おだにゃら記

地元小田原市中心のゆるゆるフィールドワーク備忘録。
歴史、神社関連、あとはいろいろ。

内山地区 里山の春めき桜 

2024年03月28日 14時35分00秒 | お出かけ
南足柄の内山地区
保福寺の通りを走ってたら



川の向こうの畑に春めき桜がかたまって咲いてるのを見つけました


雨降りのせいで写真がレトロっぽい

酒匂川の小さい支流
内川にかかる下田橋
最近塗り直したみたいでピカピカ

春めき桜はこの橋のすぐ先











やっぱり雨のせいでレトロになるー

時代劇みたい



内山は昔ながらの里山の風景が残されており、神奈川県の里地里山保全等地域に選定されています。

上の道沿いに大森氏所縁の保福寺や内山城跡があるので、
それ関連で初めて内山を訪れた時にはもう、
眼下に広がる里山 というか藪だらけの平地に
大森時代の館や村が見えるようでワクワクしたものです。



神奈川県のウォーキングコースとしても紹介されてる内山地区

まっすぐ行くと南足柄運動公園に出るって知らなかった。
いまいち南足柄の地図が明確にならない頭。



帰りに小田原フラワーガーデンへ



セージの花壇に黄水仙が。
どうするセージっ




最近やっと木蓮とコブシの違いを学習しました。
これは木蓮ですね。




サンシュユ(山茱萸)
めまいの薬になるそうです。



桜蕊の残る河津桜。
散ってなお煌めいてます。



そしてフラワーガーデンにも春めき桜。
まだ若い樹ですが溢れんばかりの花つき。

小田原市内にはまだ春めき桜は少ないので、
これからもっと増えるといいなと思ってます。






最明寺史跡公園 まだ咲いてないけど隠れた桜名所

2024年03月26日 01時26分00秒 | 

松田町松田庶子にある最明寺史跡公園は

鎌倉時代にあった西明寺(昔はこの字だった)の跡地です。


石碑やわずかに石像仏がある程度で寺の遺構らしきものはないので今まであまり心惹かれてなかったのですが

最近ネットの動画で桜の隠れた名所だと知り

行ってみたい気持ちが沸々と。

 


 
でもかなりの山奥。
松田山山頂のチェックメイトカントリークラブのさらに先です。
 
おまけにGoogleのクチコミでは公園までの道路はすれ違いできないほど狭いとか。

登山する方達にはちょうど良い休憩地点なのでしょうけど、車で行くのはちと大変そう。
 
それでも気持ちは沸々してますので、本格桜シーズン前なら人も少ないだろうと、
下界で春めき桜を満喫した後に登ってみました松田の山。
 
 

公園入り口
この先に5台ほどの駐車スペースあり。


チェックメイトカントリーまでは普通の山道でしたが
山頂過ぎて公園までの残り500メートルほどがクチコミ通りかなりの狭さ。

山道の運転大好きな夫でも(私は滅多に運転しません・・)
対向車が来ないことを祈るしかないと焦りながらなんとか到着。


池を中心としたこじんまりとした公園です



情報が古すぎる案内板 笑
 
 

松田町公式に掲載されてるこのマップが現在の姿
 
 

ヤマビルに名前がついとるー

山野ヒルくんですよろしく



寄の方では令和4年にもクマ情報出てますし、
松田山北には普通にクマいます。
気をつけましょう。


管理事務所に貼られていた写真

4月上旬にはこのようになるんですね。
素敵です。












この時見られたのは散りかけの河津桜と早咲きの白い桜(?)くらい。

下山中の登山者が数組通っただけで人はおらず。
しんと沁み渡る静けさです。






階段の上の護摩堂跡

この盛り上がりに石積みが残されてるらしいのですが気づきませんでした。





護摩堂跡の石碑と石造物

不動明王や聖観音ですが年代はわかりません



最明寺の開山源延はこの由来碑では加藤実長となってますが、実長という人物は加藤家系図には見られないので加藤景長の誤りだとされています。
そして源延は景長本人ではなくその叔父です。

加藤氏は源頼朝挙兵に初期から参加しており、源延の兄である景廉が山木兼隆を討ち取るなど大きく貢献して鎌倉幕府の重臣となってます。


執権北条氏の保護を受け栄えた西明寺でしたが、
鎌倉幕府滅亡後は関東争乱の中で荒廃。
1469年(文明元)に大井町金子に引っ越して最明寺と字を変更して再興されます。


やはりこんな山奥より平地のほうが何かと楽ですよね…






ピクニックできる広場



公園入り口すぐにある
からさわ古窯跡群の のぼり窯

なんと奈良時代の窯です。



昭和40〜50年代に東名高速道路拡張工事で発見され道路のため壊されることになったので、
のぼり窯一基だけ最明寺史跡公園に移築されました。



実際の窯の場所は東名高速沿いで
ここで焼かれた瓦が酒匂川を舟で下り千代廃寺に使われました。



のぼり窯と一緒に横穴墓も発見されていて、
瓦職人集団との関連性が窺えます。
このあたりに瓦職人が大勢住んでいたんですね。



移築とはいえ奈良時代のこんなに状態のよい窯跡を見たのは初めてだと思います。

なかなかの驚き。









なお、
4月に入ったら桜を見にもう一度行きたいのですが
夫があの道はもう走りたくないと言ってるので

たぶん行けません。



参考文献
「伊豆山源延とその浄土教」三田全信
「相模国分寺の研究」國平健三


一ノ堰ハラネ 満開の春めき桜

2024年03月21日 01時48分00秒 | お出かけ
先週の篠窪の春めき桜は7分咲きでしたが

本日春分の日 あ、もう昨日だ。
南足柄市怒田の一ノ堰ハラネの春めき桜は見事に満開。






斜面を流れるように植えられている春めき桜








ちょっと足場悪いけど土手の上も歩けます



JAかながわ西湘の駐車場から



実際に現地を歩いて花見したのは初めてなので感激しました。
ほんとに素晴らしい。



そういえば
春めき桜の説明を今まで一度もしていなかったです。

春めき桜とは
2000年に品種登録された南足柄市発祥の早咲桜。別名足柄桜。
開花は3月中旬。河津桜より薄くソメイヨシノより濃いピンク色がなんとも言えず可愛らしい。

南足柄市を中心に近郊で植えられ始めたのが2000年以降ですから、
このように立派に育って花見の名所となったのは最近のことで、私も6年くらい前に篠窪で初めて知ったんですよ。







ちなみに「一ノ堰ハラネ」という名称ですが、
酒匂川の文命用水の一ノ堰からの水路、ハラネは斜面や土手の意味だそうです。




ハラネの上のJAかながわ西湘の駐車場(無料)が満車だったので
南足柄運動公園(無料)に駐車しました。

南足柄運動公園からだと徒歩15分とけっこうかかるのですが
怒田の景色や春の草花が素敵であまり苦になりませんでした。



こんな道を通る




春めき桜の土手まで伸びる一ノ堰の水路。

この石碑は三界萬霊塔の上の部分だと思われます。
なぜこんなところに。





斑目浄水場とそのお庭





梅林発見








道祖神ありました

こんな感じの楽しい往復30分



朝日観音堂がすぐ近くなので
帰りに寄ってみました。

2年前に来た時は茅葺き屋根が崩れそうで心配したのですが


まだ直されてないっ



心配ですね…


今年も篠窪の春めき桜

2024年03月19日 14時02分00秒 | お出かけ
地元紙によると春めき桜が見頃だとか。

この情報は南足柄の春めき桜のことなので
私の好きな篠窪はまだなんじゃないか
(なんとなく南足柄より遅く感じてる)

でも一応見てみよう

と16日土曜日に
コーヒー(ビオトピア)買うついでに寄ったら











じゅうぶん見頃でした。7分咲きくらい。

ありがとう地元紙。





明日の春分の日にはほぼ満開になることでしょう



天気はいいけど霞が濃くて富士山は見えず


まぶしい菜の花




ちなみに昨年は3月12日に満開を見にきてました。

ということは今年は少し遅めですね。



江の浦の昌満寺と大美和神社

2024年03月12日 17時07分00秒 | 神社
先週
根府川旧道を通ったらおかめ桜がほぼ満開でした。







根府川は土地柄、
飲食店や宿泊施設を利用する以外は駐車スペースがほぼないので
走る車内から眺めるしかなく撮影もしづらく…

上の2枚は小田原市HPからのものです。



可憐なおかめ桜から一転
小田原城カントリー付近まで登ると前日の雪が残ってました。寒っ

なぜこんなとこまで来てしまったのか。



白糸川上流




気を取り直して
江の浦の昌満寺に寄りました。









境内からの眺め

昌満寺は裏の墓地にあるつつじ園が人気だそうで
4月終わり頃また来てみようと思います。

猫もたくさんいるらしいけど
この日は誰にも会えずさみしい限り。



昌満寺駐車場から見える
お隣の大美和神社の御神木



大美和神社

階段ちょっと大変
左の道路脇に迂回路ありました。


蔵王神社が大戦中に大美和神社と改称されたと。なぜだろう。

根府川の寺山神社や米神の八幡神社同様、
ここでも鹿島踊りが奉納されていましたが
2011年以降は東北大震災の影響や担い手の減少のために中断したそうです。
現在の状況は不明。






拝殿から石垣を登ったところに本殿がある模様



拝殿右に階段がありました

このように完全に本殿が離れてるのは珍しいです。





これはなんだろう



境内からの眺め

昌満寺より位置が高いのでさらに素敵です。