おだにゃら記

地元小田原市中心のゆるゆるフィールドワーク備忘録。
歴史、神社関連、あとはいろいろ。

入生田山神神社 後河原村のロマン

2024年04月26日 22時19分00秒 | 神社
入生田

小田原市民しか読めない地名として時々話題になりますが
読みは「いりうだ」「いりゅうだ」
早川沿いに箱根町湯本と接する小さな集落です。

生田(ウダ)とは湿地の意味。
このあたりは早川の古い流路のため湿地が広がっており、
その中にあった集落だから入生田。
地名の由来はそんなところ。



江戸時代初期、入生田村から後河原(うしろかわら)村が分かれて成立しました。

後河原村の場所は現在の地球博物館から温泉地学研究所あたり。
その頃の早川は現在より北側、今の国道1号線付近を流れていたので、入生田村と後河原村は早川により隔たれていました。
(画像は私がやっとのことで完成させた想像図です)

風土記には戸数三とあり、とても少人数の村。
そんな少ないのになぜわざわざ分村したのか不思議です。
なにか事情があったのでしょうか。
 

天和年間(1681〜83)に洪水があり、
川の流れが南へ移動し、さらに川幅が広がり後河原村の人々の土地は流失、
村人たちは入生田村に移住します。

村ができてわずか100年未満で流されてしまったんですね。




現在の早川の流れ

入生田村に移住しても後河原村は存続しており(戸数は増えたのでしょうか?)
明治13年になって入生田村に合併されました。

今でも入生田には後河原村の子孫がいらっしゃるそうです。



入生田の鎮守
旧東海道沿いにある山神神社(さんしんじんじゃ)

風土記の頃は山神社、祭神は大山祇命。
木挽き、杣職人が山の神を祀ったとされてます。

拝殿の隣に小ぶりな鳥居と石祠があります。
この石祠は流失した後河原村の山神社から遷されたものです。




後河原村成立の頃に作られたのか、時代の流れを感じる古い石祠。

確たる資料はなく言い伝え的かもしれませんが、
後河原村の鎮守があった場所は牛裂き河原と呼ばれていた、という話があります。

牛裂きというと、あの恐ろしい牛裂き刑のことなのか?
それとも単に牛を解体するところだったのか。
なぜそんな場所に後河原村の鎮守が?

何にせよ、嫌な想像をしてしまうワードです。





天狗の団扇デザインの燭台

社殿にも天狗の彫刻があります。
山の神繋がりでしょうが詳細は不明。



末社の祠がいくつか


笠付きの庚申塔は宝永3年(1706)とあり
けっこう古い。
後河原村が入生田村に戻ってきた頃です。


地球博物館の資料によると
ここの境内は小さいながら自然豊かな環境が残されており
特に珍しいダニが多く生息してるそうです。

マダニなど危険なヤツはいなそうなので大丈夫。



旧東海道からの参道は民家に囲まれわかりにくい上に急階段。

紹太寺側からだと楽に入れるし寺の駐車場も利用できるので便利です。




私は板橋で育っており、学区が同じ入生田には仲良しの友達がいて、こどもの頃は時々遊びに来ていました。

ですが後河原村のことは全く聞いたことはなく
最近山神神社を調べるにあたって知った次第。

近隣に謎に満ちた小さな村があったなんて
(勝手に謎に満ちてると思ってる)

ちょっとロマンを感じてしまう発見でした。


極上の邸園散歩 秩父宮記念公園 

2024年04月17日 00時10分00秒 | 博物館、イベントなど
御殿場の秩父宮記念公園へ




秩父宮両殿下が1941年(昭和16)から10年間住まわれた別邸。

妃殿下の遺言により御殿場市に遺贈され、
2003年に秩父宮記念公園として公開されました。



御殿場も桜は見頃を過ぎてますが
園内ではまだまだ様々なお花を楽しむことができます。



ヒノキの並木道を通り入園


中門



敷地面積は約18000坪
東京ドームの1.5倍

皇族の別邸としては居住建物が少なく
その代わりに庭園が広大な印象です。




迎えてくれたミツバツツジ


両殿下が手入れをされていた畑

素晴らしい眺め



陶芸を楽しまれた三峰窯









車庫内は欧風農家っぽくリフォームされてて
テーブルで休憩することもできます

ステキすぎる



なんか古墳みたいのあるー



と思ったら防空壕でした

昭和20年、終戦間際ですね。
邸内に3つの防空壕が作られ、内2つが現在公開されています。


中はひんやりすごーく寒いです。
夏の見学がおすすめかも。



殿下用の防空壕



少し離れたところに将校用防空壕

こちらは少し広いです








園内至るところにクリスマスローズ








もみじ園


つばき園


まだ少しだけつばき見られました



茅葺の母屋

もとは深沢にあった享保8年(1723)築の民家。
昭和2年に大蔵大臣井上準之助がこの地に移築、それを宮家が買取ったものです。



登山服姿の殿下の銅像

昭和3年に昭和天皇より贈られました。

山に挑む真面目で好奇心いっぱいな表情がいいですよね。








母屋内部へは裏の記念館から入れます











母屋のまわりには樹齢130年ほどのしだれ桜が3本

満開を過ぎてなお迫力ある美しさでした。








秩父宮殿下逝去後も妃殿下の勢津子様は夏期はこの別邸で過ごされ
晩年まで御殿場を愛し地元の方々と親しく交流されたそうです。



しょっちゅう御殿場に出かけながら今回が初めての訪問。
もう、なんというか想像以上期待以上で

もちろん桜満開の頃が一番いいのでしょうけど
そんなことあまり関係ないほどの魅力に溢れた極上の邸園でした。



このアイコンかわいい



御殿場の浅間神社ぜんぶまわる その12 神山 三社宮の謎

2024年04月09日 20時28分00秒 | 御殿場の浅間神社ぜんぶまわる
細々と続けてますマイ企画。

今回は神山の浅間神社。

神山は御殿場市の最南端、有名なホテル「時の栖」がある地区。
最寄り駅は裾野市の岩波駅になります。




ロマンチック街道を通り神山へ。


神山は御殿場中心地より標高が200mほど低いので高原の雰囲気はあまりありません。

普通の田園地帯が続いており見通しがよく、浅間神社もすぐ見つかりました。

絶対に迷いそうにないところです。





真新しい鳥居と玉垣は平成19年の竣工。

鳥居の位置が独特。
古地図を確認すると参道が県道394号方面へ伸びていたのではないかと。
となるとかつての鳥居は数十メートル先にあったのではと想像できます。



社殿の建物も変わってます。

扉下方につまみのついた引き戸があって
その中に賽銭箱がありました。

ギギギッと開けるのちょっと緊張。





石灯籠には三社宮と彫られています。

駿河記ではこの神社は「浅間辨天山神三社」と記載されており、
昔は浅間神と弁天と山神が合祀されていたのか別々にあったのかは不明ですが
名称はまとめて「三社宮」だったようです。



文政四年(1821)の頃は三社宮。

神仏分離で仏教色の強い弁天が外されて名称が浅間神社に変更されたのかな。

山神様はどうなったんだろう?
そのまま合祀されたのかな。
摂社等の社も見当たりません。


静岡県神社庁は祭神を記載しないし、
御殿場市は郷土史の資料が少ないので調べても調べても…わかりません。




境内も最近かなりの改変があったのか、石灯籠と社殿と手水石以外は何もありません。

求む狛犬的奉納品〜

玉垣は道路沿いだけであとはなんとなくの石積み程度。

風通しよいです。





社叢も少なめ。
まだ若い榊があちこちに。



雲がかかってますが富士山が見えます。


まあ
モヤモヤは残りますが、シンプルで開放的な境内は寂しいどころか清々しく心地よく
居心地のよい神社ではありました。


しらさぎ広場 狩川土手沿いの桜並木

2024年04月07日 17時03分00秒 | 小田原のいろいろ
土曜日

小田原城の桜は8分咲き。
思ったより天候が良くなったので大勢の花見客で賑わってました。

なので、
どこか静かな花見の穴場へ行こうと
ふと浮かんだのが
今年1月に初めて訪れた扇町しらさぎ広場。



行ってみました。


1月の記事でしらさぎ公園と書きましたが、正しくはしらさぎ広場だったようです。すみません。


広場内には桜の木はないのですけど



柵からかわいい小枝が顔を出してます


柵越しに管理センター建物前の桜を見下ろせるー

小田急線も見えるー





上から見る桜も乙なもの



そして広場の外
狩川沿いの土手へ









300mくらいでしょうか
素晴らしい桜並木






しらさぎいた



しかも人が少ない。というかほとんどいない。
あまり知られてないのでしょうか。
私も知らなかったし





テニスコートのあたりまで桜は続いており
後で気づいたのですが
ここから施設南側の道路に降りれたみたいです。



帰りに車から撮った飯泉橋に向かう道路。
ここの桜並木は有名ですよね。

土手からこちらに降りて
桜並木の下を歩きながら駐車場に戻れたと後で気づいたのでちょっと悔しかったです。




土手の手前の
大島桜でしょうか。

終わりかけでも白と緑のコントラストが目を惹きます。



駐車場入り口の雪柳


というわけで
静かどころか、ほとんど誰もいないという 笑
満足度の高いお花見散歩でした。


小田原城さんぽ 桜は3分咲き

2024年04月02日 20時21分00秒 | 小田原城
明日から雨が続くようで
天気予報では
お花見のタイミングは土曜一択!
だそうです。

本日火曜日
満開には早いのですが
雨が降る前のワンチャンスになりそうなので小田原城へ散歩。









桜は3〜4分咲きくらい

それでも通常の平日よりは人出が多い。
外国人も多いです。



星崎記念館の前の桜は他より咲いていました。
ここは毎年ちょっとだけ早いですね。






二の丸広場には早くもシートを広げてる花見客が何組か。

今日は気温高いし風もないし
満開でなくてもじゅうぶん楽しそう。



大腰掛跡の
満開になると見事な1本







満開とは違う味わいのかわいらしさ

パラパラッとかわいい









解体工事中の市民会館

国道から見てるとわからないけど
大ホール側はほぼ更地になってました。



私の記憶では工事が始まったのは22年の12月。
もう1年以上経つんですね。長いなぁ。





鐘楼の脇から小道に入ると小沢病院が見えました。

以前にはなかった光景。