private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over10.31

2019-04-28 07:07:48 | 連続小説

「なにも言わなかったんだな。そいつがおまえの優しさってわけだ」
 マサトに立ち替わって、こんどは永島さんがおれの肩に手を添えてほくそえんでいた。
 その言葉はどうにもイヤミっぽく聞こえた。そう感じ取るのはおれの勝手で、永島さんにはそんなつもりはさらさらないのは、その穏やかな顔を見れば誰だってわかるはず。
 永島さんはツヨシの母親が気になったのか、おれがどうするか知りたかったのか、とにかくガレージから戻って来て、あのふたりがおれから離れていくのをうしろから見ていた。おれは無様な背中をさらしていたことに負い目を感じていたんだ。
 永島さんだってキョーコさんに何も言わないじゃないかって、おれはよっぽどそう口にしそうになっていた。口に出したモノがすべて正しいわけじゃないって、誰かに言われたはずなのに、、、 誰だっけ、、、 違ったっけ、、、 
 いったいあのあと、キョーコさんとどんなやりとりがあったのか知らないけど、ツヨシをガレージにかくまうのを許したのは、なにか重い荷物をおろしたようで、、、 背負わなくてもいい、よけいな荷物を、、、
「それでうまくいくこともある。 …ダメなときも。どう取るかはオマエ次第だ」
 たしかにおれはマサトより優しいかもしれない、、、 はたから見れば、だ、、、 そしてマサトより無責任だ。関わるも、それをせざるも自分の範囲内でやらなきゃならないのに、身の丈以上に背伸びして、あとからしっぺ返しを受ける。
 おれだってマサトみたいに、もっと自分に正直な人生を歩めばよかった、、、 朝比奈のことにしても、、、 おれのは単なる自己満足で、自己都合で、本当に相手を思っての行動ではない。これからだって、同じことを繰り返すだろう、、、 誰かを思って行為はいつもしているし、、、 
「人のつながりなんて、しょせんそんなところだ。こんなオレだって、経験をつんで、いろんなことができるはずなのに、どこかで臆病になっていく。いくつになったって、やってることは繰り返しだ」
 永島さんより経験が少ないおれなんかが、理解しちゃいけないのに、なんでそんなことを言うんだ。そんなこと言われたら、おれなんか未経験のまま臆病風に吹かれてしまうじゃないか、、、 ひとのせいにして、できないことの言い訳をひとつずつ増やす、、、 経験はこうして分断されていく。
 ただなんとなく感じたのは、やっぱり決まりきった道を、自分の役柄に沿って進んで行くのを受け入れていくつもりなんだと、、、 誰も、彼も、おれも、おまえも。みんな、、、 この人生が正常であると知らしめるために。
 友達とか、恋人とか、家族とか、裏切れない約束を交し合って、どんな時も仲良くなる義務を生み出し、見えない鎖に縛り付けられる。いつしか相手のムリを聞き入れることがその証になってくる。
 そんなしがらみの中にいなけりゃ、多くのその他からも弾かれていく。そして仲が良ければいいほど、いったん亀裂が入いれば、何かの仇のように憎しみ合い、二度と心の底から信頼し合うことはなくなったりもする。だったら、そうだったなら、最初から仲良くするべきじゃないって考えてしまうのは、おれもかなりの臆病者だ。
「オマエは、そのまま、ほっぽらかしておくなんて、できそうにないな。関わってしまったオマエのその性格が災いしただけだ」
 いつしか、おれとツヨシとの問題から、おれと永島さんたちとの関わりにすげかえられていた。そうだな、なんの確証もないのにうまくいくって楽観的になれるものおれの悪いところだ。 
 それで痛みがわかったからって、けして同じ側に居るわけじゃないし、そう認められたわけでもない。ひとそれぞれ理由は違うし、立場も、考え方も違うはずだ。本人がどんな気持ちで、相手のことを慮ったかなんてことは、うまく相手には伝わらないし、ましてや相手の都合でもない。ツヨシやキョーコさんがどう感じただけが真実だ。
「永島さん。コイツ、そんな優男じゃないッスよ。買いかぶりしないほうがいいスね」
 自分の意図に反して、思いがけず相手の琴線に触れて、恩人とか、心の友に成り上がることだってある。それもすべて偶然の重なり合いで、だったら仕組んだことが思い通りに運んだとしても、それを額面どおり受け取るのは、よっぽど楽観的に物事を考えてるヤツだって言えるんじゃないのか、、、 あっ、おれか。
「チンポはカワかぶりっスけどね」
 どの世代にも、どの年代にも、必ず自分に近いヤツがいた。同じような服を着て、同じような夢を見て。同等であることが、仲間をつなぐルールであるはずなのに、それでいて自分が絶対でなければ気に入らないヤツがひとりぐらいいるもんで、自分の正義は、世界の正義で、いつしかそれに反するモノを糾弾して、排除していくんだ、、、 マサト、いつか必ず排除してやる、、、
「マサト。おまえはかたずけの続きしてろ」
 そう言って、永島さんはおれより先にマサトを排除した。マサトはあたまをかきながら永島さんにだけあたまをさげて仕事に戻っていった。
「しょうのないヤツだな。マサトは」
 そんなあいまいな関係性が長く続かないのはあたりまえで、だけどおれたちはそれを容認している、、、 別におれは、好きで関わったわけじゃない、、、 ある意味、悪意が潜在しているのかもしれない、、、 あるべき収束があるのなら、そこに向かっていける。
「そんなつもりはないって言いたそうだな。でもまあ、そういうことでいいんじゃないのか。あのボウズがかあちゃんと一緒にいたいと思っても、かあちゃんはそうは思っていない。オレのカンは結構当たるんだ、しかも悪い方のな」
 永島さんもおれと同じ考えだった、、、 悪い方らしいけど、、、 キョーコさんのことを思うと、結構当たるカンってヤツも、あてになりそうもない。その顔はある程度こうなると想定していたみたいで、おれが誰かに感謝されようと思ってやっている訳じゃないって理解してるから、その点は気が楽だった、、、 そしておれの悪いカンは、ツヨシのことより、永島さんのほうに向いていた、、、
 大変なのは自分でも分かっていた。それが自分の奥底から来ているものならなおさらで、どうしても認めなくてはならないのか、まだ自分に心変わりの余地が残されているのか、どちらでも有りそうで、自分ではなんとかできるつもりでいた。それが大きくなっても、その度に同じ苦労にさいなまれるとは思いもせずにいた。
「なあ、星野。こういうのはどうだろう。もし明日、あのボウズがここに現れたら、またガレージで遊ばせてやればいい。こなけりゃ… もうこないだろうな、あのおかあちゃんが見えるんだから… だったら忘れることだ。人生に関わる選択なんて、それぐらいの偶発に頼るしかないだろ。それで運が良いとか、悪いとかって、あとで自分に言い聞かすだけだ。あのおかあちゃん、うさんくさそうな顔でオマエのこと見てたな。まあ、ボウズがオマエに感謝しているんなら、それぐらいで納めとくのが丁度良いんじゃないのか?」
 多くの経験をしていないおれは、永島さんに意見できることはない。そして、ほとんどの人間はそういった経験をしなくても、したものとして語るのが、この世のならわしなんだから、別におれだけがおかしいわけじゃない、、、 いろいろな“それぐらい”がおれには丁度いいらしい、、、
 おれが永島さんに本当に言いたいことは、ツヨシが明日来ないのは、もう永島さんの世界でのハナシだけだって。明日もアイツが来るかはそれ以外の多くの世界では考えられる。それはキョーコさんの世界でも同じことが言える、、、
 本当は来て欲しくないし、来るとも思っていない。ただ、永島さんにそこまで言い切られてたらもう、そう思うしかなくなっていた。つまりは永島さんに言わされた言葉ってわけだ、、、  どこまで意図があったか知らないけれど、、、
「ホシノ。じゃあこうしよう。あしたボウズが来たら、コーラおごるよ。こなければ、なっ。おまえがってわけだ」
 なんだか、ひとの命もコーラなみって気持ちにさせられる。おれは無意識に何度もうなずいていたら、永島さんも、こりないヤツだなと笑って行ってしまった。明日はタダでコーラが飲めそうだとも。そう、おれは子どもの時から、諦めが悪く、男らしくないって言われてきた、、、 それがダメなら、次の人生では変えられるといいなあ、、、
 ツヨシがどう感じていようと、この世を見ればゴマンといる不幸な子供のひとりってだってだけで、知らなければ知らないで、おれの人生になんの影響も与えなし、知らない子供たちは最初からなんの影響を受けたりもしない。身近な人間だけが自分の世界だと思うかどうかって人それぞれだ。
 交わう部分が多ければ、お互いの認識に差が出ないけど、少なけりゃ、少ないほど自分ってヤツはまったくの別の人格になってしまう。うまく立ち回るようなヤツならそうやってコミュニケーションをとって、摺りあわせっていうか、摺りよって関係を保っていくんだろうか。
 おれなんか、あえてそのまま放置する方を選んできたもんだから。ああ、だからか、だから朝比奈んときに、みごとにクラスのヤツラから総スカンをくらったんだ。そうなら、朝比奈もおれと同類といえるんだろう。それが、おれたちの唯一の共通点であり、会話が成り立つ根本的な理由なのかもしれない、、、 なんていまはそう思っとこう、、、 それだけのことかもしれないけど、人が寄り添う部分って、案外そういうところだったりする。
 話しや、考え方が支離滅裂で、なんだかよくわからなくなっているんだ。でも小説や、映画じゃないんだから、とどこおりなく思考がつながっていくなんてことはない、、、 日常の生活ならそんなもんだ。


Starting over10.21

2019-04-21 22:33:40 | 連続小説

 ほんとうに母親は迎えに来るんだろうかなんて、おれの心配をよそにツヨシはおれからカラダを離して身を乗り出す。想像してたより若めの女性が一応は心配そうな顔立ちでこっちを見ている。
 ツヨシはあっさりとおれの手をはがして地面にとび降りると、一目散に母親の元へ駆け出していった。歩幅の短いストライドで、バタバタして、お世辞にもきれいなフォームとは言えないけど、本人は世界で一番速いって信じてる。それがツヨシが母親にできる精一杯のアピールだからだ。
 そりゃそうだ、それが正しい行動だ、、、 おれは素直に受け入れられない、、、 なに母親に対抗意識、燃やしてんだか。もちろんおれにだってこんな時代があった。さすがにもう、そんなことさせてもらえないからってヒガんでいるわけじゃない、、、 やれって言われてもしないけど。
 そういうのって身体の大きさとか、年齢とかが基準ってワケでもなく。もうお互いが、もしくはどちらかが必要としなくなった。ただそれだけってコトで、適切な時期に、適切な行為をちゃんとすませておく、それで人は大きくなれる、、、 なっ、そうだろツヨシ。
 ふらりと、マサトが近づいてくる。
「さっきの、チビ助の母親か。ちょっと前からウロウロしてたぞ。少しは心配させときゃいいんだ」
 そうか、一応約束は守るぐらいの良識は持ち合わせていたんだ。マサトもめずらしく正論を吐くじゃないか。
「もう、ほっとけよ。あんまり関わらないほうがいいんじゃないのか」
 そしてめずらしく的を得た指摘もしてくれる。おれはマサトの指摘は無視して、ふたりに近づいていく、、、 それが余計なことだと知ってても、、、 マサトは両手をひろげて仕事に戻っていった。しばらくたのんだぞマサト、、、
 ツヨシは母親の足元にへばりついた。安心した顔だ。母親はツヨシのあたまをなでながらおれを厳しい目で居抜いてきた。
「ツヨシ。大丈夫? あの人になにかされなかった?」
 あれっ? そうくる? まあ、そうなって普通か。今の時代、知らない大人と仲良くするって、イコール危険地帯に足を踏み入れるのと一緒なんだから。それに悪人を見るような目で見られて憤慨してるおれって、自分の行為に偽善が混じってるって認めているようなもんだ。
 それを思えばこの母親はまだジョウシキ的なのかな。それほど他人は信用できないし、ヘタに信用して危険な目に合うこともある。いくらおれが安全パイだって主張して、それが受け入れられたとしても、次に同じような場面で、ほかの誰かに騙されれば、結局は、おれって存在が不幸を呼び込んだってことになっちまうのは不本意だ。
 だったら、変な安心感を与えないで、悪人のままでいいさ、、、 ホントにいいんだ。別にツヨシにさえ信じてもらえれば、、、 ホントに。
 ひととの関わり合いなんてそんなもんで、自分が相手を思ってしているつもりでも、その後にあたえる影響を考えたならば、やれ親切にしなさい、迷惑をかけないように、愛し合いなさい、、、 オール・ユー・ニーディーズ・ラブ、、、 なんて、わかったように友愛を連呼する。おれはそんな臆病に囚われていた。
「ちがうよ。このオニイちゃんはボクと遊んでくれたんだ。ボクたち親友なんだよ。ねっ」
 泣かせるじゃないかツヨシ、、、 親友ってのは、ちょっと世代を超えすじゃないか、、、 だいたいさ、ガソリンスタンドのユニフォーム着てるんだから、逃げも隠れもしないだろ。それでもまだ傷害事件とか、児童誘拐を営利目的でしそうな人間に思われてるなら、それはそれで、おれってどこまでって感じでショックなんですけど。
 そんなおれでも強気の面持ちでいるのは、こんなときだけ母親ヅラするこの女性を蔑んでいるからで、この母親を見下してるんだ。状況判断だけで、母親とツヨシの関係を決めつけるのはよくないけど、ツヨシと母親を順番に見比べると、キョーコさんとそんなに年かさの変わらないぐらいのこの母親は困った顔のままだ。
「そうじゃないのツヨシ。違うのよ。ツヨシはまだ、その人と仲良くしちゃいけないのよ。戻ってらっしゃい。どこだって、あのひとがそうだからって、いい人ばかりじゃないんだから… 」
 もどってらっしゃいって、もう手の内にあるツヨシを抱かえて言うセリフじゃないだろう。世間がみんなおれみたいな、いい人間ばかりじゃないから、、、 さっき、偽善者って言ったけど、、、 注意するのは大切だとは思うけどね。
「そうなのよ、誰だって、突然、悪い人になっちゃうの。そしてどこかに行ってしまう。安心しちゃダメよ」
 なんだよ、おれも同類かよ。しかもいま言うか。子供にそれらしい注意をあたえるだけで、親としての責務を果たしてると思ってるみたいで、だいたい自分のことたなにあげておれのことどうこう言える立場かい。
 こういう親っているんだよな。子供がさわいでると、あそこのコワいおじさんに怒られるから静かにしなさいとか言うヤツ。コワいおじさんに指名されたひとの気も知れず、自分は安全地帯で偉そうにして。
 なんて記憶をたどっていたら、なんだか怒りがヒートアップしてきた、、、 若いなおれも、、、 ツヨシに意見したり、おれをコケにする前に、自分を見直さなきゃいけないとこがあるだろ。だいたい昼間っから子供放りっぱなしでナニしてんだか、、、 ナニかな、、、 誰かと違って心の優しいおれは、そんなことは本人の前では口にしない、、、 言えないだけだ、、、 ココロ優しいわけでもない。
 ニュースで見た他国に連れさられた子供の事件では、親は悲痛な表情で再会を祈っていて、かたや自分の享楽のために、子供を平気でほったらかしていく親もいるわけで、永島さんには、母親に注意してやれみたいなこと言われたけど、おれはとてもそんな言葉は出てこない。
 こんなことって比べることじゃないんだけど、どれだけ放置していても無事な子供もいれば、どんなに大切にしていても不幸な目にあう子供もいる、、、 もちろん子供だけじゃない、、、 
 そうして人生は隔てられ、いやがおうにも明と暗に切り分けられていく。いったいその差ってなんなんだろう。誰だって、余計な苦労や、やっかいな出来事から遠い位置で生きていたいって望んでいるはずなのに、それを、誰がなんのためにその対象者を振り分けているのか。まだ大した不幸を被ってもいないはずのおれは、そんな甘い考えにどっぷりと浸かっている。
 孤独を痛みとして生きていく者と、一緒にいるだけで邪険にされる者がいるのは、その人に課せられた試練なんだろうか、、、 そしておれにも試練が与えられようとしている。
「おにいちゃん。バイバーイ。またねーっ」
 ツヨシは母親に手をひかれて連れられていった。ツヨシが言った言葉は、もう叶わないんだ。おれ達ふたりのあいだに母親が出現して、時間の流れにズレが生じたためによって、『また』という世界は、おれたちの中からなくなってしまった。あの母親がおれを見る目がそれを示している。
 おれだってもう、ツヨシがここに現れなきゃいいと思っている。目に入いりゃ気になるけど、二度と合わなければそれほど気を揉むこともない。人の思いなんてのはそれぐらいで丁度いい。そうでなきゃ目にした不幸をすべて背負って生きていくことになる。
 おれの背中はそれほど大きくないし、今は子猫が占拠しているから背中に余裕はない、、、 それは小さすぎないか、、、 さすがに人間の子供を家に連れて帰ったら、楽観的なウチの母親も腰抜かすだろうし、、、 母親、楽観的だったっけ。
 ツヨシの手を引き、急ぎ足で引き上げる母親に引きずられながらも、何度もうしろを振り向きおれに手を振ってなにかを言っている。そのたびに母親はツヨシに小言を言ってはさらに強く手を引っ張り、さらに速度をはやめる、、、 なんだか幽霊か、化け物か、悪魔か、殺人者からでも逃れるように。
 おれが追いかけるはずがない。追いつけるはずもないのに、そんなに急がなくたっていいんじゃないのか、、、 なに寂しがってるんだ、、、
「行っちまったな。しょうがないよ。これであのかーちゃんも懲りたんじゃないか。イチエイも悪モノ扱いされて納得いかないだろうけど。これでしょかったんだよ」
 そうだ、これでよかったんだ。永島さんがなんて言おうと、おれがどれだけあの母親にお節介しようと、おれを疎ましいヤツだと思うだけだし、ツヨシも母親を擁護するだけだ。それが二人のあいだを少しでも近づけるキッカケになればいいんだけど、あの母親は、いまの生活を変えることはない。
 そうしてツヨシは母親のためにガマンして、それが母親にとっていいことだと信じて、それが自分がいる存在意義として、幼少時代と、いくつかの夏休みを過ごすことになる。たぶんほとんどの子供が経験することのない時期を経て、人生の一時期を埋めていく。
 おれは気落ちして情けない姿をさらしていたんだ。自分の意識と他人の見た目はおおよそかけ離れている。だからマサトはめずらしく優しい言葉をかけてくる、、、 このスタンド暇か?
「なんだ、放逐された牛みたいになってるぞ。ショックを受けた時のおまえって、そうなるんだよ。むかしから変ってないなあ。二日ぐらいつかいモノにならないだろうな」
 優しいのか、、、 放逐された牛、見たことないくせに、、、 ツヨシを心配していようと、朝比奈の肢体を想像していようと、はたから見た他人には区別つかないんだから。だから、、、 みんなすれ違う人や、目にする人達を性善説が前提に共存できる。


Starting over10.11

2019-04-14 11:01:02 | 連続小説

 おれは仕事に追われてもツヨシに声をかける時間を忘れないように、、、 夕方は混みあう時間帯だ、、、 手の甲に5という数字をボールペンで書き込んでおいた。こうしておけば忘れないと誰かに言われて、子供のときもやっていた。それで実際に効力があったのかどうかは、、、 残念なことにあまり記憶がない。
 それについての成功体験より、トイレに行ったとき、手を洗うついでに洗い流してしまったとか、額の汗をぬぐったら消えてしまい、おまけに額には黒い汚れがついて、まわりのヤツラの笑いものになっていたなんて、失敗談にはことかかないんだけど、、、 残念なことにそういう記憶はある、、、
 今回は適度な緊張もあり、やたらと永島さんの姿も目について、その度に思い出すから、それで忘れずにすんだ、、、 つまり書き込んだ効果は今回もわからずじまい。
 それにしても永島さんはガレージを気にするわけでもなく、ツヨシが悪さをしていないか気になって、確認がてらガレージに見に行くかと思ってたんだけど、かえっておれのほうが気になっているぐらいで、だから永島さんはあれ以来、事務所を離れることはなかった。
 おれにはそれが、ツヨシが居るせいでガレージへ行かなくてもいい許諾権を得て、案外と気が楽になっているようにも見えて、もしかしたら永島さんにとってあのレースカーは、マサトが思っているほど大切なモノではなく、多くの人の人生を止められないスピードを保っている、厄介モノだったのかもしれない。
 永島さんとキョーコさんとのあいだいに、なんらかの結論が出され、そうしてあのクルマはスピードとともにふたりから重石も失くしていった。カラダが軽くなると、人生の重みも失くすようで、リーダーとしての余計なヨロイを脱ぎさっていた永島さんからは、力強さっていうか、熱量っていうか、そんなものまでもなくなっていて、おれは物悲しい気持ちになった、、、 勝手なもんだ、、、 おれ、そういうのが苦手だったはずなのに、だから永島さんも楽じゃなない。
 なんだか、そんなフワフワとした落ち着かない時間が流れていき、少し早かったけど10分前には様子を見に行くために、マサトにちょっとトイレと、テキトーなこと言って仕事場を離れた。早く帰って来いよーっ、という声が聞こえるけど、長ションになる予定だ。
 もう雨はやんでいた。水気をふくんだ木の引き戸は、さっきよりさらに動きが悪くなっていた。力をこめると嫌な摩擦音と共に少しづつ開いていく。自分が通れる最低限を開けたところで中に入り、明り窓の少ない庫内はすでに薄暗くなっていて見通しが悪いので、室内灯のスイッチを探す。
 ツヨシの姿は見当たらないし、物音も聞こえない。少し不安な気持ちになる。おーいツヨシ。どこいった。あんにゃろ、また、つまらなくなったとかいって帰っちまったんじゃないだろうな。
 扉の横にシーソースイッチがあったので指先で押すと、ジィーッという音がして、何度も点きかかっては消えを繰り返した蛍光灯が明かりを灯して、ようやく室内を見渡せるようになった、、、 そこにツヨシの姿はない。
 クルマに触れるなって言っておいたけど、まさかとは思いつつクルマに近寄ってみた。ライトに照らされた車体を見ると白ではなくクリーム色だった。ニイナナってマサトが呼んでいた。コマーシャルとかでは、耳にしない車名だ、、、 ていうかそんな変な名前、聞いたことがない、、、
 でもクルマ自体は街中でもよく見かけるから、それなりに人気があるんだろうけど。それならもっと速そうな名前にすればいいのに。ほら、スカイ、、、 ブルー、、、 カローラ、、、 フルネームが出てこない、、、
 名前はそんなんだけど、クルマ自体は街で見るより車高が低く、レーシングカーっぽく安定感があり、いつでも飛び出しそうな俊敏さも伝わってくる、、、 って、評論家とかは言うんだろうけど、おれにはよくわからない。
 開けっ放しの窓からヒョイとのぞけば、みごとに運転席にツヨシの姿があった。おいおい、いるなら返事しろよ。シカトはないだろ。って、なんだ寝てるのか。これがまた幸せそうな顔して。きっとレーサー気分で運転のまねごとしてたら、夢見ごこちでそのまま眠っちまったんだな。
 夢の中でこのクルマを、自分の手足のように操って走ってるところを、無理やり起こすのも気が引けるけどしかたがない。おれは運転席側のドアにまわり、おどかさないようにと思い、なるべく静かにドアを開けた。ハンドルを握りしめたまま、身をまかせてグッスりと眠りこくっているツヨシがいじらしい。
 なんだよ、やっぱり子供だな、、、 あたりまえだ、、、 悪いなあツヨシ、もう帰る時間だ。しゃあねえだろ、おかあちゃんが心配するしな。おれはツヨシを抱かえ外に連れ出すと、両手がふさがってしまい、しかたなく、、、 本当にしかたないから、、、 オシリをひねってドアを閉めた、、、 永島さんスイマセン。
「オイ、オイ。丁重にあつかってくれよ」
 その声を後ろで聞いて、おれはヤバイと顔をしかめる。あっ、ごめんなさい。別に悪気があったわけじゃ、なかったような、あったような、、、 いや、ないです、、、
「冗談だよ。オレだってそれぐらいしてるから気にするな。ボウズ、眠っちまったようだな。こんなとこにひとりでいればそうなるだろ。夕方の雨で気温も下がってよかったな。ふだんなら暑くて、とてもクルマの中じゃ寝てられなかったはずだ」
 おれには思いもしないところまで永島さんは気にかけていた。それが自分の浅はかな行動を咎められているようにも思え、そうですね。と、あまり事の重大さを感じていないふりをして、この子の母親が待ってると思うんで。と続ける。
「待っている者がいるのはいいことだ。おれもついさっきまではそう思っていた。待っていられることが生き延びられることもある。生きてるうちにそいつがわかっただけでもよかったのかな。おまえと親密になる前のことだからそれでいいだろ」
 どこにもそんな確証があるわけでもないのに、知ったように永島さんは言い切った。おれはもう、なれないことをやり続けて、とにかく早くケリをつけたかっただけなんだ、、、 永島さんのようにはなれないからさ、、、
「そうだな、もう子供をひとりきりにさせないように言ってやれよ。オマエの意見じゃない。上からそう言われたと言えばいい」
 永島さんはボンネットを開けて、やる必要もない作業をはじめるようだった。そんな、世間一般の常識をすべてに当てはめたモノの言い方をする永島さんの言葉を、なんとももどかしく聞き入れていた。そして永島さんはおれがどうするかの返答を聞くつもりもないようだ。
 もちろんなんの悪気も、余計なお節介でないのもわかっている。永島さんが背負った役割の立場や、状況が言わせたセリフなんだと、そう思うしかないじゃないか、、、 そうやって、いつのまにか自分の意思に変わっていく、、、 知らないうちに、、、
 突然、耳元に言葉が飛び込んでくる。ツヨシは目を覚ましていたようだ。
「おにいちゃん、ゴメンネ。でもね、おかあさんにそんなこといわないで。ボクがかってにやってるんだから。おかあさんはわるくないんだ」
 まったく、近頃の子どもってやつは、これほど聞き分けがいいんだろうか。自分を振り返ってみれば、宿題忘れたせいにした記憶はあっても、母親を庇った記憶なんてない、、、 これはツヨシに背負わされた役わりの故なんだろうか。
 ツヨシ、子供のクセにそんなに大人に気をつかわなくていいからさ、、、 おれも大人の側だった、、、 わかってるよ、余計なことは言わないから。あのお兄ちゃんだってな、立場ってものがあって、誰かが言わなきゃいけない言葉を、誰かの代わりに言ってるだけなんだ。おれだってオマエをかかえこんだ時点で、波風立つのはわかってたんだから。
 いいんだよ、親なんてもっと心配させていいんだから、それが親の仕事なんだからさ。ちゃんと子供らしくしてないと、親も親であることを忘れ役割りをまっとうできなくなるぜ、、、 おれはいまだに親の役割を忘れさせてない、、、 そう考えないとやるせないじゃないか。
「ふーん、おにいちゃも、なかなかいいこというね」
 おお、そうか、、、 ツヨシにほめられてしまった。
雨が上がってから湿気も上がってきたわけじゃないんだろうけど、ただでさえ子どもの体温は高い。ツヨシを抱かえた部分に熱がこもり、じっとりと汗ばんできた。ツヨシだって気持ち悪いだろうに、どういうわけか余計に強くしがみ付いてきた、、、 おいおいおれは母ちゃんじゃないよ、、、
 濃い灰色の空に、隊列を作って飛ぶ鳥が見えた。
「すげえーっ、20コはいるね」
 おい、おい、コって。20羽だろ。
「いいじゃん、そんなの。20にかわりはないんだから、べつべつによぶほうがヘンだよ。ボクはコってよぶことにしてるんだ」
 そうか、20は20。同じだな。子供から教わることってけっこうあるもんで、おれたちは知らないうちに、つまらない決めごとにとらわれて、人と同じってことだけに安心してしまっているわけだ。
 もっと自由でいいのに、なにが自分たちを縛り付けているんだろう、、、 そしてそこには、1コの母親がそこにいた、、、


Starting over09.31

2019-04-07 10:35:18 | 連続小説

「おう、ホシノ。恭子がおまえによろしく伝えておいてくれって言ってたけど、なにかあったのか?」
 なんだか上機嫌だ。ムリに装ってる感じもある。例えばキョーコさんをきっかけに、おれを懐柔できるとか考えたか、、、 なんて、おれもひねくれてるから、、、 いやいや、ここはおれが永島さんを懐柔しなければいけないところだ。
「オマエ、差し入れのときはカオ出してないのに、いったいいつのまに恭子と知り合ったんだ? ハッ、オマエもすみにおけんな」
 誰だって、みんな、つまらない大人になんかなりたくないと思っている。そして、自分は他の誰よりも違うんだと信じているし、信じてないとやってられない時だってある。だけど、あたりまえなんだけど、誰もが特別になれるわけじゃない。ほとんどが見る側になり、見られる側に立つ者は、神か、悪魔に選ばれた一握りの人間だけなんだ。
 そうしてそれは、本人が望んだか、そうでないかなんて関係なく、時代に求められた者だけが手にできる、、、 そう歴史で習ったはずだ。
 だってそうだろ、誰もがみんな夢をかなえ、スターになれるとしたならば、いったい誰がスターを見て、スターに金を払うんだ。その現実って理解したくはないけれど、どこかで踏ん切りをつけなきゃ、ついにはまわりに迷惑をかけ続けることになってしまう。
「アイツに言われちまった。星野君をコキつかいすぎだってさ。そんなつもりもなかったから、えらいとばっちりだよ」
 いつかはおれもなんて思いは、努力に比例もせず簡単につかめるはずもなく、せいぜい自分ができる範疇のことを努力して、悦に入るぐらいがいいとこだ。
 本来ならそれこそ学校で教えてやるべき真理なのに、夢をあきらめるな、努力しろなんて、そんな数学の方程式以上に、社会に出てから役に立たない訓示を言い続けるのは、社会を回してくれるその他大勢が、そのおかげで出来あがっていくからなんだろうって、、、 おれは歪みすぎだろうか、、、
 さて、いつまでも偉そうにハスに構えて能書きたれてる場合じゃない。ツヨシのこと伝えておかないと、さすがにダンマリは気が引ける、、、 というより、あとでバレるほうがやっかいだ、、、 つーか、バレるな。
「えっ? お願い? なんだ、めずらしいな。というかまともに話して最初がソレか。たしかに、オモシロみがヤツだ。あぁ、恭子がそう言ってた。オマエは昔の知り合いに似てるんだとさ」
 そりゃ、永島さん。あんたのことだよ。キョーコさんも、なかなか回りくどい表現をするじゃないか。面白みがあるって? そりゃキョーコさんが面白がってるだけだじゃないか。おれって年上から遊ばれちゃうタイプなのか、、、 キョーコさんならよろこんで遊ばれちゃうけどなあ。と、非常識にも彼氏の前でそんな妄想をしてしまう。
「なんだ。言ってみろ。給料あげてくれっていわれても、おれにはどうしようもないが。ははっ」
 おれ、永島さんの顔、これまでじっくり見たことなかったんだけど、こんなに、ふ抜けた顔してたっけ。ほがらかって表現もあんまり的を得てないぐらいに、素の抜けたプラスチックのような、乾燥しきった砂の城のような、、、 ああ、貧困な例えだ、、、 なんにしたって、熱いイメージの永島さんが、風になびくヤナギみたいになっている。
 ガレージにレースカー。子供と母親。パチンコ屋とLOVE HOTEL。おれと永島さん。どこでどうつながって、いまここにいるのかなんて、その因果関係について取りとめのない思案をめぐらせてみても、まったくそれが人生ってヤツで、ここで正面きってはち合わせたのもなにかの縁だ、、、 どんな理屈だ。
 さて、永島さんとの縁を深めてもしかたないから、さっさと本題に入らなければ。キョーコさんとなら縁を深めたいところなんだけど、、、 深まらんな、、、 
「子供? どうした? ガレージでっ!?」
 おれは怒鳴られると覚悟した。怒鳴られるぐらいならマシで、もしかしたら鉄拳が飛んでくるかもと、目をつぶって歯を食いしばった、、、 2秒、3秒、何も起こらない、、、 うっすらと目を開けてみたら、永島さんは少し遠くを見るように顔をあげていた。
 それなのにおれは、うしろめたさがあればあるほど言い訳が口に出る。雨が降ってるから止むまでとか、絶対にクルマには触れないように言いきかせてあるとか、なんの保証も出来ない約束事を、いかにもいま考えました感満載で口にしていた。
 永島さんだってそんなデマカセをまともに取り合うわけもない、、、 はずだ、、、 おれだって、永島さんだってわかってる。興味がそそられるものが回りにあれば、一番に手を伸ばすのが子供ってヤツだ。男の子なんだから、好きなモノが目の前に鎮座してれば、まちがいなく、、、 触りまくるなあ、、、 あそこなら飽きずに遊んでられるって理由が一番だからなあ。
 永島さんは、おれの真意を読み取るようにアゴに手をやり、首をひねる。そらひねるだろ。どこの誰とも知れないガキを、自分の大切なクルマが置いてあるガレージにかくまわせて欲しいなんて、まともに話しもしたことのない新人のバイトに頼まれたら、おれだっていい返事はできない。
 なのに永島さんはこんな無茶なお願いごとに取り合おうとしている。本当にそのクルマが大切なら、、、 本当にキョーコさんが言うべきことを言ってないのなら、、、 だけど、そうではならない予感もあった、、、 それがいま、ここに流れている気運としてある。
 おれとしちゃあ断られる前提で話して、さてこのあとツヨシの身柄をどうするかってことまで考えてたのに。
「わかった、ホシノ。いいよ。細かいことは聞かないから、オマエにまかせた。好きにしろ。ただ、子供にケガさせないようにだけ気をつけろよ。 …なんてえらそうに言うけど、オレだって子供の頃といや、いろんな場所に忍び込んで、ムチャするわ、ケガするわ、なあ、オマエだってそうだろ。それが普通だ」
 たしかに、そんなもんだった。さらに言えば自分の大切な宝物をしまってある場所には、どれだけ仲が良かった友だちだって不用意に近づかせなかった、、、 なあ、永島さんだってそうだろ、、、 だったらツヨシにはクルマに触れるなとか、道具をおもちゃにするなとか、なんてなんの効力もないはずだ。
 
なんとなくわかっていたけど、キョーコさんの言葉からもそれは読み取れたし、永島さんにとって、手にかけているクルマは、実はもうそれぐらいの価値しかないってことなんだ、、、 マサトには悪いけど、、、
 わかっていても自分からは言い出しづらく、それを彼女の口から言われても素直に受け入れられない。迷い込んでしまった迷宮の中で、互いにあとに引くこともできなくなり、なぜかおれに目を付け、おれを中継して、果の地から抜け出そうとしている。
 もう終わってしまっているのに、これ以上、明りが差すとも思えないのに、そうしなければ自らの正義に背いているようで、背徳を感じているとでもいうのだろうか。
 本当にしなきゃいけないこと、本当はやらなくてもいいこと。自分で選んでいるようでいて、実はまわりの評価にしたがっているなんてよくある話で、だからおれにはそれがうまくいくとはどうにも思えない。
 おれの表情がかなり怪訝だったんだろう。永島さんは言葉をつぎ足してきた。
「ホシノ。そんなにオレを量るな。オレが何者でもないことぐらい、オレが一番わかっている。それどころか終局に向かって進んで行くのがわかっていない愚かな大根役者だ。どこかで取り違えた道程なら、その場へ引き返せばいい。でもな、どこかで取り違えた人生は、もう引き返すことはできないんだよ。ああ、それはオマエに言っても難しいハナシだな… 」
 どうしておれには難しいか、その意味はわからなかった。永島さんと同じ境遇になればわかるのだろうか。キョーコさんに最後通告を突きつけられたなら、おれは耐え切れないだろうから、そうやって二の足を踏んでいく。そうして臆病な人間になるのが慎重な判断だというほめ言葉にすり替えられていく。
 人生にやり直しが利かなくても、それを教訓に次はうまくやれるはずだ。だけど、本当にやり直したい人とそうなれるかと言えば、かなりの確率で難しいに違いない。いまの関係を引き延ばそうと役を演じつづける永島さんの心中は、いったいどんな想いなんだろうか。経験値のないおれにだって、その立場がキツイことはわかった。
 
キョーコさんの言葉や、再び仕事先に向う、あのうしろ姿がそうさせたんだというのはおれの言い訳でしかない。