昨日は筑紫野市から女性団体の代表者の集まりが訪ねてきました。ご縁は起業家を目指して修行中の高橋弘展君の知り合いでした。たまたまあちらが研修の行き先を探していたというところからはじまったようですが、東峰村で高橋君が実際に経験していることを提案して決まったようでした。高橋君がなぜ東峰村に来たのか?東峰村で何をしようとしているのか?話はそこからはじまりました。そして住民ディレクターという生き方の話になり、わたしも自分自身のことを話させていただきました。
高橋君と同じく、なぜわたしは今東峰村に住んでいるのか?スタートは平成7年秋、ある晩に熊本のテレビ局を辞めたことからはじまりました。テレビ局では自分が考えていることができないとわかったからです。翌朝から今の生き方がはじまりました。一人一人が自分自身の暮らしぶりを発信するところから住民同士の情報の共有がすすみ、共感が生まれ、そこから共通の課題が可視化され、一緒に解決に向かう。一言で言うとこういうことですがそれを最も有効に実現する手段として当時はテレビというメディアの存在が大きかったのです。今はネットもあるということです。