private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over07.31

2019-02-24 06:44:25 | 連続小説

 オチアイさんは右のマブタをヒクつかせていた。本人にその意識はないみたいで、それは、なれないことをしようと少し緊張して、本当は言いたくないんだろうななんて、勝手に決めつけてしまう。
 自分の知らないところで、自分のクセを冷静に観察されるなんてのはイヤなもんだ。どうもおれは人の話し、、、 特にカタイ話は、、、 には集中できないタイプで、それが女性が相手だと、ムネとかフトモモにすぐ目をそらしてしまう、、、 それはクセとは言わない、、、
「オレもそういうタイプじゃないから、えらそうなこと言うつもりはないけどよ。なんかタツヤのヤツ、気にかけてるぞ。オマエのこと」
 タツヤって、ああ、永島さんか。オチアイさんと同じ年だっけ。えっ、おれってそんなに気にされてるの。おれはただ、仲間とか、グループとか、取り巻きだったり、そういうのが体質に合わないだけなんだけど、、、 それが和を乱す元なんだろうけどね。
「そういう感じだ。自分に興味があること以外は関わろうとしない。でもな、そういうのが通用するのは高校までなんじゃないのか。何にだって年齢制限がある。そこを越えれば孤立している変人でしかないからな。別にそれがイカンとは言わんけし、オレもそれほど誉められたもんじゃない。オマエがもし、就職して社会人になるつもりなら、少しは改めた方がいいじゃないのか。学生時代のバイトってのはよ、そういうことになれる場でもあるんだ」
 オチアイさんの言うことはいちいちごもっともで、おれなんかが言い返す言葉なんてものはなく、ただ曖昧にうなずくことしかできない、、、 そう曖昧に。
 オチアイさんはおれを見て、自分を映している。自分が言われてきたこと、そう思ってもできなかったこと、それを言わなきゃいけない自分。そういう数々の理不尽さをわかってるからこそ、そのひとことひとことに顔をしかめている。おれに向けて言っているようで、自分自身に言い含めているようにも見えた、、、、 気がした。
 おれたちにはいつの時も、成長にあわせて名称が与えられて束ねられる、、、 そりゃ好むも、好まざるも含めてなんだけど、、、 もう小学生なんだから、こんどは中学生なんだから、そして遂には社会人なんだからとか。
 それがいつのまにか兵隊なんだから、囚人なんだから、奴隷なんだからとなんら変わらなくなっていく、、、 こんなふうに屁理屈だから、オチアイさんにまで迷惑かけているんだな。
 あるべき姿、それらしい振る舞い、その場に即した発言。決まりごとが強くなるたびに、そうすることに反発するのも同時に求められている。良いことだって、悪いことだって、いつも表裏一体にあるんだから。
 おれも、さっきだってツヨシに対してえらそうに講釈をたれてたし、そのうちきっと、こうすればいい、ああしろ、それじゃダメだ、こうでなくてはいけない、なんて言い出すんだ。
 年の差が経験の差で、それが活かされるなんてなんの根拠もなく、そういう思い込みだけで偉そうにおとなぶった意見を言う。そんなヤツラがイヤだから、関わらないようにしてたし、自分もそうならないように生きてきたはずなのに、、、 いつのまにか取り込まれていく。
 だいたい自分が言われれば耳にタコだとか、大きなお世話だとか、そんな言葉が一向に身に染みないのはわかってるってのに、同じことを押しつけている。言葉と経験が重なり合わなければ、なんの教訓にもならないし、そんな日が来るのは年寄りになってからだ、、、 年寄りの話なんか誰も耳を貸さない、、、
「やっぱりガラじゃないな、こんなこと言うの。オレがオマエと仕事してるから、タツヤからはオマエのこと気にかけてくれって頼まれててさ。アイツはそういう男なんだよ。みんなで仲良く和気あいあいと仕事ができる雰囲気を大事にする。それを迷惑だとは思わないでやってくれ。せめてな… 」
 オチアイさんはそれだけ言うと、車内をクリーニングするためにクルマに乗り込んだ。ひとり放り出されたおれは、余計にその場を離れづらくなっていた。ひとりよがりな態度はまわりにも迷惑をかけてしまう。だからっていま以上に上手に振る舞える自信もない半端なおれには、クルマを仕上げるオチアイさんの姿が威風堂々に見えた。
 改めてクルマの仕上がり具合を比べてみた。そうかメルセデスって呼んだほうがしっくりくるようだ。モノがつくりだしてきた仮想は、人々に語り継がれ、いつの間にか伝統になり、そして文化になっていくんだって。
 歴史ってやつはそうやって作られる。おれが年寄りになった頃には、クラウンにもそんな文化ができあがるんだろうか、、、 おれがつくりだしたのは、周囲のバランスを崩すぐらいだ。
「暑い中、大変ね」
 その場に文字通り立ちつくすしかなかったおれの耳に、テレビから女優のセリフが聞えてきたのかと聞き違えるほどの美声が飛び込んできたんで思わず周りを見回す。こんなところにテレビがあるわけはない、、、 ラジオと間違えないところが現代っ子だ。
「新人くんは、忙しそうだね」
 会社の制服に身を包んだ女性。スタンドの中ではそぐわない格好だ。
「お仕事、多いんでしょ。みんなからいろいろ言いつけられるだろうし。それで休憩しろって言われても無理よねえ。タツヤも事務所で涼んでばかりいないで、外に出て働けばいいのよ」
 某国営放送の天気予報の女性アナウンサーのように、確実な情報がよどみなく語られる。とはいえ、その言葉に素直にハイとも答えられず、苦笑いしながら首をひねるしかできない自分に首をひねってほとんど90度近くになる。あげくに、もうお帰りですか。なんて、当り障りのないことしか言えなくて、、、 ほとんどレレレのおじさん。
「お昼に会社抜けてきてるから、すぐに戻らないといけないの。タツヤの稼ぎだけじゃ、生活できないから」
 はあ、そうですか。キョーコさんは歩きながら話を続けるもんだから、都合上おれもそのあとをついて歩いた、、、 ナツメマサコに従う孫悟空のように、、、 なんだか、あんまり聞いちゃいけないような内部事情をサラッと言われて、それとも、ここは深く考えず、笑うところなんだろうかと思っていたら、気をつかわれたように言われた。
「ああ、ごめんなさい。あまり深く考えなくていいから。タツヤも本当は、あんなふうに人を束ねてくタイプじゃないんだけど、行きがかり上そうなっちゃてるから、しかたないんだけど。本当は、ひとりで自分のやりたいことしてたいのに。ちょうど、あなたみたいに… 」
 笑わなくてよかった、、、 どうやらおれの周りと関わらないようにする生き方は、傍から見れば、単に独善的としかみられないようで、これじゃあなにが自由で、なにが束縛なんだかわかったもんじゃない。
 それにしても、どうしておれなんかにそんな内部的なことを話すんだ。オチアイさんといい、入りたての新人で、仲間の輪にも入りきれず、毎日いいつけられる仕事を無難にこなすことしか考えてないようなおれなんだけど。
 だいたいおれがなにしようが、ほっておいたって毒にも薬にもならない人間なはずだけど。なんて考えてたら、またしても読み取られていたようだ。おれはそんなに、、、 単純、、、 だよね。
「アナタにこんなこと話して、不思議と、思ってる?」
 大通りの信号を待つタイミングで、クルリと振り向いて意味深な笑顔をみせた、、、 なんだか、心がくるしい、、、
 そこに一台の自転車がおれたちの脇を通り過ぎていった。
「 …しょうがないでしょ。もう、何度も言わせないで」
「だってえ、こんなんじゃ、みんな… 」
 自転車を漕ぐ母親は、補助イスにすわるツヨシと同じくらいの年齢の女の子をたしなめていた。女の子は小さな顔にすこし大きいと思われるメガネをかけていた。それが、おれが触れたふたりの人生のすべてだった、、、 この先、出逢ったとしても覚えちゃいない。
 映像を巻き戻しておれは彼女たちのやりとりを再現してみた。『目が悪いだからしょうがないでしょ。もう、何度も言わせないで』『だってえ、こんなんじゃ、みんなに笑われちゃうよ。メガネなんていやだよう』、、、 とかね。
 子どもには子どもだけに成立する世界がある。大人には踏み入ることはできない。そんなコミュニティがいくつも交差するように存在している、、、 このスタンドの中だって、、、 ひとつの世界の中に、多くの世界が孤立しているって気づかないまま、誰も合いいることはできないんだから。
「『仕方ないでしょ。テレビばっかり見てるから、目が悪くなったのよ』なんて、母親は殺し文句を言うんでしょうね。子どもに手をかけたくないとき、アニメや教育番組をつけっ放しにして放置したのは誰かなんて、そんなことは子どもにはわかりはしない」
 キョーコさんはわざとおどけた顔をして、おれの妄想の続きを語っていた。これはもう以心伝心としか言いようがない、、、 そうしておきたい気持ちが強いから、、、
「相手の気持ちを想うのは大切だけど、思うようにはいかない。優しくすれば感謝されるわけでもない。そして、思わぬ行動が相手を不幸にしてしまうこともある。それは、時が支配して、人には、ままならないものね。アナタもそうだったでしょ?」
 おれがそうだったなんて言われても、そりゃ、そう感じる時だってままあったって言えるぐらいで。だけどそういうのって連帯感だけが大切なんだ。オチアイさんといい、誰かに言いたいだけの時もある。それがたまたまおれだっただけだ。言いやすいのには理由がある。先進的なのは必ずしも本人の望むところってわけでもない、、、
 あっ、おれ、ホシノっていいます。と、アナタって呼ばれるのが落ち着かなくて、なんとなく自己紹介っていうか、名前ぐらいは伝えてみた。こちらだけがキョーコって、、、 漢字は知らない、、、 いう彼女の名前を知っているのも収まりがよくない。
 朝比奈にアナタって呼ばれてたときは、また別の感情が現れて心地よかったけど、やはり他人の彼女という先入観が、影響を及ぼしているのかまではわからないので、それは家に帰ってフトンに入ってから考えてみようと思う、、、 『アナタ』で盛り上がれるのはおれぐらいのもんなんだろうか、、、 そんなこと思いながら、目線はチャッカリ、キョーコさんの白いカッターシャツの胸元に伸びていた、、、 だからカタイ話しは、、、


Starting over07.21

2019-02-17 19:30:42 | 連続小説

「なに、オロオロしてんだオマエ。挙動不審だぞ。誰かいるのか?」
 万事休す。カミナリを落とされるっ! と思って目をつぶって審判の時を待っていた。ところがそこで思いも寄らぬ言葉が続けられた。
「おうっ、なかなかきれいにできてるじゃないか。よかったよ、少し心配してたんだ。これなら問題ないだろ。よーし、次からも頼むぞお」
 ヘッ? ツヨシは? オチアイさんは満足気に笑っている。まんざらでもない表情だ。それはそれで良かったんだけど、こうなれば話を合わせておくしかない。えっ、ホントですか。いやあ、オチアイさんの教え方がよかったからじゃないですか。なんてお愛想言ったら、そりゃまあな、そうだろ、と腕組みしながら事務所に引き返して行った。
 なにがどうなったかわからないけど、とりあえずクビはまぬがれた。おれもまだ天に見放されてはいないようだ。安堵の気持ちに浸っていると、ややこしいのがまたクビを突っ込んでくる。ここはヤツの鈍さに期待するしかない。マサトにまで取り繕っていては身が持たない、、、 そこまでクビもまわらない、、、 アタマか。
「なに、危機一髪みたいなカオしてんだ。黒ヒゲか。おっ、洗車できてるじゃん。ああ、オチアイさんのチェックを無難にこなして、ホッとしてたのか。いいかげんそうに見えて仕事にキビしいもんな、オチアイさん。あっオチアイさんに言うなよ。優しそうに見えて結構こえーんだよ、オチアイさん」
 無難な内容に胸をなでおろす。マサトにもツヨシのことはバレてないようだけど、本人の前では絶対に口にできない言葉を、陰で平然と言ってのけるマサトだ。それにどんなふうにマサトの目に映ってるのかわかんないけど、そこにどれほど信憑性があるのかって思えば、オチアイさんもいい迷惑だし、そんな他人の見立てで人格が決められていくのも事実なんだから、おれはいろいろと信用できない。だいたいおれの顔からなにを読み取ったんだっていうんだ、、、 ハズレてるし、、、 
 それにしてもツヨシのヤツ、どこ行っちまったんだか。おれが自分の世界に入り込んでいたからつまんなくなって帰っちまったのか。それともアイツはアイツなりに野性の本能が働いたのか、、、 おれには働かなかった、、、 やっぱり野性をどこかに置いてきぼりにしてるんだ。
 ツヨシとのたわいのない話をして、楽しんでいたのはどちらかといえばおれのほうで、しかたなく相手しはじめたくせに、だんだん乗り気になって、振り回しといたあげくに、放り出してしまい。よっぽどおれのほうが子供じみてるわけで、、、 って、一応は申し訳ない気持ちになり、反省の弁でも述べてみた、、、 やってる時はそこまで気が回らないのがおれの良いところでもあり、悪いところでもある、、、 悪いな。
「今さ、永島先輩の彼女さん来てんだよ。オマエ、いっつも顔出さないから、永島さんが呼んでこいって。クッキー焼いてきてくれたんだ。来いよ」
 ああ、そうなのね。それをわざわざ言いに来たのね。まぎらわしいタイミングだな。それにぜんぜん誘ってもらわなくていいから。なんかさ、ここまでタイミングを逸してしまうと、いまさらどんなツラして挨拶していいかわかんないだろ。
 こういう間の悪さって持って生まれたもので、、、 そんなもの持って生まれてくるのか知らないけど、、、 どうにもどんな態度を取っていいのか、何言えばいいのか考えれば考えるほど面倒くさくて、ことあるごとに避けてきた、、、 そして後回しにするほど面倒くさい度はアップしていく、、、
 だったら早めにすませとくって学習能力は持ち合わせてないから、いいかげん手詰まりになった時に、その時期はおとずれて、顔合わせするまでの時間のなんとイヤなこと。
 マサトは、、、 スタンドの従業員はみんな、永島さんをずいぶん慕っていて、いろんなエピソードを聞かせてくれるんだけど、それを聞けば聞くだけ、おれとは相性が良くないと思えて、おれはもともと親分肌とか、兄貴肌のタイプは苦手で、、、 じゃあどんなタイプなら好みなんだって、、、 おとこに興味はないな、、、
 面倒見がいいのは見ててもわかるけど、自分がなにか面倒を見てもらおうなんて気にもならないし、これだけ取り巻きがいるんだからそいつらとヨロシクやってりゃいいんじゃないかって、、、 単なるへそ曲がりなんだろうけど、、、 
 永島さんと二人でいるときは、何かと気遣って声をかけてくて、おれはそれに甘えていいのかどうかわからず、はい、ってそこそこの返事するぐらいだから、そこから話がひろがることもなく、、、 ひろげないようにしている、、、 ムリにでも仕事を見つけて、サッとその場を離れてしまう。
 近くに寄るだけでピリピリした電波で身体をおおわれるようで、おれが意識しすぎてるからなんだけど、普段から遠巻きにしているから、避けているように思われたらしく、余計にヨソヨソしくなっていった、、、 そうなるともうドロ沼、、、 永島さんには彼女さんが最後の手札なんだ。
 だけど何かがかみ合わない。かみ合わないと初めからやり直さなきゃ、二度ともとには戻れないようで、そんなこといちいちやってられるほど人生は長くない。だからおれたちは急ぎ足で楽な方を選んでいくんだ、、、 行きつく先は一緒なはずなのに、、、
 おれは仕上げ拭きをしなきゃいけないのを口実に、、、 ツヨシと遊んでたから、予想以上に時間を喰っちまった、、、 午前中に仕上げなきゃいけないのは事実で、オチアイさんに迷惑もかけられないとか、もっともらしいこと言っちゃって、マサトを追い返すのに必死になっていた。
「ふーん、終わったら、早く来いよ。クッキーなくなっちゃうぞ」
 オマエはなに食ったってうまいんだろ。子供のころウチに遊びに来るたびに、母親が出す、家族から不評で誰も食べなかった賞味期限切れの菓子を、おいしそうに喰うから重宝されていた、、、 マサトは我が家の残飯処理係りだったりする。
 永島先輩の彼女は、遠目からチラッと見ただけだったけど、たしかにキレイで、おれから見たら大人のオネエさんだ。傍から見ててもお似合いに見えるし、誰もが納得するようなカップルだ、、、 人間が小さいおれは、それが面白くないんだ、、、
 どちらかが美男か美女で、不釣り合いでも気に入らないし、それでいてお似合いでも気に入らないって、じゃあどうなればいいかだなんて、モテないおとこのヒガミ以外のなにものでもない、、、 おれと朝比奈なら、まさに不釣り合いもはなはだしいってのに、、、
 ふたりが仲むつまじい姿を見るのに抵抗を感じて、そんなありえない嫉妬心でも擁いているのか、それがまったくないとも言い切れず、そんないやな自分の一面があぶり出てくるから、ふたりには絡みたくないんだろうな。
 ただどうなんだろ、仲むつまじいのは男の側から見た目だけであって、彼女の献身に甘えているだけなら公平的な立場ではなく、おとこはその恩恵を受けているだけなんて、穿ってみたくもなる。
 乾いたムース革でくすみを拭きとりながら磨いていく。オーナーはワックスが嫌いらしく、年式相応にヤレた感じのボディでも、それなりにきれいに仕上がっていった。手磨きだけでもきれいになれば、やっぱり嬉しくなってきて、ハーッなんて息をかけてはキュッキュッと音を立ててムース革を滑らせると、どんどんきれいになっていくように見えるからハマってしまう、、、 細かい作業って、やり出すと止まらないんだよな。
「おいおい、それぐらいにしとけって。オマエのクセえ息まるけのクルマって知ったらオーナーに文句言われそうだ。もう切り上げて、おまえもキョーコさんのクッキーごちそうになってこい」
 オチアイさんは、おれの仕上げが終わる頃合を見計らって、ベンツを洗車しにやってきた。夏の陽の直射にあたらないように、作業場の手前に止めてあるベンツは、それだけでもおれの手がけたクルマとは待遇が違っていた。
 ホースを引き伸ばしてきて、車体全体に水をかけておき、キーを取り出し、イグニッションを回し、ワイパーを動かした。日本車にはないそのクルマ特有の、一点を中心に動き出す二本のワイパーが動くサマは、外国の映画で目にするような、椅子に深く座った女性が、組んだ脚を伸ばして組みなおすシーンを思い起こさせる。単なるワイパーなのに、クルマの一部分であるのに、優美であり、艶やかでもあった。
 オチアイさんは手馴れた動きで、車体の汚れを大まかに落としてから、細かな部分に手を入っていった。おれに休憩しろといいながら、そのまま見惚れているのを承知で、こうやってきれいにするんだと言わんばかりの動きで作業をしている。それはまさに技を目で見て盗めといったところか。
 これじゃあほんとに伝統技術を継承する師匠と弟子の関係じゃないか、、、 そこまで上達しようとは思わないけど、、、 おれはただ、どうすれば早く、きれいにできるのかといったところは知っておきたいだけで、、、 つまりは要領よくやりたいだけ。
 一通りの作業が終わると、オチアイさんは乾拭きの終わったベンツのボディに、やおらタオルを放る。するとどうだ、わずかばかりの摩擦も感じさせず、宙に浮いたかのようなタオルがボディを滑り出し地面に落下していった。ちょっとしたマジックを見た気分にもなる。
「どうだ、ホシノ。これがメルセデスのボディだ。そのクラウンと年式はそんなに変わらないけど、根本的にモノが違う。まあ、オレの腕もあるけどな」
 そりゃオチアイさんの腕も多少は影響してるとは思うけど、0が一桁違う理由はこんなところにもあったんだ、、、 おれにはクラウンだって高嶺の花すぎるけど。
「よう、ホシノ。オマエよ… 」
 おれが感心して見とれていると、オチアイさんはなんだか腹に含んだような様子で話し掛けてきた。普段見せない表情で何かを伝えようとしている。洗車のやりかたのノウハウでも教えてくれるのかと思ったけど、、、 どうやら違うようだ。


Starting over07.11

2019-02-10 10:00:30 | 連続小説

「おニイちゃんは、いいよなあ。こんなたのしいことして、お金もらえるんだから。ボクも大きくなったら、ぜったいここでバイトしよっと。そうだ、ともだちよんで、みんなでやれば、おニイちゃんなんにもしなくてもおカネもらえるよ」
 そんなんでカネもらったら、児童就労法違反かなんかで捕まるな。その前に見つかった時点でバイト、即効クビだな。まったく子供ってヤツはとんでもないこと言いだすから、なんてあきれてみたけど、子供の話だからってハナッからバカにしてちゃいけない。たしかトム・ソーヤも、そうやっておばさんに頼まれた柵のペンキ塗りを、友だちから宝物を巻き上げたあげくに、全部やらせちまったからなあ。
 世の中は需要と供給があって成り立ってるんだけど、こうして相容れない状況がそこかしこにあるって思えば、ずいぶんと不経済が見過ごされているはずで、そんな社会教訓を遠巻きにおれに気付かせようとするとは、ツヨシはタダモンじゃないのか、、、 
 だからって、それを実践もできず、ひとひねりした代替案も出てこない。おれもタイトル映えのいい啓発を本読んだだけで、なにかできそうな気になるだけで終わってしまう人間のひとりだ、、、 そう思うんなら地道に宿題のひとつでもやれってなもんだ。
「あれえ、もしかして、おニイちゃん、アルバイトしたおカネで、クルマかおうとしてるんじゃないの? そうでしょ、で、ナニかうの?」
 おーっと、こんどはそうきたか。もう自分の言いたいことが終わったから、今度はおれのハナシを訊いてくれるんだろうか。子供のクセに、気い遣いやがって。いや、気を遣ったわけじゃなく、子供ならでは質問だな。
 それって、マサトがおれに提案したことと同じだな。ふつう誰だってそう考えるもんなんだな。おれの未来にはそんな予定がないから思いつかなかっただけで、この時期バイトするってことは、バイクだの、クルマだのって、大人ぶるための、子供じゃないことを証明するためのアイテムを手に入れる儀式みたいなものなんだろうな。
 そういう社会的な流れに乗るのって好きじゃないおれなんかは、そういう波に反発すること自体が、大人びた行動の代替え行為みたいになってるだけだから、結局はおなじなんだけどね。
 正直にクルマなんか買う予定なんかないって、ツヨシに言えばいいんだけど、、、 そもそも何か買うためにしてるわけじゃいし、、、 それじゃあなんのためにバイトしてるのかと、さらに踏み込まれそうで、それなりの意義のある理由がないおれには突っ込まれたくない部分だ。
 だったら、もうそれでいいやって、調子を合せてしまうのがおれの浅はかなところだ。なんとなくマサトの口車に乗ってバイトを始めたってのも体面的なもので、休み前に朝比奈のことがあって、新たな出会いを求めたなんて絶対に言えない、、、 社会の波とか偉そうなこと言える立場じゃないな、、、
 やっぱりさ、クルマぐらい持ってないと、彼女もドライブに連れて行けないだろ、、、 もちろん隣のシートは朝比奈をイメージ、、、 だから、この夏はしっかり働いて、夏休み明けには『ドライブ・マイ・カー』ってなもんだ、、、 休み明けにドライブしてる余裕ないだろ、、、 って、その前に免許だろ、、、 
 おれは子供相手にとんでもないホラ吹いて、そんな少しもありえない未来をエラソーに語っていた。こうして人生に失敗していくタイプだな。
「へーっ、おニイちゃんカノジョいるの、すごいね。ボクなんか、女子にはなしかけれてもメンドクサイだけだし。なんていえばうれしいのかもわかんないから、オトコどうしで、あそんでるほうがダンゼンたのしいよ。コーコーセイになるとやっぱりちがうんだね」
 へっ? そっちを感心する。いやいや、おれだって女と喋って、喜ばせるほど巧みな会話能力があるわけでもないし、ホントはツヨシが言うように、野郎同士でツルんでる方がよっぽど楽しかったんだけど、、、 これじゃおれも小学生と変りゃしない、、、 
 ああ、そういえば、朝比奈となら結構普通に話せたな。なんでだろ? 存在が高すぎていいとこ見せようとか、そういう気持ちにならないのが逆にいいのか。なんてこと意識すると、次はしどろもどろになったりして、自分でも本当のところがどこにあるかよくわからない。
「やっぱりかうならスポーツカーだよね。そのほうがゼッタイにカノジョもよろこぶよ。おニイちゃんはフェラーリとランボルギーニとどっちがほしい?」
 あっ、どっち? どっちって、それ選べるような身分じゃないし、だいたい夏休みのバイトで買えるようなクルマじゃないし、、、 かといって一生働いたって買えるわけでもない、、、
 年を重ねるごとに、夢を見ることと、過度の期待を持つことは分けて考えれるようにはなってきた。もしくは子どもに言われたことで、割り切ることを決めただけのことかもしれない。そうやって無理やり年相応の考えをしみこませているだけで、なにかを悟ったわけではない。
 こどもの夢なんだからつきあってやればいい。そうだよな、女子の相手してるより、男子同士でスーパー・カーの話ししてる方が断然たのしいんだから。
 そうだなあ、外車もいいけど、おれは日本車のほうが好きだからトヨタ2000GTかな。なんて知ったかぶりしてみた。やっぱり日本人は日本車だろ、、、 そんなナショナリズム持ち合わせてないくせに、、、 こないだ007のテレビ放送を偶然見ただけだ。
「ふーん、そうなんだあ。ボクもはやく大きくなって、クルマのれるようになりたいなあ。そしたら、“コードーレース”にでて、ゆうしょうするんだ。ボク、カウンタックで、フェラーリをブッチギるんだ」
 もし買ったら僕も乗せてね。なんて言われたらどうしようかと心配したけど、ツヨシの関心は別の方へ向いていったようで取り越し苦労だった。
 ああそうか、マンガのことだったんだ。ちょっと前までなら子供の夢は、野球やサッカーの選手で、誰もがスポ根モノにあこがれたものだったんだけど、世の中の価値観なんてそんなもんで、世間の風潮が子どもの夢を変えてしまうのはなんとも物悲しいじゃないか。
 昨日までの主流が、今日は異端になり、今日までの邪道は、明日からの正当になってしまう。誰かがこれが良いと言い出して、大多数の賛同が得られれば世論は引っ繰り返るなんてこともある。そんなあやふやな世の中でおれたちは暮らしているのに、やれ自分の夢だとか、未来だとか、さも自分で決断したかのように勘違いしているなんて滑稽でしかなく、おれにはお似合いだ。
 自分で走ることができなくなったから、宗旨変えするにもちょうどいいだろう。それなりの理由にもなるし、走るのには変わりないから、結構おれに向いてるかもしれない。クルマ持って女の子にチヤホヤされるのも悪くないし、、、 チヤホヤされる確証はない、、、 自分で走ってる時もチヤホヤされなかった、、、
 そうなれば先立つものが必要になるから、やっぱり就職の内定取らないとなあ。さすがにバイト代でクルマ買うのは現実的じゃない。就職組のメリットは、働き口があるからローンが組めて、クルマを手に入れられることだ。そうやって働くための動機にすり替わり、自分の行為を正当化するのは社会に取り込まれている気がして、どうにも好きになれないんだけどなあ。
 余裕のある家なら学生でクルマ持つようなヤツもいて、それはそれで腹立たしくもある。ウチじゃ大学生でクルマ持たせてもらえるほど、父親の稼ぎがあるわけじゃないし、そんなこと言いだしたらハナで笑われて、自分で働いくようになってから買えって言われるのが関の山だ、、、 関の山って相撲取りかな、、、 どういう例えかよくわかんない。
 こどもとしゃべってて、将来の行く末を考えさせられるってのもどうかと思うけど、つまりは不安を心の奥に隠しこんで、触れないように絆創膏で隠していたって、知らぬ間に手が伸びて、自分でその絆創膏もカサブタも剥がしている。そうしてケガはいつまで経っても治らないどころか、膿が出て悪化の一途をたどっていくばかりだってことだ。
「おおい、ホシノ。いつまで洗ってるんだ。もうそろそろ仕上げしとけ。オーナーが取りに来るぞ!」
 やべっ! 自分の世界に入ってしまい、なれない比喩を駆使して想いに耽っていたら、まわりが見えてなかった。気付かないうちにオチアイさんが様子を見に近づいて来てるじゃないか。
 自分の顔から血の気が引くのがわかる。おいツヨシ。お前、うまいことおれの陰に隠れてろよ。ツヨシに手伝わせたのがバレたら、やり直しどころかクビだよクビ。これじゃあ2000GTも夢の彼方じゃないか、、、 ワイパーひとつ買えやしないけど。


Starting over06.31

2019-02-03 07:08:14 | 連続小説

 ひと通りの作業を終えたところで、おれはスタンドに設置してある自販機からオレンジジュースとコーヒーを買ってきて、わずかだけどバイト代だなんて、シャレた言い回しをしてツヨシに差し出した。
 そういう形式じみたことが嫌いで、なれないことするもんだから、変に居心地が悪かったうえに、ツヨシはオレンジジュースではなく、コーヒーの方をふんだくっていった。オマエ飲み慣れてないもの飲んで、気持ち悪くなるんじゃないぞ。なんて、偉そうに言って、しかたなく飲み慣れないオレンジジュースをすすったおれが、むせてりゃ世話ない。
「おニイちゃん。大丈夫?」
 おれたちは、クルマの陰になるところで腰をおろして、仕事の労をねぎらうことにした、、、 労を感じたのは、おれだけかもしれんけど、、、 横に並んで地面に座り込み、お互い飲み物を飲む。ツヨシの首に青色の紐がかかっているのが目に入った、、、 カギっ子か。
 おれが大丈夫かって? そんなわけはない。ツヨシの心配している場合じゃないぐらい、宿題どころか、一学期のノートもマモトに取れてない。それで毎日、クタクタになるまで働いて、家に帰っちゃ、メシ食って、フロ入って、寝るだけだ、、、 今後はそれに子ネコのめんどうをみる仕事が加わる、、、 バイト先じゃオマエの面倒もみている。
 そういうツヨシだって、小学生なんだから夏休みの宿題とかあるだろう。ちゃんと毎日やってるのかって、ついいらぬ心配をしていた。自分が親に言われて一番嫌な言葉なのに、自分が言ってりゃ世話ない。
「おニイちゃん、イヤなこと思いださせるなよな。しゅくだいなんかさあ、ほとんど七月ちゅうに、おわらせちゃったけど。だいたいいまどきコツコツと、まいにちやってる子なんていないよ」
 そりゃそうだな。おれだってそうだった、、、 やりきれない分はそのまま放置したけど、、、やっぱりいまでもそういう悪しき伝統は引き継がれていくもんだ、、、 この国の技の伝承、、、 学校側としては日々計画的に宿題をこなしてもらって、充実した休みを過ごして欲しいだろうから、なんらかの手を打っていると思ったけど、そうでもないんだ。
 夏休みなんて開放的な時期にヘタに余裕ができれば、余計なことを考えて道をはずすとか、いろんな誘惑が手をこまねいてるだろから、いつか、みっちり一ヶ月かかるぐらいの宿題の量に増やされかねないってハナシで、教育委員会のいい口実にされかねない、、、 なんて、ツヨシにはピンとこないか、、、
 いつだって、隙をみせればつけ込んでくるのが権力者のやりかたで、おれはもう関係なくなるからいいんだけど、、、 無事、卒業できればだけど、、、 中学校の時にこんなことがあったっけ。
 時の政権を担う生徒会長が、全校生徒がかねてから要望していたワンポイントの靴下の許可を、学校側に申請することになった。当時といえば女子は白、男子は黒の靴下が指定されていて、学校のそばにある指定用品店でしか買えなかった。
 ショッピングモールとかが進出してきて、いろんな商品が目にとまるようになるし、おしゃれに目覚める年頃である中学生としては、メーカーロゴや、キャラクターのワンポイントぐらいは許可して欲しいってとこが争点だった。
 近隣の学校ではとうに解禁になっていて、自分たちの学校が遅れてて、いまどき古い規則を続けてると陰口をたたかれているのも一因だった。関心のない生徒もいたけど、そういうのって一度盛り上がると誰も止められなくなったりするから、一種の集団心理に陥っているのを見て、おれは引き気味だった。
 おれは母親が買ってくる靴下を履いてるだけだからどうでもよかったし、部活じゃスポーツメーカーのロゴ入りのヤツを履いてたから優越感だってあったぐらいだ。
 生徒会長の主張をのむ形で学校側が折れて、その報告会となった全校集会では結構な盛り上がりで、おれの中学時代の重大ニュースのひとつといえ、生徒会長はさらに株をあげることになった。
 そうまでして勝ち取った規則なのに、ワンポイントの定義はあやふやで、最初は控えめだったのに、徐々に大きなキャラクター付きなんかが見られるようになり、どこがワンポイントなんだってぐらいの大きな絵柄を堂々と履いてくるヤツも現れ、そいつが学校側にはいい口実となって、半月もしないうちに再度全面禁止の憂き目を見た。
 つまりそれは、最初からワンポイントマークを許すつもりがなかった学校側が、一度歩み寄った状況見せておき、規則を破る者が出てくるのを待って、それらしいのが出たとたん、それみたことかと有無を言わせぬ状況をたてに、一気呵成に全面禁止の口実にしたってわけだ。
 生徒側の落ち度を都合のいいように拾い上げ、言い訳のきかない校則を成立させていく、これが大人のやりかたってヤツだ。そこまではよくある話なのかもしれないけど、どうやら生徒会長も、ルールをやぶったおバカさんも“仕込み”だったらしく、他校に影響されず、早いうちに厳格なルールを確立しておきたかった学校側が描いたストーリーどおりにものごとが運んだってことらしい、、、 あくまでもウワサだけど、、、
 そのハナシに信憑性を増したのが、ルールをやぶったおバカさんは、学校指定店の親戚だったし、生徒会長は県下トップの進学校に推薦入学したことだ、、、 生徒会長は学業優秀だったから推薦されてもおかしくはないんだけどね、、、
「いいんだよ。観察日記とか。読書感想文とか、工作とかさ、面倒なのがまだ残ってるんだから。それをちゃんと計画的にやればいいんだろ」
 ああ、そういうのあったな。読書感想文にあとがきとか、あらずじを丸写ししたヤツとか、観察日記も7月中に全部終わらせて提出した強者もいたなあ、天気や最高温度を予想で書いてあったからあっさりバレてたけど。
 先生なんて何年も悪ガキの面倒見てるんだから、ほとんどの不正はあたまのなかに入っているはずで、それを上回るような手を考えないと、先生を出し抜くことなんてできないだろうけど、そんなこと考える時間があれば、真面目に宿題した方が効率よさそうだ。
 どうしてもラクしたいとか、ほかっておいた宿題を最後の二日ぐらいでこなそうとすると、あの手この手と抜け道を考えるのもしかたないところで、そういう窮地からすごいアイデアなんかが浮かぶこともあるなんて、伝記のなかの偉人は言う、、、、 おれもそれに期待するか、、、 偉人になれるわけないな。
「なんだよ、おニイちゃん。そんないきあたりばったりじゃダメだって。それにね、ズルしたって、かんらずバレるようになってんだよ。ボクたちって、そんなにツヨイきもちをもってられないからさあ」
 ああそうか、ズルした自分をおさえきれずに、罪悪感にさいなまれて自分をおさえきれなくなるってやつか。実際そうだよな。悪いことをした意識があれば、それを正当化しようと普段じゃしないような行動に出て、ボロがでてしまうなんてよくあるし、、、 意識がなきゃウソもまた、真実になるけど、、、 まれにそんな些細なことを屁とも思わないヤツだっている、、、 マサトとか、、、、 マサトとか、、、、 マサトとか、、、
「あっ、そうだ、こんどさ、しゅくだい、もってくるからさ、てつだってよ」
 オマエさっき、自分でズルしてもバレるとか言ってなかったっけ。それにさっきのおれの話しを聞いてたのか。結構ためになるいい話しだったぞ、、、 そうでもないか。
 おれが経験した大人の世界を垣間見た嫌な話を、これから明るい未来を夢見て学校生活を送ろうとする少年が知るには早すぎるんだろうか。それともそういうのって人から聞いてどうのこうのってのじゃなく、自分で経験して初めて身になったりするから、年上の話しなんて、当人にとってはあまりタメにならなかったりするのもまた真実だ。
 それはそうだ、おれがその立場だったとしてもそうだろう。だから人間てヤツはこれまでの失敗を糧に、成功を上積みしていくことができず、同じ軌道から繰り出されるパンチを何度でも喰らうんだろうな、、、 おれの言葉が軽いせいでもある。
「いいんだよ、てつだってもらうだけだから。マルうつしするわけでも、こたえをおしえてもらうんでもないからさ。それにズルでやるんじゃなくて、これがただしいやりかただってしんじてやれば、しんじつになるんだろ」
 オマエ、いい生徒会長になれそうだな。
「でもね、しゅくだいってさ、おわればおわったで、なんだか、かなしいんだよね。しゅくだいがおわっちゃうっと、夏休みもおわっちゃうだろ。のこってれば、まだ夏休みものこってる… そんなわけないのに、そうおもっちゃう。そうおもっていたいのかもね」
 なんだよ、今度はやけに感傷的になっちゃって、こんなにも情緒的な言葉をよどみなく語るんだから恐れ入る。いやいや、そうじゃない、子供のほうが、ある意味、真実を正確に捉えていて、使える言葉が少ない分ストレートに伝わってくるんだ。
 立場の違いが言葉の意味までも変えてしまう。ひとを動かそうと思えば、その言葉に自然と魂が宿るものなんだろうな。そうでもなけりゃ何も話す必要はないと、おれの言葉の真意さえも吸収されていくし、口から出たあとはもうウソかマコトかさえわからなくなるんだから。