private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over21.11

2019-12-28 07:21:31 | 連続小説

「イッちゃーん。朝比奈さんがね、図書館で10時に待ってるってー」
 遠くで母親のそんな声が聞こえた。そいつが現実なんだってわかるまで、しばらく時間がかかった。目を開いた先には天井のシミが見える。
 昨日はあれから、つまりマサトが帰ってから、風呂に入り、風呂はもう冷めてたけど沸かしなおすと時間がかかるし、うるさいから親を起こしてしまうとやっかいなのでやめておき、汗だけ流して布団に入った。
 変なところで目が覚めてしまったら、眠気もふっとんでしまい、今日詰め込まれたいろんなことがアタマを飽和させ、結論をだそうと焦り始める。だからって、効果的な結論が得られるはずもなく、堂々巡りを繰り返しているだけだった。
 カゼとかひいて熱があるときに見る、同じ繰り返しのまどろっこしい夢だ。そんななかにいるようで、気分が悪くなるばかりだ。
 ウトウトしたところで目が覚める。そんなこと繰り返していると、いつの間にか窓の外が明るくなってきた。外の気配も内なる不安も断ち切ろうと布団をかぶってたら、ようやく眠りにつけたみたいで、それで今に至るわけだ。そこまで思いめぐらせてようやく状況が把握でき、上半身を起こした。
 時計は9時を過ぎていた。おれはシャツとパンツのまま寝ていて、そして、そのまま階段を駆け下りた。廊下の電話はもう受話器が置かれている。台所に行くと母親がせんべいをかじりながらお茶を飲んでいた。どうかしたのと言わんばかりだ。どうかしたのじゃないよ、、、 言ってないけど。
「電話? 切ったわよ。寝てるって言ったら。じゃあ伝言をって言うから。で、さっき伝えたでしょ。よかったわねえ。これで当初の予定も達成できて。夏休みも終盤だけどねえ。朝比奈さんとも仲良くなれて、一石二鳥」
 うっ、それを言われるとつらい、、、 しかもなにが一石二鳥なのか、、、 こういうときによくある風景としては、朝比奈さんから電話よーとかあって、おれが起きてきて、ああゴメン寝てた。とか言って待ち合わせの約束とかするのがパターンじゃないだろうか、、、 なんで、ふたりで完結する、、、 なんだか、ふたりに翻弄されているとしか思えない。朝比奈らしいと言えばそれまでだ。合理主義もここまでやるか。
「ちょうどよかったわね。朝ごはん食べて、準備してから向かっても10時に着くからね。あら、朝比奈さんたら、もしかしたらモーニングコールのつもりだったのかしらん?」
 そんなもん、知らん。これではいかん。旗色が悪くなるばっかりだ。とにかくおれは着替えをして、顔を洗い、出かけるばっかりの準備をして台所に戻る。テーブルにはトーストと目玉焼き野菜サラダが準備されている。
「洗い物まとめてやるから、ちゃっちゃと食べちゃってよ」
 追い立てられているのか、時間をコントロールされているのか、、、 両方だな、、、 でも、9時まで寝てたのに朝食の準備をしてもらい、デートの、、、 大きな範囲で言えばデートでいいだろ、、、 段取りまでしてくれて、これではあたまがあがらない。あっ、初任給のプレゼントを期待しているとか。
 洗い物をはじめた母親の動きをチラ見する。特におれを意識することなく、自分の作業をいつもどおり遂行しているように見える。そんなものなんだろうか、変に意識しているのはおれだけか。
「なあに様子うかがってるの。余計なこと考えないで食べることに集中してなさいって」
 うっ、なんでコッチの動きがわかる。ニュータイプなのか?
「甘く見ないほうがいいわよ。母親なんてものはね、こどもが何してるか、何考えてるなんて、みんなお見通しなんだから、変なこと考えないほうが身のためよ。エッチな本も古くなったし、もう必要ないんじゃないの。朝比奈さんがいるんなら。今度の廃品回収で出しちゃおっか?」
 口に含んだ牛乳をあやうく吹き出しそうになる。このタイミングで言うのはやめてくれ。それはマサトにならまだしも親には言われたくない。別の意味で悠長に朝めし食ってる場合じゃない。おれは急いで食べきろうと、トーストの上にサラダの皿からレタスとトマトを取ってのせて、その上に目玉焼きをさらにおいて一気に口の中に放り込んだ。それを牛乳で流し込む。
 部活してた時はこれの3倍は食べていたのに、それでも足りなかったぐらいなのに、いまじゃこれで十分で、成長期も終わったのかと。なにかが終わるのは物悲しいもんだ。おかげで食事も早く済むのは良かったが。
 おれは食べ終わった食器を手に流しに置いて洗面台へ急ぐ、口の中はまだいっぱい詰まってる。母親にキツイツッコミを入れられると吹き出してしまうので、そのまま玄関に一目散に向かったのに、靴を履くのに手間取ってると、うしろから声をかけられる。
「歯、磨かなくていいの? チューすることになるかもよ」
 吹き出させるためにわざと言ってるのか、、、 おれは朝起きて磨く派なんだ。
 
「タケダがねえ、へえ、そんな話ししたんだ。おぼえてたのね。それでどうしてホシノはおぼえてないの? ああ、そう、そりゃ、笑えないジョークね」
 タケダはマサトの苗字だ。おれが図書館に10分前に着いたときには、もう朝比奈は長椅子に腰かけ本を読んでいた。ほかの学生らしき面々が、ノートを開けて宿題やら、勉強しているのに、ただでさえ目に付くその姿は、悠々としながらも異質であり、そして限りなく華がある。おれは声をかけずにそのまましばらく眺めることにした。
「それはね、わたしも引っかかったから。あのときの二番煎じになっちゃいけないって。ホシノがそれを知ってて言ったのかとも思ったんだけど、そうじゃなかったんだ」
 それなのに、朝比奈はおれの食い入るような視線が気になったのか、ふと顔を上げて鋭い目を向けた。おれたちはお互いを疑っていた。いつどこの発言が、誰から発せられたとしても疑念がうまれる。こうして話してみればなんてことない勘違いだってわかるのに。
「あのときとは状況が違ってるって本人が思ってても、まわりがどう判断するかなんて別問題だしね。印象的な出来事が、本人にとってはそうでもないなんて、よくあることだったりもするし」
 するしって言われても、簡単に同意できるほど悟ってないし、おれが忘れっぽいのは単に記憶力が悪いだけで、朝比奈の言うところの本質とは違っている。
 おれがカマにかけて聞き出そうとした姑息な手口を先回りして、そこまで答えているんだ。ここでもまた見透かされている。そして朝比奈はやはり、おれが心配するような小さい人間ではなかった、、、 あたりまえか。
 図書館の中で話すのは難儀だからと、おれが到着したら。朝比奈は読んでいる本をもとの場所に戻して外に出た。そりゃおれもそれについて行くしかない。なんだか途中で読むのをやめてしまっていいのかと気になってみても、朝比奈は何度も読んだ本だから良いのよと、こともなく言う。タイトルを見る限りおれが死ぬまでお目にかかることのないような本だった。
「だれかがね、違うって言わなきゃいけないのに、みんながね迷走におちいって、それが正解だと勘違いしてしまうし、思い込みたくなる。間違いだと気づきはじめても誰かが止めてくれるだろうって他人まかせになっていく。だれしも自分から言い出すのは避けたい。みんなそんなジレンマの中で生きていく。手にした成果が思ったものでなくても、これぐらいならいいかと妥協してしまうとか、いつか人の人生は妥協の積み重ねなっていく。わたしはそうは在りたくない。誰かに気に入られないとしてもね」
 おれはすぐにそこに逃げてしまう側の人間だから、どうしたってそんな強いこころざしは持てない。誰かが最初に声を上げてくれるのを待って、そうでなければしかたないって思えるタイプだ。そしてそんな人間は絶対に何者にもなれやしない。
「たしかに最初に否定する人間になるのは厄介を背負うことになる。直接的に言わなくても方向を向かせることはできる。もしくはそういった類の人間と認識されていれば言いやすくなる。集団はそれで安心感を得る。クサリにつながれたゾウは、引っ張ってもそこから動けないと観念したら、そのクサリがほどかれたとしても、もう二度とそこから離れようとはしない。動けない自分を自分のなかに認識させてしまう」
 それは朝比奈が学校の中で遂行している役割だ。自分でそれを選んだのか、まわりがそうさせてしまったのか。そりゃ、訊けば自分で率先してやっているんだって言うだろう。朝比奈の主観なら誰かのせいで、自分がそうしているなんて絶対に認めたくないはずだ。
「そのときの気持ちなんて、ほんとうかどうかなんて自分でもわからないんだ。そうだって思い込んでいるだけで、それも事実のひとつ。そして、なにか別のモノに突き動かされているだけなのかもしれないし、本当の誰かに操作されているのかもしれない。それも事実のひとつ」
 おれたちは図書館に併設されている公園のベンチに座った。木の陰になっていて心地いいし、ときおり吹いてくる風が気持ちいい。それにおれたちを見るまわりの目が気になりながらも心地いい、、、 奇跡は起きるもんだな、、、 誰にだって平等とはかぎらないけどな。
「だけど。そうね、だけど、それをしようと決めたのは自分なの。その評価をくだすのは別のいろんな人たちかもしれないし、最終的に実行するのは、他の誰でもなく自分なんだよね。それを繰り返してきた。これからも繰り返していく」
 そこで朝比奈は大きく伸びをした。両手を組んで空に向かったグーンと。そこで今更ながらに気になったのが、今日はやけにスポーティな姿をしているんだな。図書館のなかにはにつかわない。
「でしょう。きょうはね、ホシノに合わせようかと思って。そうしたら、おかあさんがね図書館で待ち合わせたらいいんじゃないって言われて。わたしの思惑とは違ってたけど、それもおもしろいかなって。ミスマッチは多くの歴史をつくってきたから」
 やはり、母親と朝比奈の結託におれはもてあそばれているみたいだ。朝比奈の言う、小さな日常を大きな見解ととらえるそれらの言葉を、今回もうまく理解できない。今日はいったいなにをはじめようとするつもりなんだ。


Starting over20.41

2019-12-21 07:43:06 | 連続小説

「それって、かなりムチャぶりされたな。おまえにそんな企画力とか計画力があるとは思えん。そりゃおまえも無謀すぎるだろ。ひとの人生背負うようなタマか?」
 おれはクルマのことをごまかすために、それにマサトに話したいこともあったから、矛先を変えたい一心で、今日のことをかいつまんで説明した。そりゃ、自分の都合のいい部分だけをつなぎ合わせるもんだから、つじつまが合わなくなってごまかそうとするから、よけいに中途半端な物言いになる。
 無謀なのはわかっている。だからマサトにこうやって話して、なにかいい手立てはないものかと協力してもらおうとしてるんじゃないか。なんだかんだ言って、おれはマサトのことを頼りにしてるんだから、、、 本当はマサト以外に話せるツレがいないだけだ、、、 
 なんて情に訴えて言えば、しょうがねえなあとか言いながらホイホイと手伝ってくれそうな気がしてたんだけど。だからってマサトから抜群のアイデアが出てくるなんて思っちゃいない。ここはまず少しでもクルマの話題から遠ざけたいだけだ。
「しかしなあ、朝比奈さんが歌をねえ。そりゃ魅力的だし、見た目もいいし、神秘的でもある。でもさあ、限りなく人望がない。ひとを寄せ付けないだろ。クラスのヤツらにも先生にも総スカンなんて学校中誰だって知ってるぞ。それを都合よく歌うたうから聴いてくれっていってもどうかなあ。どれだけうまくたって、感情が先にたちゃ、よけいに反発されるってこともあるだろ」
 マサトのヤツ、めずらしく論理的なこと言うじゃないか。オマエに言われるまでもなくおれだってそう思っているよ。だからなにかいいアイデアがないかって言ってるんだよ。ダメな理由を念押ししろとは言ってないよ。
 だいたいそんなこと朝比奈自体わかってるって。だからこそ、それをやりとげればスポンサーにアピールできるし、海外に出るための布石にもなる。それを乗り越えることが朝比奈の強い動機になっているのは間違いなく。その真剣さが帰りのときの集中につながっている、、、 と思う。
「ムリ、ムリ。そんなもん出るわけないだろ。歌なんて興味ないし。それにさ朝比奈さんがおれの言うこと訊くと思えない」
 そりゃよ、なんかいいアイデア出してから言えよ。誰が言ったとかじゃなくて、それ自体に魅力があれば関係ないだろと。おれもマサトに焚きつけるばっかりで自分が言い出したことなんだし、こりゃホントに責任重大だなあなんて、いまさらになってプレッシャーを感じ出していた。
 マサトは背中向いて、あたりまえのようにおれの愛蔵書をパラパラとめくりはじめて、もう関心なさオーラを放っている。おれも畳に寝転がって天井を見上げた。天井の木目やシミのひとつひとつがこどもの時から何ら変わっておらず、かぜを引いて学校を休んだ日のなんとなく体調が戻ってきて、寝てるのにも飽きはじめたとき眺めていたヤツだ。
 熊だとか、龍とか、宇宙人の顔だとか、一度そう見えたらもうそれ以外に見えず、こうしてたまに見上げるたびに同じことを思い出して、そしてこれからもことあるごとに過去に引きずられるんだろうか。そのときおれはこの日のことを思い出すんだ。この日以上の印象的な一日で塗り替えられない限り、、、 もうそんな日はないんじゃないだろうか、、、
 おれが見れるような景色はそんなもんだ。わたしには見たい景色があるって、そう朝比奈は言っていた。マーチン・ルーサー・キングが同じようなこと言ってたな。おれがマリイさんの話から思いつきで言っただけなんだけど、それが朝比奈のイメージと近かったのかもしれない。それなのにマサトじゃないけどその障壁は高すぎる、、、 ウチとお隣さんとの壁以上に、、、 落っこちたら誰も救ってくれそうにないしな。
 それなのにおれは、その景色を見たくてならなかった。朝比奈が学校の屋上から歌う。あの声で。みんなは茫然と見上げる。その歌を聴いて、そして歌い終わったときにどっちにころぶのか。罵声をあびるならまだしも、なかったことのようにムシされたらと思うと背筋が凍りつく。生きてくうえで、それから逃げちゃいけないときもある、、、 生きていくなら。
 誰にだってそんな思いはあるだろう。自分が見つけたり、たまたま目にした掘り出し物をみんなにも知ってもらいたい欲望。これをみんなに見てもらいたいし、知ってもらいたいって。いてもたってもいられない気持ち。みんなの驚く顔や、喜びの顔。だろう、やっぱりいいだろ。自慢げなおれ。おれじゃなくてもいい。だって、そんなのが同じ世代や仲間のあいだに流れるこころの拠りどころじゃないか。
 ひとのこころを変えるのは大変だ。かたくなな思いをこじ開けるのは逆効果でしかない。それなのにひとは変わりたがっているのも本当だ。誰かからのドアのノックを待っている。おれもそんな一縷の望みをマサトに賭けていたんだけど、どうもおれのノックでは響かなかったようだ。
 おれの愛蔵書もいいかげん飽きてきたらしく、マサトは、おれそろそろ帰るわと、ボソッつぶやいて立ち上がり、部屋を出ようと扉に向かった。おれもなんだか眠たくなってきたもんだから、玄関まで送る気力もなくおかまいなしだ。両親も寝ちゃってるだろうから、カギ閉めとかなきゃダメだなあとか気になりながら、カラダはいっこうに動く気配をみせない。
「あっ!!」突然マサトは大声をあげる。おれは何事かと上体を起こしマサトのほうを向いた。マサトは扉の前で天井を仰いでいた。天井にはサザエの貝殻が浮かんでいる、、、 今日のマサトとの出来事として刻印された、、、
「そういえば、朝比奈さんさ… 」
 マサトはそう切り出して、また長くなりそうな思い出話を語り始めるようだ。
「 …2年の時に音楽室に新しいピアノ入ったろ」
 そうだっけ。それがどうしたって言うのか。
「音楽の授業の時に、クラス全員に弾かせることになったろ」
 ああ、なんかそんなことあったな。どこかの社長の娘がピアノ留学するだかで、その記念にバカ高いピアノを学校に寄付したって。スタインなんとかって外国製で綺麗な漆黒のボディに下品な金色のナンチャラモータース寄贈とか書かれて、商品価値を著しく下げたとか先生も愚痴ってたヤツだ。
「授業の一環として、みんなに本物に触れてもらおうって名目だけど、ほんとうはピアノと娘の演奏を自慢したいためにやっただけさ。みんなそう陰で言ってた」
 それと、朝比奈とどう結びつくんだ。気になりだして眠気も覚めて、おれは身を起こして椅子に座りなおした。
「ピアノなんかまともに弾けるやるなんか限られてるだろ。その社長の娘と、ピアノ習ったことがある数人か、すこしカジったことがあるヤツぐらいだ。ほかはせいぜいネコふんじゃったとか、カエルの歌とか、ありがちな曲をワンフレーズ弾くぐらいで、おれなんかドレミって鳴らしただけだし」
 うんうん、オマエのハナシはどうでもいいから、先にすすみなさい。
「あれっ、そう言えば、イチエイ何弾いたんだ?」
 うんうん、おれのハナシもどうでもいいから。あれっ、おれ、どうしたんだろう。この記憶が薄いんだけど。
「おおかた、当日にカゼでも引いて休んだんだろ、ピアノ弾かずにカゼ引いて。ハッハッ」
 うまいこと言ったみたいなカオになってるぞ。うまくないし、ピアノもカゼも生まれてこのかたひいたことがない。
「オマエのことはどうでもいいんだけど… 」おれのセリフだよ。
「それで、やっぱり社長の娘さんはうまいなあって話で終わる予定だったんだろうけどさ。朝比奈さんだよ。やっちまったんだよ。彼女の順番になって、ピアノに腰かけるとそれだけでなんだか教室の景色が変わった、なにか起きそうな雰囲気がありありだった」
 ここでも景色か。マサトとキーワードを共有したくないな。おれも近ごろなんども目にしてきた朝比奈が持つ独特の雰囲気は、昨日今日で培われたものじゃないんだな。
「社長の娘は模擬演奏だから、一曲丸まる弾いたんだけど、ほかのヤツらは授業内におさまるように、だいたいワンフレーズって決まってた。あれ、たしかアビーロードのB面の最後のほうの曲、切ない感じのピアノではじまる」
https://youtu.be/F2dJgtj0J4A 
『ゴールデンスランバース』だな。
「そうそう、そんな感じの」どんな感じだよ。
「あれ、曲は短いじゃん。で、あのイントロ聴いたとき、おれ総毛だったよ。で、メロディ弾きながら、左手でボーカルのメロディ弾いて、みんな聴き入っちゃって、社長の娘が悔しげな顔しはじめるもんだから、先生が手をパンパンと叩いてそこまでそこまでって」すげえ茶坊主。
「でも、先生のそれもポーズだったんだよな。無理に止めさせることもなく、最後まで弾いて、ジャジャーンって締めると、みんな拍手喝采だった。2年のときはまだ朝比奈さんもクラスで孤立してなかったろ。だから、そのときはちょっとしたヒーロー、 …ヒロインか、になっていた」
 それは、まさにおれが思い描いていた景色であり、朝比奈が見たい景色の原色として記憶なのか。それをもう一度再現したいっていう気持ちは、朝比奈のイメージからは違うような気がする。マサトからの情報はありがたくもあり、一抹の物悲しさをもたらした。


Starting over20.31

2019-12-14 07:53:37 | 連続小説

「おそいよ、イチエイ。いったいいつまでほっつき歩いてんだよ。んっ、もしかして、まさか朝比奈あぁあ …さんと一緒だったんじゃないだろうな?」
 マサトだった。なんで、おまえがここにいる。母親が朝帰りはダメって言ったのは、マサトが家に来ているからってことだったのか、、、 遠まわしすぎだろ、、、 朝比奈と呼び捨てにしようとして、さんづけするマサトは、そのときだけ挙動不審にまわりを見まわした、、、 大丈夫、いないって。
 ケイさんには大通りで降ろしてもらった。家の前まで送ってくって言われたけど、そこを右とか、左とか、こまごまと説明するのがめんどうだったし、なんだかテリトリーを侵されるようでいやだったからここでいいですって断った。
 ケイさんはニヤリと意味深げに笑って、まだそこまでの関係じゃないか、それともライバル視されているのかな、と言って手をあげた。すこし後味の悪い別れ方になってしまった。おれなんかケイさんにとって何のライバルになるっていうんだろう。
 それなのに家に帰れば、おれの棲家はマサトにちゃっかりと侵されていた。コーラの1リットルが空けられ、ポテトチップスの食べカスが、ふくろにへばりついたまま放置されている。何時間ねばったんだ。あきらめが悪いのか、時間の観念がうすいのか。
「おかあさんが気イきかせて出してくれたんだ。帰ってくるまで待ってればいいって言うからさ」
 おれの秘蔵のエッチ本が無造作に放り出されている。これも母親が出してくれたわけじゃないよな、、、 隠している場所はバレてるだろうけど、、、
「そりゃそうだ。そんなの、おまえがどこに隠すかぐらいわかるって。新刊あるかって楽しみにしてたのに、もう何度も見たのしかないじゃないか。そろそろ処分して、新刊入れとけよ。あっ、まさか朝比奈さんと充実の夏休みを過ごしているからっておまえ、満ち足りてるんじゃないだろな」
 コイツ、おれの神聖な領域にずけずけと入ってきて、遠慮なしだな、、、 あるわけないか、、、 たしかに今日は刺激的な一日だった。刺激的な水着姿も目にしたし、前かがみになったドレスごしのふくらみにもシビレた。その記憶だけでコトは済みそうだ。それをマサトに変に歪められるのは気分が良くない。
 母親も帰れと言えばいいのに、今日に限ってなにか思うところがあったのか、おれの行動を見透かしたように、こんなトラップをしかけておくとは。マサトも夏休みだからって、ハナッから泊まるつもりだったのかってぐらいゆったりと構えているし。こうまでするのは以前おれの家まできて、言葉を隠して帰っていったあのときのハナシをようやくする気になったとか。
「ああ、あれ、あれはもういいんだ。永島さん死んじゃったしさ」
 おまえな、祭りで買ったカメが死んだみたいな言い方すんじゃないよ。
「そういうわけじゃないよ。でもさ、おれもさ、なんか、人生ってもんを少し理解した気がするんだ。つまりさ… 」
 おまえが人生を語るなって言いたかったし、長くなりそうな物言いだから、ふつうなら、ここで端折るんだけど、今日のところは聞いておいてやろう。
「おれたちって、どうしても、誰かの死を見ながら生きていくだろ。だいたいはじいちゃんか、ばあちゃんからだけど、おれ、最初にじいちゃん死んだときにすごく泣いたんだ。何だか知らないけど、涙がとまらなかった。それで、おれにもひとなみに人間の血が流れてるって安心したよ。だけどさ、だけど… 」
 ケイさんは言っていたな。ひととの付き合いなんてもんは、そのときだけのものでいいんだって。付き合おうとか、親友でいようとか、そんなことをおたがいに言い合おうがなんの契約にもならないんだって。
 口約束が悪いわけじゃない。それが信頼関係のうえで成り立っていると、おたがいに理解していれば、むしろそのほうがいいことだってある。だけどいまのおれたちに必要なのは、お互いを必要としていると認識できているほうが正しいと思える。それはいまだけのいい時期なのかもしれないけど。
 朝比奈はそれを実践してると。それをおれたちに示そうとしてるだとも。それが信じられないんならやらなきゃいい。お互いにいい友達でいようとか、わたしたちお付き合いしましょうとか言って結びつきを確認していればいいって。
「 …だけどさ、ばあちゃんが死んだとき、それほど泣けなくなっていただよな。泣かなきゃいけないと思うんだけど、そう思うこと自体がダメだろ。そう思うとなんだか妙な気持になってきて。どうしていいかわからなくなって。こういうのって、結局は慣れで、最初より二回目のほうが、二回目より三回目のほうが、どうしたって感情が薄まっていくって考えたんだ。きっと、出した涙の分だけ感情が薄まっていくんだって… 」
 マサトは良いこと言ったみたいな口調になっていた。吐き出されていた言葉もいつしか、なめらかによどみなくなり、自分の言葉に酔うように、、、 それも慣れなんだ。
「オマエが、そうなるのもわかってた。だからおれは心配だったんだ。おまえがじゃないぜ、おれがまだ誰かのために泣けるのかって、その部分だ。それで永島さんだろ。どうなるのか自分でも興味があったんだ。それがさ、おもしろいぐらい泣けなくてさ。むしろ冷静すぎるぐらいで、わけわかんない。おれって人間ってなんだか、どんどんつまんないヤツになってくようでさ。おれ、永島さんのことあんなに好きで、あこがれてたのに。それと泣くこととは別問題だけどさ。じゃあ、もう次はそんなひとには出会わないんじゃないかとか、出会っても、そういう気持ちにならないんじゃないだろうかとかさ… 」
 おれは、ネコの死に惨めさを見て取った。永島さんの死に行き詰まりを知った、、、 おれも、ネコも永島さんもひとくくり、、、 そうやって感情がひとつづつ壊死していく。ひとのこの世の営みの中で、誰かが去っていき、その生きざまを継承していくのはこれまでの常なんだ。いつまでも泣くことだけで終わらせていちゃ死んでいった人に申し訳がたたないとか、そんな理屈をあてはめて自分を納得させていくんだろうか。
「やっぱりさ、このコのムネのカタチいいな。こう見返してみるとあらためて発見することもあるからな。やっぱり処分するのはもう少し待とうか」
 やっぱり、マサトはマサトだ。言いたいこと言ってスッキリした後は、すっかりもとのキャラクターに戻っている。散らかっていたエッチ本を取り上げ、ペラペラとめくりはじめて、評判のレコードを何度も聴きなおしたような、評判の映画を何度も見返したような、そんなときに吐く口調で言う、、、 マサトよ、そのコが死んだらせいぜい泣いてやればいい。
「ちがうよ。オマエが昔のこと引っ張り出してくるから、ついそんなハナシになっちまったんだ。おれがね、わざわざこんなとこまで来て、こんな遅くまでオマエの帰りを待っていたのはちゃんとした理由があるんだって」
 わざわざ来なくていいし、わざわざ遅くまで待ってなくていいし、どうせろくなハナシじゃいし。おれもマサトに言いたいことあるからここはしかたなく訊くことにしよう。
「あのさあ、裏のガレージに永島さんのクルマおいたままだろ。ニイナナ。あれさ、どうするんだろな?」
 ああ、あれね。キョーコさんに貰ったヤツだ。マサトには言わんけどな。そんなこと教えた、いろいろとうるさく訊かれて、最終的にはおれによこせとか言い出すんだ。どうせおれが持っててもネコに小判なんだけど、まんまとマサトに奪われるのは許せない。
 だいたいおれにそんなお伺いたててどうする気だ。もしかしてキョーコさんからネタを仕入れて、おれが動揺して自爆するのを待っているのか、、、 そんな高尚な戦略を取ってくるとは思えないが、、、
 あれっ、そういえば貰ったカギってどうしたっけ。おれはうかつにもマサトの目の前でポケットとか、ディバッグの中をあさりはじめ、バッグの外ポケットの中から出てきたのを目撃されてしまった。
「それ、永島さんのカギじゃない。なんでオマエが持ってんだよ」
 そっ、それは。おれはもう、エッチ本を母親に見つけられて、とがめられている気分になっていた、、、 ある意味自爆、、、


Starting over20.21

2019-12-07 06:52:57 | 連続小説

「よう、待たせたな」
 ケイさんがかたずけを終えて戻ってきた。おれもようやく解放されたところだ。
「どうだった。皿洗いのバイトは。スタンドとはまた違うだろ」
 どうだって言われても、3時間ずーと同じことしているのは、なかなか厳しかったとしか言いようがなく、そのうえグラスも、皿も、スプーンも、フォークもなんか高そうで、特にワイングラスはセロファンみたいに薄っぺらで、少しでも強く握れば粉々になってしまうぐらいで、気をつかってカラダがバキバキになった。
「おっ、わかるか。そうなんだ、ここで使ってる漆器類は最高級の本物だ。よかったな割らなくて。一枚でバイト代が吹っ飛ぶだろうからな。マリイさんにいくらもらった?」
 おれはマリイさんにもらった封筒を取り出して中をのぞいてみた。一万円札が一枚入っている。ケイさんは横目でのぞいて、まあそんなもんだなと笑った。おれはてっきり千円札が一枚と思っていて、てことはおれが洗ったモノはみんな一万円以上するのかと知り、いまさらながらに冷や汗が出てきた、、、 やるまえに聞かなくてよかった、、、
 いったいこの店はなんだんだろう。外見はどこにでもありそうな安キャバレーぐらいにしか見えないのに、入っているバンドも、店の調度品も本物だとは。実際に営業中の店内は見れなかったけど、その客層は安給料のサラリーマン相手ではなさそうだ。
「おれもさ、最初は腰抜かしたよ」
 ケイさんは春空色のチンクのドアを開けようとしたて、カギがかかっていて開くことができず手をあげた。朝比奈はカギをかけてクルマをとめておいた、、、 あたりまえだ。借りモノだし、、、 
 店の駐車場に止めておくのにいちいちカギはしないそうで、ポケットからカギを出して差し込み中に乗り込んだ。助手席側のロックをはずしてくれたのでおれも乗り込んだ。
「こういうところ、調子狂うな。ひとにクルマを貸したあとは。ホシノ、家のほうは大丈夫なのか」
 家には電話をして遅くなると伝えておいた。母親はあらそうと、とくに問い詰めもせず、言い訳をいくつか考えておいたのに意外だった。お泊りはダメよと言って電話を切られた。それは遊びまわって朝帰りするなっていうより、朝比奈と一緒に朝までいるなってことのように思え、それはえらい勘違いのようで、ありもしない心配をされたかと思うと、複雑な気持ちになるのは、なんだか遠方から操作されているようで、、、 安心してくれ、朝比奈はもういないからな。
「マリイさんはあれでいて、けっこうな策士でさ、オーナーはどっかの自動車販売店の社長で、節税対策のためにつぶれたキャバレーを安く買い上げて、適当に商売するつもりだったんだけど、マリイさんがなんだかんだで、ここまでの店にしちまった。利益も十分に出したし、それにあわせて店の調度品もそれなりのものになっていった。ついには業界の名士があつまる社交場になった。ついでにバンドマンもな。一部を除いた」
 ケイさんはそうやって自虐ネタでしめた。それは本心からいまの自分の状態を示したかったのだと思う。バンドのほかのメンバーのことを貶めるのではなく、自分がまだまだこの店にふさわしくないと思っていて、これまでしてきたことと、これからしなければならないことをバンマスに試されている。だから朝比奈もそうなんだけど、そこから自分の未来をもつかみ取らなきゃその先はないって宣告されているようなもんなんだ、、、 おれもな。
「なあ、ホシノ。みんななんてことないような顔して生きているように見えるだろう。自分からすれば、ほかのヤツらは楽してるとか、誰もそんなこたあない。誰だってこころや、からだにひとつやふたつの傷を持って生きている。そこで終わるのか、まだ続けるのか、そいつはいつも自分次第だ。そうだろホシノ」
 それまでは後輩からしたわれた頼りになる先輩であった永島さんであったのに、そこで終わることを決めた。ひょうひょうとした物腰で、朝比奈やマリイさんと軽快に会話するケイさんだって、簡単に生きているわけじゃない。どこかで間違えればその先の判断を読み間違うことだってあるんだ、、、 誰もがラクじゃない、、、
「へっ、なんかな、エリナがおまえのこと買ってるのがわかってきた気がする。オレだってさ、アユカワさんもそこんとこわかってるから、オレがエリナにかこつけて、自分もなんとかしようとしてるのが。だからこれは、エリナにとっても正念場だけど、おれにとっても分岐点になる。そこんとこよろしくな、ホシノくん」
 なに、なんなの、そのまとめて面倒見ろみたいな流れ。でも、朝比奈に買われてるとか、それでケイさんも期待してくれるとか、思いつきでしゃべってるだけなのに、おれにとっちゃブタもおだてりゃ木にのぼるってなもんで、いい気になっちまう、、、 それだけに成果を出さなきゃ、面目丸つぶれ。
 こうして知らないうちに、大なり小なり、そんな期待や、おしつけを背負って生きていくのがおれたちで、自分の許容より大きかろうが、無責任に投げかけられるもんだから、その重圧につぶされりゃ、、、 いや、それは簡単に口にするべきじゃないな、、、
 帰りのチンクの中は、朝比奈の運転を知るおれには、行きを思えば平穏そのものだった。ケイさんは見た目にそぐわず安全運転派なのか、、、 あくまでもおれの見た目、、、 比較対象は朝比奈しかないし。
「エリナのやつずいぶんエンジン回してくれたな。おかげでフケが良くなったな。これからは月一で乗り回してもらおうか」
 いやいや、朝比奈のヤツ、免許持ってませんし、それを押し付けちゃまずいでしょ。そもそも、貸してくれって言われてはいどうぞって、安易すぎないか。
「まったくだな。でもよ、アイツのやることって、いちいち意味がありげで、ホシノだって、の先どうなるか楽しみだろ。どうやらオマエを一本釣りするための道具にされちまったようだし。それでなにが生まれるか、それが楽しみだ。そうだろ」
 そうなんだ、朝比奈の行動や、言動はいくつもの伏線となり、結果的につながっていく、それが押し付けではなく、自分にわからせてくれる。おれは自分でわかったような気になり、その実はいいように操られているだけだったりする、、、 ここでも遠隔操作、、、 おれがそうなだけか?
 それなのに、今日観たステージは、これまで見た中で一番生き生きとした顔をして、そこになんの含みも計算もなく、その時間だけに生を受けていたことも新鮮だったはずだ。
「自分の居場所があるっていいよな。それだけで、他のことはなんとでもなるように思える。学校が居心地が悪いってのは間違いないだろうな。そんなのもどうでも良いと思えるのは、自分の居場所がちゃんと確立されているからだ。それによ、他のバンドのメンバーぐらい年上の方が、相性がいいようだ。可愛がってもらえるのになれちまうのもあまりよくないんだろうけど、近くの年齢のヤツらではタルくって、そういうつもりじゃなくても、冷たい態度が前面に出るだろ。オレは中途半端だしな」
 そう。おれも同い年だけど。と言ってみたら、フフフッと笑っていた。いや、笑われただけか。
「どうするつもりだ? それで」
 ケイさんは、シガーソケットを押し込んでから胸ポケットからタバコを取り出して、火をつけるのももどかしく口にくわえる。おれはケイさんの問いかけにこたえられないのは、なにをどうするつもりかわかっていないからだ。
 ケイさんは、おれが長考しているとでも思っているのか、気長に待つ気でいるのか、それともタバコに火をつけることに意識が集中しているのか、ポンと跳ね返ったをシガーソケットをもどかし気につまみとり、タバコに火をつけ大きな煙を吐き出した。
「タバコはさ、バンドの控室や、ましてやエリナの前では吸えないからな」
 タバコ臭いクルマを貸しておいてよく言うとツッコミたかった。どうするつもりかの質問とともに飲み込んでいった。どうかしなきゃいけないことはいくらでもある。それなのにどうにもならないことばかりが増えていくだけだ。ケイさんは質問したことも忘れてしまったのかうまそうにタバコを吹かしていた。