private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-06-14 11:14:27 | 非定期連続小説

SCENE 5

「そんでさあ、なんでこうなるんだ? なんとかしろよ、オマエの上司だろ」
 戒人と仁志貴が、声をひそめてやりあっているあいだに、恵はタコスを頬張り、指先についたソースを舌で絡めとっている。
「オレに聞くなって。あの部長、言い出したしたら引かないし。それにオレの上司じゃなくて、オレは総務で、アッチは… 」
「めんどくさいな、会社ってヤツは、なんにしろ、オマエんとこの会社のお偉いさんなんだから、オマエが尻拭いするのがフツーだろ。とりあえず、あの横付けしてある人力車どこかにしまってこいよ?」
「あーら、いいじゃない、物珍しくていい宣伝になってると思うけど。看板がわり的な? あっ、アイデア料はいらないから、ビール一本サービスしてもらえるかしら?」
 二人の話はしっかりと、恵に聞かれていた。
 来店してくるお客がいちいち人力車のことを聞いてくるので、仁志貴も説明を繰り返すのに、うんざりしはじめていた。ただ、お客の反応は好意的であるので、恵の言い分を否定するわけにはいかない。
「ズーズーしいブチョーだな。まったく」
 冷蔵庫から中ビンを取り出し、栓を抜いて恵のグラスに注いだ。
「こまかいこと言わない。それにしても、なかなかいけるじゃないこのタコス。ビールが進むし、ボリュームもある。たしかにシメで食べてもいいし、普通に夕食代わりでもいけるわね。このボウヤとは違って、口先だけじゃないみたいね?」
 イヤミを言われていると気付いてない戒人は、恵の意見にひとり大きくうなずいて、そうなんスよねえ、なんて言っているから、仁志貴は声を出さずにオマエのことだと口パクで伝えてみたがそれでピンとくる戒人ではない。
 そんな戒人に見切りをつけて、カラになった恵のグラスにすかさずビールをそそぎながら仁志貴が探りを入れる。
「ブチョーさんよ。アイデアはこれだけじゃないんだろ。なに企んでるんだ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか」
 ストレートに聞かれてそのまま答えを言うような恵ではない。遠慮せずにビールを飲み干して、さらにコップを差し出す。
「さあねえ。もしかしたらあるのかもねえ。それで私もこの商店街も救われるといいんだけど、それほど簡単じゃないんじゃない?」
「さっきカイトも言ってたけどよ。ヨソの店に、ウチと同じような時間帯に店開けろって言ったってムリだぜ。それにオレも大きいこと言ったけど、ウチだってトントンなんだ。たいした儲けがあるわけじゃない」
 恵はその言葉にさしておどろいた様子も見せず、細く笑みを浮かべ目を閉じる。
「そんなのここに居て、見てればわかるわよ。席数が10ぐらいで、回転が二周りあるかどうかってとこでしょ。タコスの原料費はタダ同然とはいえ、アルコールの消費量に依存してる経営状況よね」
「やなオンナだな、だったよ、ビールのサービスねだらないで自腹で飲んでくれって。まあ、そうとう強そうだから、閉店まで飲んでもらえば、もうけさせてもらえそうだけどよ」
 仁志貴はカウンターに腕をつけてアゴを付き、あきれた表情で言った。
「職業病でね。どれだけアルコール飲んでも、そういうチェックは怠らないのよ。時には気にせず飲みたい日もあるんだけど、今日はそういうわけにはいかないわねえ。ボウヤのお父様にこってり絞られたから見返したいし、視察と情報収集を兼ねてるんだからいくら飲んでも酔わないのよ」
「同情してやりたい気もあるが、本音としては、あんまりずけずけとモノ言い過ぎるオンナは… 」
「婚期逃すとか言いたいんでしょ。いまどきじゃ、店長のモラルハザードの欠如も客足に影響するんだからね。あー、なんだか、甘いモノが食べたくなったな。スウィーツとかないわけ?」
「部長、ムリっスよ。ここはそういう店じゃないんスから。駅前にそういう店ありますからそっちに行きましょう」
「なに追い払おうとしてるのよ。アンタってさ、ムリしか言わないわね。ムリじゃなくて、客が要求したらそれはビジネスにつながるってすぐ連想しなさいよ。お客様の課題を解決してこそ、企画会社の社員としての存在価値につながるんだから」
「そんなあ、オレはソームですからあ… 」
「役割以上の面倒には首を突っ込みたくない。なんとか世代の代表的な発言だわ。どうせ飲みに来るつもりだったんだからいいでしょ。これからの商店街の展望について前向きな意見を10コ出しなさい。まずはアイデアを広く募り、そこから絞り込んでいくの。だいたい駅前はもう店閉まってるんでしょ。今日は最後まで付き合いなさい。ただのビールほどおいしいものはなしね」
「おいおい、アイデア料は一本だけだろ。こんな大酒のみをタダにしたら、今日の売上がパーだろ」
「ああ、そっちじゃなくて、こっちのボウヤにね。ろくなアイデア出さなかったら、さっき払った人力車の乗車賃で賄ってもらうつもりだから」
 そう言って、困惑している戒人のグラスにビールを注ぐ。
「それにしても気がきかないわよね。辛いもの食べたら、フツウ甘いもの食べたくなるでしょ。ここで出せないんなら。そういうお店が近くにあればいいのにねえ」
 これみよがしな意見に、今度は仁志貴が顔をしかめる。
「あっ、部長。そうやって関連性のある店を増やしてって、商店街に活気を取り戻す計画ってのはどうですかね。いいアイデアですよねこれ。どうだニシキ、だてに広告代理店に勤めてるわけじゃないんだから、オマエとは発想の豊かさが違うんだよ。そうかあ、なるほどねえ、そういう手があったんだなあ」
 ひとり納得して悦に入っている戒人を見て、仁志貴は何も言わずに首を振る。恵は知らぬ顔でカラになったグラスを振って、遠慮なしにおかわりを要求していた。
 恵が払った乗車賃の2000円は、すでにオーバーしているはずだ。