位の神仏存在に触れてい
ます。 これは、カンナガラ=自己に内在する神と共に、
の最高の神懸り状態です。
幽霊や魔物を見る様では駄目です。
自分自身がそれに同調できる、同じ迷う心の持ち主だと言う
ことです。

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コメント (196)
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