風がささやく 5
谷田茂
ファーム富田をあとにし、なだらかな丘陵地帯を西に向かって走っているとき、瞳が「あ、停めて」と言った。
「どうしたの?」
「ほら、左」
「ああ、富良野特有の景色だ。牧草ロールがあるね。降りるかい?」
「うん。いいかしら?」
「もちろん」
瞳が先に車から降りた。
僕はハザードボタンを押し、後方車に注意しながら降り、トランクからカメラを取りだした。
「雄大な景色ね」
「そうだね、富良野の景色の美しさは、自然と人間との共同作業と言える。
ここは昔はただの山だった。道さえ無い。
開拓民がここ富良野に来て、切り開いていったんだ。
重機のない時代、彼らは人力だけで木を倒し、根を掘り起こし、膨大にあった大きな石を運びだした。
すごいことだよね。頭が下がる思いだ。
昨日泊まったファーム・インの裏には、オーナーのおじいさんが掘り出した切り株が置いてある。
人の営みはどこかに刻み込まれる。それは、歴史と呼べるかもしれない。
君の今までの人生も何らかの形で残されているだろう。それは、誰かの心の中にあるかもしれないし、
忘れてしまっているだけで、どこかで今も君を待っている何かかもしれない。行こうか」
「はい」
ロングドライブが始まった。
シーズンだから交通量は少なくない。でも信号がほとんど無いので60km/h位で流れている。
単調なドライブだから、瞳が横にいてくれるお陰で眠くはならなかった。
今度は僕が自分のヒストリーを話す番だった。
僕はいじめられっ子だった子供時代から始まって、
今のフォトグラファーになるまでの40年間について、瞳に話した。
「ふうん。卜部さんも離婚経験者なんだ」
「まあ、皆それぞれの歴史を背負って生きているってことだよね。もう弟子屈(てしかが)に入った。
晩御飯はラーメンでいいかい?去年見つけたんだ」
「もちろん。そういえば北海道に来て、まだラーメンを食べていないわ」
瞳はしょうゆを、僕はみそラーメンを注文した。
「美味しいわ。さすが北海道」
「有名な店ほど美味しくない、という事実は哀しいね。
ここは店主が頑固で他に店を出さない。自分以外の人間が作れば味が落ちるって」
「そうよね。北海道の有名店が大阪にもあるけど、行くとがっかりしちゃう」
「さ、行こう。もうこんな時間。今日の泊まりはすぐ近くだ。昨日シングルを二つ予約しておいた」
弟子屈シティホテルは、小さいけれど、2年前にオープンした、小ぎれいなホテルだ。
フロントでルームキーを受け取って、エレベーターで4Fに上がった。
「ここが君の部屋。406号室。僕は隣の408。では、明日8時にノックする。
いよいよ、地平線の見える大牧場だ。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「楽しみだわ。きっと素敵なところね。はい、おやすみなさい。」
6につづく