ある方のコメントから久しぶりに二十歳の原点という著書を思い出しました。学生運動激しい時代に人生に悩み自分自身でありたいと願い自殺された高野悦子さん。
団塊の世代のずっと後に大学に入ったわたしには学生運動は火が消えかかった残り火のようなものでした。それでもどういうわけかその動きに関わる方々との出会いが多く高野さんと同じような悩みを実感したものです。しかしまさに私はわたし自身でありたかったのでどこにも誰にもコントロールされない道を選びました。一見ノンポリのように見えたかも知れませんがずっと心の中にはこの問題はありました。
逆にいろんなセクトの方の話を聞けて様々な考え方があることも知りました。しかし、どのセクトの人も強引なへ理屈を感じることが多かったです。中には同じ下宿の先輩で少林寺拳法の部長が独自の考え方で拳法をやっていたのが印象的でした。一番説得力があって楽しい考え方、武道に励むだけにからっと竹を割ったような性格、そういう感受性が理屈や理論よりすんなりと入ってきました。
ちょうど小林秀雄さんの「Xへの手紙」「様々な意匠」などを読みはじめていた頃なので日本人の精神や作家や音楽家の生き方にどっぷり浸かっていく時期でもありました。昨日は28歳の原点と書きましたがあの頃を原点と考えると二十歳の原点でもあります。