「軍師官兵衛」は地域づくりにとっては見事な教材になってきています。「軍師官兵衛」でわたしが密かに注目しているのは「櫛橋左京進」の存在です。
官兵衛の妻「光(てる)」の兄で官兵衛と共に仕える御着城主小寺政職の重臣です。左京進は官兵衛を「正統の小寺家」とは違い「よそ者」だとして最初から反発します。それにも関わらず官兵衛が次々と成果を上げていきますのでますます苛立ち、自分や一族をも含む小寺家の将来を結果的に危うくする毛利と通じます。
我々は信長の天下となる歴史の結果を知っていますので官兵衛に味方しますが、その当時は信長か?毛利か?全員が迷っています。そこへ小寺家全てのことを考えて信長を選び、竹中半兵衛という稀代の軍師とも出会い、競っていく官兵衛。片や小寺家の中だけで競い、播磨のみならず全国の動きがあっという間に一族の運命を左右するその時に状況が見えていない左京進、左京進にのってしまう小寺家城主。いずれ時が来れば運命は決まります。
この「左京進」は全国どの地域にもいますし、真に全体を何とかしようとする人間には構ってられないほど一瞬一瞬が大事なわけですが、どうしても絡み付いてきます。自分の名誉?プライド?利益?生き残り?のため。しかし、結局はその動きは自分をも滅ぼすことになっていくわけですが、大事な時には本人には見えないので滅亡を突っ走っていきます。全国様々な土地でこれまでに地域づくりや活性化をやってきましたが「軍師官兵衛」がなぜ?國創り=地域づくりにつながるのか?これはもうこれまでの実戦と成果と、これからの想像力にかかっているとしか言えません。
官兵衛としては「左京進」と共に滅ぶわけにはいかないのです。家族を家臣を、そして小寺家を守るための決断をし続けるわけですから。「軍師官兵衛」はまちづくりに取り組むわたしにとって最高の教科書になってると9回見て感じています。何よりも私自身が毎回官兵衛とそのお仲間、勿論、信長、秀吉にも学び、その放送の直後に「官兵衛で國創り」という実戦をやらせてもらっています。
時代は人の暮らしを映す鏡です。後悔は先に立ちませんから瞬間瞬間が大切です。官兵衛にとっては「左京進」も小寺家の一人、しかも妻「光」の兄です、官兵衛の心境や如何?左京進が「わかる」ためには痛い目にあわなければ仕方がないですが、戦国の世は明日は死が待つ身です。
官兵衛の突破力の源は真です。真は人を貫きます。素手で敵の城主に会いに行く力は真の気持ちのみで向かうからです。戦国の世によこしまな動機から生まれた小手先の悪知恵は出る幕はありません。行動の無い不満者「左京進」には建設的な未来がないのです。