private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.22

2019-07-28 10:46:45 | 連続小説

「ほんの十数分の距離なのに、ケーサツに見つかるなんて、運が悪い。ふだん乗ってるときなんて見かけたことないのに」
 悪い運を引きこんだのは、おれのせいだ。結果として逃げ切ることができ、それこそ映画のカーチェイスを彷彿させるような、朝比奈の華麗なライディングも体験できたから、おれには幸運だった。
 スクーターを止めた朝比奈が、片足をつく前におれは、両足で固定した。キーをひねってエンジンを切りヘルメットをはずす。スタンドをあげるときおれも一緒になってスクーターを押し上げた。
「ありがと。助かる。こんなこと毎日してると腕が太くなるから」
 太くなっても、筋肉質でも、この腕は美しいままだ。朝比奈はスクーターのシートに横から腰をおろして、ヘルメットをおなかの上に置き、それを手で押さえる。おれは収まるところもないから、なんとなくボーっとつっ立っているしかない。
 朝比奈のスクーターは淡いウグイス色とクリーム色のツートンカラーで、ところどころに太陽の陽を浴びてキラキラと輝いて見える。毎日乗る前にきれいにしているのだろうか、くすみもよごれもないし、アブラ汚れも、ましてやサビが浮いていることもない。今年買ったばかりの新車ってわけでもなさそうで、適度に年期が入っているはうかがえるってのに。
 あまりみかけたことのないスタイリッシュなボディは、、、 おれが勝手にスタイリッシュだと思ってるだけで、実際の評価はそうでないのかもしれない、、、 国産ではないはずだ。これが朝比奈の好みであり、主張なんだろう。
 それでここに来て、おれになにをさせようというのか、平日の昼間の公園は人も少なく、この暑い中、子どもたちはプールにでも行ってるだろうし、休みの日なら草野球がさかんなグランドには人影もない。
 まさに夏の一日だ。これまでもなんども体験した夏の風景がそこにあった。なんだか今日が一番印象深く見えるのは一緒にいる人が特別だからだろう。これまではマサトぐらいとかしか一緒にいなかったからな。もうこんな夏は二度と来ないかもしれない。
「もうそろそろ、来ると思うんだけど」
 来るのか、、、 そう言って、手首を返して腕時計をのぞきこむ。ああ、だれかと待ち合わせてるのか、、、 って誰だ。
 おんなの人って手のひら側に時計の面をもってくるから、それが優雅な姿を演出しているなって、、、 母親を見ても一度もそんなこと気にしなかったくせに、、、 それが朝比奈だといっそう際立つなとか、ひとりでニッソリとしてしまう。
「夏はね、日焼けのあとが残るから、腕時計したくないんだけど、そうにもいかないし」
 ああ、そうね、そういう気もつかわないといけないんだな。おんなの人って大変だ。スクーターで走ってたときも日かげを選んでいたのも、それが理由のひとつなんだと、男子には思いもよらないことで、いろんな苦労や、気をつかっている。おれは腕時計なんかしたこともなく、時間が気になりゃ、店屋か駐車してあるクルマの時計をのぞきこむだけだ。
 朝比奈はなめまかしく指をすべらせて時計をはずし、手首についた日焼けのあとをオモテとウラと交互に見て困った顔をする、、、 すべてが美しい、、、 時計の日焼けのあとなのに、なんだか色っぽく、これが別の場所ならとおれのモーソーは腕から肩にかけて、そしてムネのあたりに移動していった。
「なんだか、しあわせそうなカオしているな。ホシノ」
 えっ、そうスか。モーソーはやはりカオに出てしまっていた、、、 若干、ヨダレも、、、 おれはなにくわぬカオでごまかそうと、ノドが乾いたふりして、ついでにヨダレも腕でぬぐった、、、 これでごまかせるわけがない。
 こういうのって想像したほうがエロいんだよな、実際に見るより。相手のスキをつくようで、自分の時間が制覇している感じに満たされていくだろ。近頃じゃVTRなんてもんが出てきたけど、ありゃ一種の補助用具みたいなもんだな。想像力が足りてないヤツがしかたなく補完してもらうみたいな。
「そう、創造力は大切。なんでもかんでも聴こえるモノだけを耳にして、見えたモノだけを目にする。いつしかみんな同じ考え、同じ正解、同じ正義しか信用しなくなる。もっと、もっと、なんだってできると信じればいい」
 それほど高尚な意見でもなかったんだけど。ひろくとらえればあながち間違いでもない、、、 本当か、、、 そんなおれの幸せな時間も暗転することになる。小さなクルマが貧相なエンジン音をたててこちらに向かってきたの見て、朝比奈が、あっ来たと声をあげた。来た? あれがおれがここに来た理由なのか?
 セミの鳴き声がひときわ高まって、すべての音が掻き消された。だから小さなクルマは音もなくおれたちの前にやってきて止まった。そこでセミが一斉に鳴きやみ、こんどは一瞬の静寂につつまれ、ガチャンと安っぽい鉄の音だけが耳に入ってきてドアが開いた。
「いよー、愛理奈。ワルい、ワルい。遅れちゃったな」
 そして、中からカルいノリのオトコが現れた、、、 エリナ。オトコはそう朝比奈を呼んだ、、、 そして、そのオトコは、おれの存在などないかのようにして、朝比奈と話しはじめ、セミたちも鳴きはじめた、、、 エリナって言うのか。
「ううん。こっちこそ悪かった。急にムリなお願いしたから」
 年上のオトコに対しても朝比奈の態度や、物言いはかわらない。おれだったら絶対敬語使うはずだ。そうしておれは緊張から心拍数があがっていく。どうすればいいのか落ち着かないときにあじわうこの感覚。だけど不思議とこういう時に一番生きてる実感があるんだ。
「そうだよ。もう少し早めに言ってくれりゃ、整備もしておいたんだけど。このごろ調子悪くてさ。そろそろ整備しようかと思ってたところだ。それでも、姫の頼みだからな、なんとか間に合わせた」
 なんだか緊張したのが損になるくらい、おれはセミにでもなった気分で、ヤツにはおれのことが人には見えていないようだ。でもなあ、そういうのってこれまでもあったし、いるのかいないのかわからない存在ってほどでもないけど、時折り存在が薄れたりして、『あっ、いたの気づかなかった』なんて言われるぐらいならいいけど、『びっくりした。気配消して近づいてくるなよ』ってこともある。
 そんな思いにふけっているのは、ふたりの会話がはずんで、おれにはそれぐらいしかすることがなかったからだ。オトコはおれが見ても、いかにもオンナにもてそうってツラ構えで、そこにほどよくワルっぽさもまじって、若いころはヤンチャしてましたって雰囲気もあり、ちょうど女子高生があこがれる大人の男ってやつだ。
「ところで、どういう風の吹きまわしだ? ヴェスパ、ラブの姫が、クルマの運転したいだなんて」
 ヴェスパ・ラブって名前のスクーターなんだろうかってこのときは思ったけど、どうやらヴェスパって名前で、それを一途に愛してるってことで、例えば納豆ラブみたいな意味合いで言ったらしい。初めて聴く言葉は、多少の誤解を誘引してくるもんだ、、、 なんで例えが納豆なんだ。
「まあね… 」
 そうだろ。そろそろ、おれの出番だろ、、、 主役だし、、、 きっと朝比奈が、おれをうまいこと紹介してくれるはずだ。
「 …わたしにだって、いろいろあるのよ」
 いろいろって、それだけすか。おれにだって、いろいろあったけど、誰も関心ないだろうな。
「そうか、どういう心境の変化か知らなんけど、まあいいや、ほれ、キーだ」
 オトコは、朝比奈にキーを放り投げた。両手で受け止めた朝比奈も、スクーターのキーを差し出す。おとこは手を絡めるようにしてそれを受け取る、、、 いやらしい手つきだ、、、おれもそうやって何気なく手に触れてみたい。
「いつか、ギャリーとオゥドゥリィみたいに、タンディムしようぜ。じゃあ今日一日借りとくぜ。また今夜、店でな」
 オトコは朝比奈のスクーターを何度か運転したことがあるようで、手慣れたあつかいでスクーターのエンジンをかけて行ってしまった、、、 ノーヘルで、、、 捕まりゃいいのに、、、
「それはチンクじゃなくて、トッポリーノでしょ」
 暗号のようなやりとりがなされ、それでクルマが残された。どうすんだコレ、、、


Starting over14.12

2019-07-21 07:21:15 | 連続小説

「はじめてなの。タンデムするの。だから最初は少しふらついたけど、もう安心でしょ。コツもつかんだから」
 ふたり乗りのことをタンデムと言うらしい。おれが密着したせいでバランスが取れたわけでもないし、おれの思いに言い訳するつもりのなく、ようは朝比奈が要領よく、なんにおいてもすぐにうまくやれてしまうだけで、ふたりで力をあわせてそうなったわけでもないから、なんだかそれは、いままでも、このさきも、何度でも繰り返される感じかただ、、、 この先があればだけど、、、
 必要以上にひくつにならなくてもいい、それがわかっていたって、いろんなシチュエーションの中で、積極的になれるときも、なれないときもある。だからそんなものはどうだっていいはずなのに、なぜか朝比奈といるとそれが強く感じられ、それなのに払しょくするために違う行動を取っている、、、 それがバランスだ。
 街路樹の陰を走っていることもあり、左の側道は木漏れ日のなか、アスファルトからの照り返しも少なく、頬にあたる風も心地よくって、バイクってこんな感じなんだって、こんな体験のしかたも悪くない。
 普段はそんなこと全然気にもとめなかったんだけど、大通りにある街路樹って必要なんだって。夏の日に外を歩かなきゃいけないとき、そりゃ、始終日にさらされなきゃならないと思えば、おっくうになるものしかたないし、そこで自然な日影が続いてくれりゃずいぶんとラクだ。
 おれたちはそんな意図的な動線に乗っかって進んでいる。行き先も、生きる先も。
「そうね、進むべき道も、手の動く先も、指が探し求める場所も。それは巧みに作り込まれている。そうでなければならないように。そうでしょ、ホシノ」
 朝比奈の言葉が疾風とともに流れてきた。日のあたる街並みのハイライトや、この夏の時期にしかない白く発色した風景や、日影がつくりだす濃い影を転々と落とす大通りが、ああ夏なんだなって感じさせてくれる。それは色彩がハッキリしたポスターカラーで塗られたイラストがいかにもウソ臭く感じられ、本当の夏ってこんなんだよなって認識させられる。
 それが朝比奈のうしろに乗っているからそう思えるのかもしれないし、すべてのシーンはどうしてもその状況によって感じかたは変わってしまうんだから。だからおれは初めてのバイク、、、 バイクでいいよな、、、、 が今回で本当によかった。
 そんなおれの感傷とは別に、クルマに乗る前にバイクを経験しておくのも丁度いいからなんて、そんなことを朝比奈に言われているような気になった。当の本人は口笛でも吹きそうな、軽快にハンドルを操っていた。
「あっ、もうっ!」
 なに? なにが起きた?朝比奈のアタマが小刻みに上下に振れ、そして左右に動いたと思ったら上体を低く身構える。
「ホシノ。あのさっ、飛ばすから、もっとしっかりつかまって」
 では、遠慮なく下半身も、、、 と、喜んだのもつかのま、前輪が少し浮きあがるほどスピードがあがり、そのスピードを保ったまま、右に、左に前方の車の隙間を縫って追い越しだした。そのたびに、後輪がスベリ、おれのカラダも持ってかれる。
 おれはまた、朝比奈のお荷物に成り下がってしまい、しっかりつかまるどころか左右に振り回されている。なのに朝比奈ときたら、その力をうまく利用して前に進む力に変えてしまうから恐れ入ってしまう。
 なんで急に急ぎだしたのかわからないなか、朝比奈のドライビングテクニック、、、 ライダーテクニック?、、、 は、走り続けるなかで進化しているようで、その適応能力の凄さときたら、、、 おれにもそんな能力が少しでもあれば、もっと速く走ることができたんじゃないかって、、、 そんなタラ、レバ言うヤツはゴマンといる。
『そこのふたりのり、止まりなさい!!』
 拡声器から命令調の無粋な言葉が発せられたのはその時だった。おれたちの数台うしろに白黒のクルマが見えた。ああ、そういうことね、おれなんかぜんぜん気づいてなかったけど、朝比奈はうしろにも目がついているぐらい危険察知ができていて、目端に映ったのを捕らえていたんだ。それを最後にサイドミラーで確認した。
 こんな小さな違反に目くじら立てなくてもいいのにって、こうゆうときってついもっと悪いヤツらいっぱいいるでしょとか、小遣い稼ぎでもするつもりだとか、当事者ならついつい考えがちだ。
 はたから見てりゃ目の前の見逃しているようじゃ警官としてなってないとか、職務怠慢じゃないかなんて、言いようはいくらでもあり、そりゃ自分の都合でいくらでも見方が変わるからしかたないんだけど。
 朝比奈のドライビングに翻弄されっぱなしのまま、こうしてクルマのすきまを縫って走っている限り、追いつかれることはないだろうが、前のクルマにふさがれたり、信号で引っ掛かれば即アウトだ。
 すると前にはのろのろと走っている大型のタンクローリーが見える。おれはどうするのか考えあぐねているうちに、あっというまに追いつくと、右にハンドルを切り追い越すべくからだを低くしてスピードを上げる。おれも無意識のまま一緒になってからだをかがめる、、、 ようやくはじめての共同作業、、、 と言うより意識が引きずられている。
 タンクローリーの横を走ること数メートル。途中、排気ガスをもろにかぶって、咳きこむのはおれだけで、しかたなく息をとめておく。きっと朝比奈は涼しい顔で前をめざす、、、 見えてないから想像だけど、たぶんそうだ、、、
 タンクローリーを追い越すと左に切り込んで前に出る。突如現れた小さなスクーターにビックリしたのか、タンクローリーの運転手はホーンを鳴らしてきた。そのままタンクローリーを壁にして前に収まるかと思えば、スクーターを左にたおしたまま横切っていく。おれもそんな予感がしてたから、カラダを立て直すこともせず一体化したまま、左側にあらわれた側道に入っていった。
 なるほど、これでパトカーは脇道に進んだおれたちに気づかず、タンクローリーの前にいるつもりで追い続けるだろう。まったく一枚も二枚も上手だ。警察に見つかってから、ここまでをひとつのストーリーとして、頭に描いたとおりに実行し実現してしまったのだ。
「あたまに描くって大切なことじゃない? あまりにも多くの人はそれをせずにただ経験したことを、普通の行為として消費していくでしょ。ホントはもっと人間っていろんなことできるんだけどね。行為のヒエラルキーのなかで、あたりまえが最上段にある」
 それはなんでも意のままにこなしてしまう朝比奈だから言えることなんじゃないかって、そう、おれもこれまでになんどもそれを見てきた、、、 今日もそう、、、 ヒエラルキーとか、おれ意味わかんないし。だからわかったふりをせず、そうなんだなあって感心しておいた。
「ダイジョウブ。それにもうすぐそこだから」
 たしかに、これで危険は去った。だけど、もうすぐ着いてしまうことについては少なからず残念な気持ちがまさっていた。できればこのままもっとどこか遠くへ行ってみたくてならない。そうすればもっと朝比奈の違った面や深層にある考え方がわかるはずだ。
 もちろん、今回は行く先があってこうして連れられてきてるわけで、どこかに行こうだなんて、、、 たとえば海とか、、、 ありがちだけど。
 町の中心にある総合公園の駐車場にさしかかったときにウインカーを出した。どうやら目的の地はここらしい。
 どこだっていいさ、こうして一緒にいるあいだに、朝比奈が考えるよりよい生き方、人間の能力を最大限に発揮できる方法なんかを伝授してもらいたいものだ。それはオチアイさんから伝授された洗車の方法より、おれにとって必要なんじゃないだろうか。
 歩道にあがる段差を越えるとき、おれはヒョイと腰を持ち上げた。自転車でふたり乗りしてるときにこれやんないと、ケツから腰に結構な衝撃をくらう。腰の悪いおれにはかなりの致命傷となる。
 朝比奈は振り向きかけて、なにかを言おうとし、そしてなにも言わずにスクーターを走らせ一番奥の駐車スペースに止めた。


Starting over13.32

2019-07-14 20:10:06 | 連続小説

「なにボーッとしてんの? またどうせ、高校男子らしい妄想してるんでしょ」
 モーソー、というか勘違いで舞い上がってるだけだ。勘違いなのかどうか、確かめたいけど、そんな勇気はない。調子に乗ったひとことで、すべてを失うなんてこれまで何度もあったから。
「あのね、ホシノに見せたいモノがあるの。だから、ちょっとつきあって欲しいんだけど? 時間ある?」
 テンぱってるおれに、やさしく噛み砕いて説明してくれているってのに、おれはまた、見せたいモノってとこだけに食いついて、さらに興奮状態に突入していく、、、 もっと、さわやかで、青春してるハナシにする予定だったんだけど。
 さすがにこのまま突っ走るのは朝比奈に対して失礼だと、暴走するのもいいかげんにして、会話を正常化しなければ、、、 妄想が暴走、、、 韻をふんでも誰も喜んでもらえない。
 もちろんおれはもうバイトは辞めているから、この場所に拘束されることはない。いつ、何時、どこにでも、お伴をしろと言われれば、なんら断る理由もない。そこで、疑問がわくのは、どこにどうやって向かえばいいのかということだ。
「バイクの後ろに乗って。これスクーターだけど中型だから、2人乗りオッケーなの。ホシノのメットは用意できなかったけど、すぐそばだから大丈夫だから」
 なにが、大丈夫なのか、安全運転で走るから事故しないからとか、警察につかまるようなヘマしないからとか、どっちにしろ、おれは朝比奈との二人乗りって、キューティーハニーのオープニングを回想してしまい、実現すれば、それ以外のあらゆる不幸を受け入れる自信がある、、、 そんなこと言って大丈夫か?
「そうなら、問題なしね。じゃあ行きましょうか」イキます、イキます。
 朝比奈がスクーターにまたがり、キーを差し込む。おれもその後ろにまがってみると、たしかにシートに余裕があり、ふたり並んで乗ってもなんら無理がない。朝比奈は後頭部を下げ髪の毛を左右に振り、そこにヘルメットを装着する。
 おれは髪の毛が触れないように自然とのけぞっていた。スクーターの荷重がずれて気づいたのか、あっ、ゴメン。とさり気なく言われた。ベルトを首でとめてヘルメットが固定されると、髪の毛がそこから広がってところどころハネている。
 ホントは髪の毛に触れれば良かったと後悔してたのに、期せずして評価が上がったようで、やっぱり朝比奈も高校男子の本質がまだわかっていない、、、 いばって言うハナシじゃない、、、 なんにしろこの距離感はたまらん。
「おい、おい、青春してくれちゃって、うらやましいな。オマエら」
 おれがいい気分に浸ったてるところに、ジャマをするのはやはりマサ、、、 オチアイさんだった、、、 見ればマサトは久しぶりに来た客の対応に追われている。何度もこちらの方を振り向いては、おれたちの様子を伺おうと必死な表情だ。心配するなマサト。おまえにもいつか良い日が来るはずだ、、、 たぶんな、、、
「ホシノ。おまえがガス入れるのは大目にみてもいいけどよ、お嬢ちゃんにカネ払ってもらわねえとな」
 なんと、朝比奈の強引な誘いに動揺しつつも、喜びいさんでついてく気まんまんで、スクーターのうしろにマヌケ面してまたがってるおれは、ガソリン代のことなどさっぱり忘れていた。
 スタンドの身入りに関心がないのはバイトを辞めたあとだから、と言いたいとこだけど、バイト中もスタンドが儲かろうが、自分の給料には関係ないからヒマなほうがいいと思っていたな。
「失礼。カレとね、バイトはじめる前に、おごってもらうって約束してたもんだから。今日は給料日って聞いて、その約束を果たしてもらおうと。ねっ」
 そう言って朝比奈は、うしろに乗るおれを親指で示した。そりゃたしかに夏休み前にそんなハナシをしたこともあった。それをいまこのタイミングで持ち出すか。それに給料もらったってなんで知ってるんだ。
 おれがどう対応しようか戸惑っているなか、朝比奈は魅惑的な微笑みでオチアイさんの出かたを待っている。
 たしかに給料はもらって、厳重にディバックの奥底に隠してある。もちろんおれが払いますよ。と言いだそうとするまえに、オチアイさんは腕を組んで大声で笑い出した。その姿はランプから飛び出した巨大な魔法使いのようで、さしずめ朝比奈は魔法使いを操る小さな妖精といったとこか。そしておれは、騒動を起こすだけおのそそっかしいサルだな。
「おもしれえお嬢ちゃんだ。もともとそうまでして取り立てる気はねえよ。いいだろ、気に入った。今回はおれが持つからそれでいいだろ」
 オチアイさんはキーを操作してメーターをリセットし、そしておどけて片手を天に開いた。朝比奈は目を細めている。
「オニーサン気前がいいのね。ありがとう。また寄らせてもらうわ」
 てっきり、あなたにおごってもらう理由がないとか、大人を困らせるようなセリフを言うかと思ったんだけど、さすがの大人の対応だった。
 どこかの木からセミが一匹、飛び立ってスタンドを横断してく。この日差しと照り返しの中、セミが数10メートル先の別の木へ移動する理由はなんなのだろうか。単純に考えれば、吸っていた木の蜜が枯渇して腹がへり、やむにやまれず別の食糧源にありつこうとした決死のダイビングとか、、、
 そこで、浅はかなおれが考えるには、もっと近くにある木を選べばいいのにとか、広域で状況を観察できる側だけにあり、当の本人はそれが最適の選択だったはずだ、、、 セミにそこまでの知能があればだけど、、、 なんだかふたりの会話に入り込めず、そんなどうでもいいことを考えていた。
「そうか、常連になってもらえば、安い投資だったな。おれも商売上手って社長に喜ばれる。スタンドが… 続けばのハナシだがな。お前らがいつまでもイチャついてると、ウチのバイトの仕事がはかどらないから早く帰れよ。それにしてもな… 」
 早く帰れといいながら、なんだか話が終わらなさそうなんで、年配のひとってそういうとこあるだな。年配っていっても5歳しか変わらないけど。それにイチャつくとか、そんなこと全然ありませんから。
「オレぐらいの年になるとなあ。こう、夏休みがきて、オマエみたいな新人のバイトが入ってくると、ああ、また一年たったんだって、そう思うわけよ。この一年なにをして、なにを手にできたのかなって。オマエらはまだ、そんな感じ方しないんだろうけどよ。だからだ、だからよ、そうならないうちが実は一番いい時期ってことなんだと思う。いろいろあるけどな、それもすべていい経験ってやつだ。なんていうとオッサンくさいか」
 なんて言うと、朝比奈はじゅうぶんオッサンだよ、と小さいけれど聞えるようにつぶやいた。さっきはオニイサンって言ったよな。
 苦笑いしているオチアイさんが、オッサンかどうかっていうことより、いったいおれたちが、その心境に達するまでにあとどのくらいの時間が残されているのかわからないし、いま生きていくことだけで精一杯で、気がつけばオチアイさんの見た景色と重ね合わさっているなんてことになりかねない。
 限りある期間に咲き乱れ、ひっそりと散っていく桜のはかなさに意味があるように、若者たちのこの時期ってやつにも意味があるんだろうけど、その意味を知る頃にはもう後戻りできないところまで来ている、、、 そんなもんだ。
 オチアイさんはうしろで手をヒラヒラと振って行ってしまった。マサトの作業も終わりそうで、いつまでも長居してる場合ではない。朝比奈は行くわよと小さく口を開いて右側のハンドルをグッとひねった、、、 スロットルっていうらしい。
 走り始めはグッとからだを後ろに持っていかれた。だからって勝手に朝比奈にしがみつくわけにもいかず、、、 ホントは良い口実で、しがみつけばよかった、、、 とっさにシートのへりをつかんだ。スクーターが軽く横滑りした。
「なれてないのね」 ええまあ。シロウトなもんで、、、
「はなれてると、バランスが取りづらいの」 そうなんだ。深い言葉に聴こえるなあ、、、
「腰に手をやって。わたしの」 はい。よろこんで、、、
「そう、それでカラダを密着させて」 えっ、マジで、、、
「下半身は密着させないでいいから」 あっ、、、
 朝比奈と、オチアイさんとの掛け合いではおれは蚊帳の外だった。なんだか、ふたりのあいだだけで通じる符丁の言葉で会話しているようで、実際の言葉とは別に何かを確認していたみたいに、、、 勝手な想像だけど、、、
 すべてがなんでもわかってしまうのは、ある意味つまらないし、現実的ではない。それなのにすべてを知ろうとしてしまう。おれは口をつむんでいた。その報酬をいま受け取っているのだとしたら、なんにでも割り込もうとするのは、もらいが少ないんだな。
 この暑い中でも朝比奈のカラダは、ひんやりとして心地よかった、薄い布が二枚隔てているだけの距離、、、 おれと、朝比奈の、、、 この状況は、なんだか肌が触れ合っている以上に接近感があった。鼓動と、脈動がつたわり調和していく。もうそれだけで、すべてがわかりあえたような気持ちになれ、それでなんだか、さっきのオチアイさんとのことがよけいに身にしみてくるようだ。
 たしかにこの態勢だと、朝比奈のハンドリングで右に左に振られようとも、変にバランスを崩すことなく心地よく走っている。朝比奈もふたり乗りに慣れているようで、それはおれに新しい嫉妬を生み出していた、、、 これまでもだれか別のヤツと、、、


Starting over13.2

2019-07-07 20:16:23 | 連続小説

 初めて勤めた仕事で、こんなにいろんな経験や、体験ができたのも、おれはつくづく運がいいのか、悪いのか、、、 悪いだろな、ふつうは、、、
 簡単な理屈にさえ気づかなかったおれがドンクサいのか、実は気づいてないことにしておきたかったのか。小さな問題に目を背けていたら、いつのまにか大きく成長して、自分では抱えきれなくなり、逃げる場所さえもなくなっていたなんてよく聞く話だ。
 自分から率先して逃げ回っていた結果だとしたら、もとに戻ってやり直したくなるのがおれの浅はかな考えで、じゃあやり直したからってうまくいくとは限らず、もっと悪い結果になることだってあるし、どちらにせよ、まわりからは悪い評価をいただくだけだったりする、、、 ネガティブ思考全開、、、
 しょせんそんなもんだと、日々起こりえる小さな問題は、数えているうちに片手が埋ってしまうし、それに対する新たな手立てや、打開策がそうそうに浮かんでくるはずもないし、絡め取るように、この先にいくつも待ち構えたりするから不安なまま、よけいに不幸を呼び込んでいく。
 おれを含めて才能もなく、機転も利かない平凡な人間が、世の中に組み込まれて生きていこうとする限り、逃れられない決まりごとだって認めるしかないじゃないか。そうじゃないひとたちにはこんな考えさえ浮かんでこないってわけだ。
 おれがこれからのスタンドの成り行きや、そこで働く人たちの人間描写、および自己分析にあたまを巡らせているのは、朝比奈の来店を待ちわびて、心ここにあらずの状況だったからで、、、 心がここになくても、大きな世話や、保身はできる、、、 ただ、その精度がどれほどのものかは、さだかじゃない。
 オーナーへのあいさつもすんだくせに、いつまでも帰らないのは不自然さ丸出しで、やっぱりマサトが、帰んないのか、と無粋なこと聞いてくるから、おれはバイト中はほとんど事務室で休憩することなかったから、せめていまぐらい楽しませてくれと、それらしいことを言っておいた。
 オチアイさんは曖昧に笑って、まあいろいろとあるんだろ。って含んだように言ってくる。このひと、見てないようで、結構見てるからあなどれない。おれも、ええまあ、とあたりさわりのない返事して、話がふくらまないようにしてしまう。
「しかし、残念だったな。ホシノには、おれのあとを継いで、クラウンの洗車まかせるつもりだったのに。永島のことがあってから、もう洗車の予約も入らなくなっちまった。風評被害と言ってもいいぐらいだが、オーナーがああいう性格だからな」
 恨み節を語るオチアイさんが言いたかったことは、傾きかけた船をムリヤリ元に戻すのは、もう無理なところまで来ているって意味が含まれているように思え、教えられた技を一度しか披露できなかったのは、よかったのか、悪かったのかと問えば、一度の成功で、その先が約束されるわけじゃなく、大きな失敗をしなかったと思えば穏便に済んでよかったと言えるわけで、こうして日本の伝統は継承されずに過去の遺物となっていく、、、 おれが継いだ時点で、技も伝統も途切れているな、、、
 客が来ないからって、いつまでも事務所の中にいるわけにはいかない、、、 らしい、、、 グズグズ言ってるマサトの首根っこをつかまえて、オチアイさんが引っ張っていく。おれはその様子を苦笑い、、、 のフリ、、、 で、手をあげて見送る。
 朝比奈がスタンドにやってきたのは、正午に近い午前の時間帯だった。今回は宣告を受けていたので、驚くことはなかったけど、それゆえ変に意識が強くなってしまい、朝比奈を見とめてから、彼女がスクーターを止めて、ライダータイプのヘルメットを外すまで、どんふうに待っていればいいのか決め切れずに、目はほうぼうに泳ぎまくるし、意味もなく給油機の状態を確認したりしても挙動不審を見透かされる。
 ヘルメットを外すとあたまを振って髪の毛を自然にまかせ、そして前髪をかきあげる。そんな一連のしぐさって、本人にとっては日常の行為なんだけろうけど、やっぱりカタにはまってるし絵になってるしで、おれの不審な行動とは雲泥の差だった、、、 比べるも無意味、、、
「どうした? どっか調子悪い?」
 調子悪いのはいつものことで、アタマがうまくまわってないってのに、クリッ、クリの瞳でのぞきこまれたら、ますます心臓が跳ね上がった。
 昨日だってこれぐらいの距離で話しをしてたのに、それが屋外で、ひとめがあるかと思うとまた格別なのは、おれがただ周囲の目にさらされている感じかたが一方的で、イイ格好しようとする下心のせいで心拍数の上昇が抑えきれないからだ。
 行き交う人はもちろん、バイトの仲間、、、 元仲間、、、 もみんな、おれに注目しているように思えるから、ますます朝比奈をセイシできなくなるし、自分の欲望もセイシできなく、、、 セイシは活発なんだけど、、、 そういうオゲレツな韻をふむ余裕はある。
「ああ、そうなの」いえ、そんなことありません!
 朝比奈は、何もわかっていなさそうで、その実、おれの心の揺れを楽しみながら、スクーターのキーを指先に引っ掛けて、おれがキーを受け取って、ガソリンを入れはじめるのを待っている、、、 こないだキョーコさんに同じことされた、、、 イヌにエサやるみたいなもんかな。
 おれはもうバイトではないから本当は給油しちゃいけないんだけど、みんな黙認してくれるらしく、おれのひと夏の美しい思い出作りに力添えしてくれるのか、消えゆくスタンドでは規則もないってことか。
 オチアイさんが、なにやらわめいているマサトを羽交い絞めにしている、、、 単に楽しんでるだけなんだろうな。
 おれはキーを受け取り、ちょっとホースがからまっちゃってさあ、なんて絡まりそうもない給油ホースを指差してしまった、、、 からまっているのはむしろおれの脳内神経とか、股間あたりとかで、、、 からまるほどデカクないけどな、、、
「そう。それは大変だったね」えっ、ええ、まあ。
 朝比奈はなんの感情もこめずに同情してくれて、そんなおれは自分の任意の心拍数で脈打つこともままならず、浮足立ったまま、ぎこちない動きで手順も段取りもむちゃくちゃな、この夏、バイトしてたとは思えないほど、不器用丸出しで給油をして、自分以上を出そうと無理すればこうなる典型的な見本になっていた。
「スゴイね。それだけ難しくやる方が大変そうなんだけど?」
 いやあ、それほどでも、、、 ほめてないって。
「ほめてないけどね」
 朝比奈は乾いたカリフォルニアの空のような笑いかたをして、、、 カリフォルニアの空って乾いてるのか、、、 その場にしゃがみ込むと、ニョッキリとはみ出した健康的な、、、 おれにとっては不健康極まりない、、、 両の太ももをかかえこんでいる。
「おかあさん… 何か言ってた?」
 最初はなんの話なのかよくわからなかった。朝比奈の言うところのおかあさんがいったい誰を指しているのかさえ。
 馬鹿みたいに口を開いているおれを見て、しょうがないなーという表情が、、、 それがまたかわいいいんだけど、、、 ありありの朝比奈が、「昨日、玄関でいいですからって言ったら、ずいぶん恐縮してたでしょ。あとで何か言ってたんじゃないのかなあって思ってね」と言ってはじめて、ようやくおれの母親のことを話していると理解した。
 照れ隠しもあって、おれは早口で、だけど余計なことを言わないように気をつけつつ、朝比奈がちょくちょく家に顔出してくれるからうれしいんだってさ、と自分に都合の悪いことははしょって話していた。実際、おとこばかりの家で、女の子が欲しかったなんて話も聞いたことがあるし、でも一人っ子のおれとしては妹なんかいたらめんどくさいなぐらいにしか考えてなかった。
「えっ、ホント? そんなこと言ってくれたの。よかった。私ね、なんだかホシノのおかあさんとは波長が合いそうだと思ってたの」
 そりゃそうだろ、波長があうどころか、同種だからなと、思わず口を滑らせそうになりながらも、あいかわらずの持論を引っ張って、朝比奈がおれの母親を『おかあさん』と呼ぶたびに、皮膚の下で質のいい快感が流れていくのを感じてた。
 なんだかその言葉を受けるたびに、二人の距離が縮まっていく気がするだなんて、勝手に思い込んでいたい。あんなに口の悪い、自己中心的な母親を『おかあさん』と呼びたいのならいくらでもどうぞ、、、 もれなく不詳このわたくしが付いてきますけど、いかかがすか。
「なにバカ言ってんの。ハナシが飛躍しすぎでしょ」
 
そう言いながらも朝比奈の顔は満足そうに見えた。おれもようやく落ち着いてきて、スクーターの給油を終えた。この絵柄だけを切り取れば、ある夏の青春のひとコマ、もしくはポストカードの写真、もっと言えば映画のワンシーンのようだと、自分でも悦に入ってしまった。
 
朝比奈が主人公で、おれは単なるスタンドの店員役であったとしても、同じ絵柄に入れただけで嬉しいもんなんだって。もしこの先おれの人生がパッとしないモノだとしても、、、 きっとしないだろうけど、、、 このシーンを思い出すたび、ああおれにもいい時代があったんだなって懐かしみ、もしおれの人生が成功に満ち溢れて、、、 いや、ありもしない未来を語るのは止めとこう、、、
 今がよけりゃあ、それはそれで幸せなんだって思っておいた方がいいんだから。
「あのさ、ホシノ。ちょっとつきあってくれない? これから」
 おれの脳が、夏の暑さと、朝比奈との接近で沸点に達するほど熱を帯びているから、勝手に『つきあってくれない』が、いまからどこかに連れ出そうって意味じゃなく、『おつきあいしてくれますか』に変換されて、脳みそがとろけ出した、、、